第4話 Le journal de quelqu'un

『今日から、暇な時はずっと書いていこうと思う。お母さんは、綺麗な人でお淑やかだ。お父さんは厳格で、家族に、特に僕に一番厳しい。兄達は僕をいじめてくる。』


『今日は、水に溺れさせられかけた。お父さんは勿論、お母さんは止めない。お父さんに逆らいたくないから。自分の身の安全が一番だから。僕の味方は

 誰もいない。』


『今日、お父さんが殴って来た。出来損ないだから、少しは役に立てって。努力したら、認めてくれる? わからない。でも、頑張らなくちゃ。』


『お母さんが倒れた。重い病気だそう。お母さんの代わりに叔母さんが来た。すごく優しかった。けど、兄達ほどでは無かった。』


『夜中、叔母さんとお父さんの話をこっそり聞いてしまった。本当は、僕はお母さんの子じゃなくて、叔母さんの子だったけど、叔母さんがお母さんに無理やり預けてたらしい。やっぱりどっちにも愛されてなかった。』


『この家には、とある風習があるらしい。兄達はもう終えて、次は僕の番だ。』


「何してるの? 」


 突然聞こえた声に驚いてしまい、手からノートが

 落ちてしまった。ジルが戻って来たようだ。


 詰めらせていた息をゆっくりと吐いた。


 驚かせた張本人は、床に落ちたノートを見て僅かに瞠目した。


「そのノート……」


「すまん、勝手に見てしまった」


 謝ると、ジルは首を振った。


「良いよ、僕のじゃないし」


「……え? 」


 聞き返すが間違いではないようだ。ジルは

 落ちたノートを拾い、埃を払う。まるで愛しいものを撫でるかのような手つきだ。


「これ、リュウフワ家の倉庫にあったんだ。読んだことは無いけど、一応持って来たんだ」


「そうか。…大事なものを持ち出して大丈夫なのか?」


 リオネルは聞く。彼がもし、内密に持ち出したとしたら。それはたとえ家の者でも許されることではない。彼の両親は憤ることだろう。


 しかし、ジルは、リオネルの言葉の意味を察したのか、ノートを引き出しにしまいながら淡々と言った。


「いないよ、とうの昔に死んだし。そもそも、そこまで親に愛なんて持っていなかったから悲しみもあまりなかった。君とは違ってね」


「違うってどういう……」


 疑問に思い、続きを促そうとするが、ジルは

 手のひらを叩く。


「はーい、リオネル。今日はもう仕事終わりって

 良いよー」


「は…?でも」


「良いから! 君は町に出て気分転換でもしなさいな」


 両手で背中を押され、部屋の外へ出されてしまった。ジルはニコニコと笑い、リオネルに手を振った。


「じゃ、また明日ー」


 扉が閉まった。なんだ、今までのループとは

 違う。あんなに、あの男は優しくはなかった。


 純粋無垢そうに見えてむしろ…冷酷で無慈悲な男

 だった。少しくらい不具合というのも生じるらしい。


…やりにくい。数分、扉を睨んでいたが遂に開くことはなく、息を吐き、階段を降りた。








 街に出ると、まだ日が強く照らしている。手で目をかざすと、少しばかり日影が出来ていた。


 ショーウィンドウを眺めながら歩く。ふと、目に止まるものがあり、足を止めた。


 黒いコートだ。上質な布で出来ていることが分かる。しかし、値が張っている。高級店だからなのだろう。


 そこまで物欲は無いが、このコートは気に入り、欲しかった。けれど、金が足りないのだから仕方ない。名残惜しいが、ショーウィンドウから目を逸ら

 し、その場を後をした。

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