第3話 La protection de l'ange
遂にこの日がやって来てしまった。期待など
無いので、憂いと僅かな苛立ちを持ちながら
リュウフワ家の門をくぐった。
中に入った途端、煌びやかな雰囲気になったが、
豪華な装飾品など毛程も興味は無く、見たいとも
思わなかったので、そのまま素通りし、ジルの部屋へと向かった。
「あ、今日から宜しくね」
部屋は眩しい太陽の光が差し込み、ジルのブロンドを照らし、輝かせている。まるで聖書に出てくる天使のようだ。
「よろしく、お願いします」
頭を下げたのと同時にカルトゥーシュのチェーン
が音を鳴らした。
「そこに座って」
遠慮なく上質で柔らかそうな椅子の上に座る。
座り心地が良い。この椅子なら廃墟の方に置きたいくらいだ。
「早速で悪いんだけど」
ジルはティーカップを傍の机に置き、一息ついた。
「はい」
「約束してくれる? 」
「約束……ですか」
「うん。この一年間の中で、君の求めているものが見つかったりしたらすぐに僕を殺して良いから」
「……は? 」
思わず、間抜けな声が出てしまった。守って
くれる者に殺して良いなどと抜かす馬鹿がいる
だろうか。だったら、何の為に自分を雇ったのか。しかも、求めているものとはなんだ。
リオネルの困惑を見透かすように、ジルは微笑んだ。
「君は殺し屋で誰でも。僕でも殺せる立場にいる。だから、僕が何かしでかしてしまった時、君がいつでも律し、殺せるようにいったんだよ」
わけが分からない。リオネルの心中を察したのか、ジルは言葉をこぼした。
「今は分からなくても良いよ。でも、必ずどこかで解せる時が来る」
リオネルが首を傾げるが、ジルは気にも止めず、
紅茶を啜った。
「あ、そういえばあんた他の護衛とかは」
見る限り、どこにもいない。家には自分達以外の気配はないのだ。
「いないよ。君だけだよ、雇っているのは」
案の定、ジルは自分以外いないという。富豪
だから数人はいると思っていたが。無防備すぎないだろうか。ジルほどの人物なら幾らでも狙われるというのに。
「……殺し屋を雇うとかどうかしてる」
正式なボディーガードを雇えば良いのに。
守れと依頼された以上、何も言えない。報酬も
多くあるし。
「知ってる。君を選んだのは間違いなく、僕を
殺せると思ったし、命をかけてまで守ってくれそ
うだったから」
「それは普通そうだろ。守らない奴がどこにいる。たとえ、殺し屋であったとしても俺はあんたを守るよ」
「……恐らく君だけだよ。そんな言葉を言うのは」
ジルは立ち上がり、リオネルに近付く。
ドンっと音が鳴り、リオネルはジルに床に押し倒されていた。
リオネルはジルに片手で肩を掴まれて動けない。
頬の筋肉すら動かせない。なぜなら、首元にはナイフの切先が向けられているから。動いたら頸動脈を切られ、死ぬ。リオネルは確信して。弱そうな顔をしているのに力強い手だ。
その顔は目と鼻の先だ。美しい顔が目一杯に広がる。しかし、慣れているリオネルからしたらただの男の顔にしか見えない。
「その優しさでいつか裏切られて死ぬよ。もう少し、薄情になった方が良い。僕みたいな奴にやられる前にね」
彼は持っていたナイフでリオネルの首にほんの
わずかに切り傷をつけ、離れた。恐らく、微力だが血が流れているはずだ。後でエメに怒られることは間違いない。
「じゃあ、僕、下で昼食を食べて来るけど、
君も来る? 」
あんなことをした直後なのにジルはあっけらかんとしており、ほんの少し殺気立っていたリオネルは
毒気を抜かれた。
「い、いやここにくる前に食べたから良い」
「そっか。じゃあ、僕が部屋に戻るまでここで待ってて」
もう一度笑顔を振りまき、ジルは部屋をあとに
した。残されたリオネルは、肩の力を抜き、息を吐いた。
いつまでも金持ちの態度、行動に慣れない。慣れるつもりは毛頭無いが、護衛する以上ある程度は慣れないといけない。
リオネルは視線を落とし、待つことにした。携帯を手に取る程、依存はしていないし、本は好きだが、今日は持っていない。所謂暇だ。
床をずっと見ていた。と、気になるものが目に
入った。ベッドの下に置いてあった黒い箱だった。
家主がいないことを確認し、リオネルは箱を手に取った。何も彼自身、良いこととは思っていない。しかし、暇であることと、好奇心を取ったのだ。
箱を開くとそこにあったのは、茶色いノートだった。手に取ると、紙は黄ばんでいて古びている。
表紙を見ると、何も書かれていない。捲ると、
1ページ目からずらりと文字が並んでいた。
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