第5話 À un rendez-vous avec une femme assassine

 路地裏で、煙草の煙が漂う。吸い、煙を吐く。

 先程購入した。やはり、久しぶりの煙草はうまい。


「ちょ、臭いわよ、こんなとこで煙草吸わないで

 くれる? 」


 ヒールを鳴らし、女が煙を手で払いながらリオネルに近付く。長く結んだ髪を揺らしながら、その鋭い目でこちらを睨む。


「……」


 これ以上何か言われるのは嫌だった為、すぐ吸殻を足で踏み潰し、火を消した。その光景を眺めていた女は、笑顔になった。


 自分の言葉に従ってくれたのだから嬉しいんだろう。人はそれを肯定されたと思い込む。


「うん、それで良し」


 満足したのか、じゃあねと、手を振り、背中を

 向ける。髪飾りが日の光で反射し、光る。


 リオネルは無意識にその背中に声をかけていた。


「……っ、待て」


 去ろうとする女を思わず引き止めてしまった。

 振り返り、光に照らされる彼女は間違いなくタイムリープする前の未来で、出会った女に似ていた。

 結局自分が死ぬ前に女は悲惨な死に方をしたと耳に入ることとなったが。


「何? 」


女は、引き留めたくせに何も言わないリオネル

に不思議そうな顔をする。


「い、いや……知人に似ていたもので」


「ふーん」


 興味なさそうな返事をすると、女は再びリオネル

 の元へ近付く。何か淡い匂いが鼻につく。


「まだ、名前言っていなかったわ。これも何かの縁だしね」


 女は、片目を瞑り、可愛らしい笑みをする。



「私は、レティシア•ペチュニア。ペチュニア家

 三女よ」


 一瞬でリオネルを殺し屋と見抜いていたのであろう彼女は堂々と名乗る。


 ペチュニア家とは、ロンドンを中心に勢力をつけている暗殺者一族である。女だらけな為、女性の味方というのがモットーらしい。


 ペチュニア家当主のマチルダ、長女のイザベラ、

 次女のメイジー。そして、三女のレティシア。


 その中でも、レティシアは毒が武器であり、ハニートラップを仕掛け、猛毒で殺す。甘いふりをしながら、最後は裏切る。毒蜂のような女だ。


 そして、未来で彼女は惨い死に方をした。

…どうしても、生きて欲しかった。彼女は、幸せになるべき、人間だった。


 だって、あの時、救ってくれたのは彼女だから。


「じゃあ、荷物持ちしてくれる? 」


 リオネルが思考の海に沈んでいた時、彼女は言った。それを機に、リオネルは我に返った。


「……は? 」


「だから、荷物持ち!その知人と間違えた詫びに。拒否するなら毒で少しの間、体を麻痺させるわよ? 」


 脅し方が、尋常では無いほど恐ろしい。そこが殺し屋らしいといえば、そうなのだろう。


「分かった。手伝ってやるから、腕を引っ張るな」


「よーし、まずはあのお店から行きましょー! 」


「話聞いてねぇし」


 ご機嫌で、リオネルの腕を引っ張りながら、目的の店に向かうレティシアに溜息を吐いたが、なんだかんだ言ってそれも彼女の良い所だと、都合の良い解釈をした。


 路地裏を出て少ししたくらいでレティシアはリオネルの腕から手を離した。


「え、ちょ……」


 が、レティシアに再び腕を引かれ、走る。後ろには大勢の男達が。彼等を見ながらリオネルは叫んだ。


「なんだよ、あいつ等! 」


 レティシアのスカートが揺れ、足元のタトゥーが

 晒される。蜂といったところか。彼女にぴったりだ。


「わけは後で話すから、逃げるわよ! 」


 何度も、道をじくざくに走り、惑わす。ようやく撒けたと思いきや、先程言っていた荷物持ちをさせられる為にデート的なものに付き合わされる羽目になる。



 一方、ジルベールも街中へやって来ていた。

 買い物だ。食料と、皿を割ってしまったので新調

 しに来た。


 と、遠くから叫び声が届いた。いってみる。何やら大勢の男達が武器を持って走っている。前方には追いかけられている者が。


 ふと、一人見覚えがあった。ああ、リオネルだ。


「え、あ。リオネ……え? 」


 すぐに物陰に隠れた。偶然か。彼は見てしまった

 のだ。あれを。


「え?! 」


 口を手で塞ぎ、先方を見る。いるではないか。

 リオネルと女が。仲良く走っている。絶妙に手を繋いでいる様にも見える。


「こ、これは……」


 もしかして、もしかしなくとも。リオネルの

 春が咲いたのではないか。と、いう結論にいたった。いたらないわけがなかろう。


「や、やべぇ……」


「何がヤバイんだ? 」


 近くからジルベールの言葉に反応する声がした。

 聞き覚えのある声だった。


「……あ、グレン」


 青い蓬髪を晒しているグレンと呼ばれた男は

 ジルベールが眺めていた方へ目を向けた。


「……そういうことか。お前、人の色恋を見て

 楽しんでたわけか」


「そういうお前だって、口元緩んでんぞ! 」


 指摘した。確かに、笑いを抑えられていない。

 滅多に笑わないグレンだが、仲間の色恋を見ると、どうしても笑わずに、からわずにはいられない。理由は一つ。だって面白いから。


「というか、あれはペチュニア家の三女か」


「ん? あー、そういわれてみれば」


 特徴的な髪色を持っていると思った。足元には、蜂のタトゥーが彫られている。レティシア•ペチュニアの象徴ともいえよう。


「あれはダメだろ」


「俺も拒否する。女は恐ろしいが、それ以上に彼女は危険だ。いろんな意味で」


「あ、わかる」


 取り敢えず、危険性を感じ取りもしないリオネルは捨て置こう。後のことは、知らない。見たくもない。


「……なぁ、グレン」


「なんだ」


「……俺の買い物に付き合えよ」


「仕方ない」


 背を向ける。振り向きたくも無い。見捨てたので

 罪悪感は多少あるが、すまないと心の中で日本でいう土下座をした。まぁ、後で迎えにいってやろうと情けはかけた。





「それで、どうして追いかけられていたんだ」


 またもや、暗い路地裏でリオネルはレティシアに

 たずねる。走り続けて息が切れ切れだ。


「私に惚れて、振られたから逆上してる男達」


「……もしかして、ハニートラップにかけたか? 」


「ええ」


 自業自得だとは口に出せない。絶対に毒を盛られる。身の安全の為、口を閉ざすことにした。



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