第6話 Droit d'être heureux

 幸せとは、最終的には、自分自身を愛せないこと

 には自分は幸せにはなれないと、誰かが言っていた。


 自分を心から愛せる人間なんているのだろうか。当たり前のように言っているが、それが一番難しいのではないか。他人は愛せても自分は愛すことは何年、何十年経っても難しい。


 自己肯定が低いのは理解している。けれど、治すのは、出来ないのかもしれない。何故なら人生の一番、初めの頃しか両親に愛情を注いでもらっていない。


 マリユスは、違う方での愛だ。人間、愛してもらわなきゃ自己肯定なんて出来ないのだ。身をもって理解しているからこそ、リオネルは知っている。


 愛されている人間のいうことなんてクソくらえだと。愛を知らない人間の心なんて理解出来ていない、出来やしないのに、馬鹿な言葉吐くなと。心の中で反吐を出した。





「ペチュニア、まだ行くのか」


 散々連れ回され、疲労がやって来た。女性の買い物はこんなにも大変なのかと身をもって理解した。


「ええ。だって、楽しまなきゃでしょ? あんたは

 楽しんでるの? 日々を」


 さらにくだけた口調になってきたレティシアの問いかけに、リオネルはライターの火をつけたり、消したりと繰り返していた。ゆらゆらと燃えている。


「…分からない。楽しみなんて無いにも等しい

 から」


 未来でさえも。今でさえ、復讐しか考えていなかった。幸せなんてあるわけなかった。


「楽しみは一つは作っときなさいよ。無いと、人生つまんないし、色がないから。んで、それで幸せになれる。たとえ、ほんの僅かなことでもね」


 幸せになる権利は誰にでもある。そうレティシア

 は笑った。なぜ、そんな戯言を何の躊躇もなく言えるのだろう。何も知らないくせに。


 レティシアは、リオネルの心情を察したのだろう。リオネルの手を取った。その手は柔らかく、しかし、幾度も修羅場を乗り越えてきた者の手で温かかった。


「確かに私達は今までも、これからもこの手を血で染め続ける。でもね、それでも幸せになるのは他人じゃない、私達が決めるの。誰も他人の幸せなんて勝手に決められないでしょ。だから、私も、あなたも自分で決めるの。環境や、生き方なんて関係ないの」


「……関係ない」


「ええ。だって、それこそ不幸でしょ。自分の人生の幸福さえ他人に決められて、縛られるなんて」


 レティシアは、苦しそうに笑った。恐らく彼女も

 そうだったのかもしれない。だから、容易く言えるのか。


 彼女の言葉通り、彼女自身もそうやって苦しんでいたのかもしれない。知るのは当人だけだ。


「そう、だな」


 表面上の返事。素直に受け入れられやしないが

 これからじくじくと彼女の言葉が心に届いたな 

 ら。幸せとやらを考えてみよう。環境も関係な 

 く、他人ではなく、自分で決める幸せを。復讐が

 終わった後に。


 だから、まだ今は。幸せなんて考える暇はない。そっと、蓋を閉じた。





 レティシアと別れた後、偶然ジルベールと、グレ

 ンに遭遇した。二人とも洒落た格好をしていた。


 リオネル的には、服は着れれば何でも良い。なぜ、他人の目を気にしなければならないんだと思うがそれを言うと怒られると確信しているから、

 言わない。


「よっ! 」


「久しぶりだな、リオネル」


 またしても、グレンと出会うのはあの未来で換算すると11年ぶりか。結局、彼ともあの未来では再会はしなかった。懐かしいと感じてしまうのは、おかしいか。


 随分と若いグレンの顔を見てリオネルは、僅かに口角を上げた。と、いってもジルベールも、グレンも、リオネル自身も気付きはしなかったが。


「彼女は良いのか? 」


「…彼女? なんのことだ」


 とぼけていると勘違いされているのか、ジルベールはリオネルの肩を組んだ。


「恥ずかしがるなよ! ペチュニアとデートしてたんだろ? 」


「していない」


 リオネルは断固と否定した。決して想像している

 とおりではない。むしろ、デートの方が良かったような時間だった。


「リオネル、彼女に振り回されてたな」


 グレンが、先ほどの光景を振り返る。


「……彼女は少し苦手だ」


「俺もああいう女、ちょっと無理かな。なんか、

……ね? 」


 まぁ、言わなくても分かるだろと言っている。

三人とも同じ意見らしいので態々言葉には出さない。それ以前に疲れていた。


「よしっ、リオネル、グレン。どっかで昼飯食べようぜ」


「仕方ないな」


「今、腹減ってるしな」


 ちょうど、昼時だ。追いかけられて腹も減って

 いる。又もや、意見が合致した時だった。三人は、近くのカフェに入った。


「おまっ……そんな少なくて良いのかよ」


 リオネルが頼んだのは、ドリアだけ。野菜は

 頼んでいない。


 一方のジルベールは、パスタと、ピザと、多く頼んでいる。グレンも然り。


「あまり腹に入らないからな。これでもいつもよりは結構多いだ」


 簡素な言葉で返し、リオネルは、匙を持つ前に

 手を合わせた。


「いただきます」


「何かの呪文か?」


「日本のしきたりだ。ある人に教えられた」


 "僕達は、殺す側だ。だから、感謝しなくては

 ならない。命をくれた動植物に。こうして、調理

 して食べられるようにしてくれる者達へね"


 そう言葉がやけに響いて、それから使う様にして

 いた。


「ふーん、そっか」


 特に気にした様子もなく、ジルベールは食べ

 始めた。それが彼なりの気遣いだとリオネルは

 気付いていた。腹を探られるのはとても嫌で、

 彼の気遣いがとてもありがたかった。







「あれ、リオネルじゃない」


「……あんたも、買い物か」


 白いワイシャツにベージュのベスト、ブラウンの

 ボリュームワイドテーパードパンツ。それでいて高級感溢れる革靴のラフな格好をしたジルがいた。


「うん、香水をね」


 最近は男のファッションも女同様に注目されて

 いる。着飾るのは女だけではなくなったらしい。


「香水か、金持ちなら必需品だもんな」


「金持ちじゃなくてもつける人はいるよ。そんなに気になってるのなら一緒に来て」


「おい、ちょっ……! 」


 ジルは返事も聞かず、強引にリオネルの手を取り、歩く。こうやって振り回されるのは今日で何度目か。


 香水屋に入ったジルは次から次へとリオネルの手に香水をプッシュして匂いを確かめている。香水まみれになりそうだ。気になったとはいえ、言わないでいればよかったと今更ながらに後悔した。






 夕焼けの空、ジルとリオネルは帰ることにした。

 道が別れるとき、ジルはたずねてきた。


「楽しかった? 」


「……別に」


「本当は楽しかったくせに! 」


「……」


 ただ、この時間軸は今までのものとは少し、いや、多く違って居心地が悪かった。でも、心が休まっている気がした。






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