第2話 Éblouissant comme le soleil
「よっ、久しぶりに来たぜ。リオネル! 」
…煩いのが来てしまった。遠い目をし、現実逃避
する様に耳を塞いだ。大袈裟だが、本当に此奴の
大声は鼓膜に響く。
「おい! 何、耳塞いでるんだよ、嬉しいだろ! 」
「……一切嬉しくない。リュカ•フォーニエ」
呆れた目を向けながらも、白湯をカップに注ぐ。
こうして会うのは何年振りだろう。
リュカ•フォーニエ。血の赤の髪を持つ殺し屋には珍しい天真爛漫な、青年だ。しかし、その殺しの技術は高く、普段とは真逆な静かすぎるほどの殺しが彼の持ち味である。
そして、幾度のループでリオネルを気にかけてくれていた。未来では、殆ど顔を合わせたり、偶然出会ったなんて事は無いに等しかった。あの未来の過去では、彼を避けていたし、嫌っていた。
今は、恐らく違うかもしれない。あまりにも普通というか、人間らしいというか、兎に角眩しかったから、関わらないようにしていたと思う。
反省して、これからは少しずつ関わろう。ただ、思うところがある。同業者だが、勝手に連絡も無しにやって来るのはどうかと思う。
「今の俺の名前は違うんだから、そっちじゃねぇぜ。今は、ジルベール•デュラン」
訂正しながら勝手に椅子に腰掛ける。図々しい。
どうして、自身の名を嫌うのか。それか、本名で
呼ばれるのは素性がバレてしまうので偽名をつけ
ているのだろう。面倒だと思いながらも訂正する。
「で、ジルベール。任務は終わったんだろうな、
直ぐ観光にはしるお前には無理なことか」
「終わって来たわ! ほら、土産」
彼は、エジプトへ任務へ行っていたそうだ。何やら、夫がエジプトで不倫相手といるらしいので、二人諸共殺して欲しいのだと女に依頼された。既に物は処分してあり、未練は無いらしい。
女は恐ろしい。話を聞いただけでも伝わってしまう。ジルベールは、土産袋をテーブルに置き、紙袋からいくつかの物を取り出した。
終わって来たというが、任務の後、観光を行ったのだろう。殺した後に土産を買うなんて。死者に同情はしないが、不謹慎極まりない……。
リオネルは土産にも目もくれず、ゼリー飲料をずずっと吸い込んだ。
「うっわぁ、味わわないのかぁ…」
ジルベールは、若干引いたような顔をする。何が問題だ。味わわなくても栄養が取れるんだからいいだろう。というか、そもそもこういうものだ。
「こんなの栄養を取れば問題ないだろ。と、いうかお前、土産はもっと実用性のあるものにしてくれ」
「え、これも実用性あるけど? 」
エジプト綿を持ちながらジルベールは訴える。
何でもかんでも食料にすればいいんじゃない。
消費できないこっちの身も考えろと言いたい。
「……俺は、家電が良い」
「あー、この事務所っていう、事務所らしくない
とこ、電化製品使えないもんね。引っ越したらどうなの」
一瞬、耳を疑うような、殴りたくなるような発言が出てきたがそれは置いておく。ジルベールの提案は実に良い。だが、ここは結構居心地が良いし、仮住まいはここ以外にもある。それに第一。
「面倒くさい」
「いや、面倒くさがるなよ……。シャワーも無い
し、どこで身体洗ってんの? 」
「仮住まいの方で。家主に許可は得てる」
淡々と答えたリオネルに、ジルベールは引き気味
だ。何か不味かったのだろうか。
リオネルは、自身の言葉は悪くないと何ら変わりない顔を見せる。それはないない、と首を横に振る
ジルベールを見ながら首を傾げた。
「本気で引っ越した方が良いよ」
「それで何の得がある」
ジルベールは、顔を近付け、人差し指をたてた。
いつも思うが、パーソナルスペースが狭い。それだから、人に好かれるんだろう。まぁ、人間的には少し好んでいるが、少しだけだ。
こんな明るい人間と関わり合いたくはない。
まぁ、ジルベールと関わってしまっているから、慣れてしまっているとは思うが。
「1つ、いつでも憧れてた家電が使える」
「ぐっ……」
「2つ、安眠出来る」
「安眠……」
「3つ、武器を収納出来る」
「のった」
案外簡単に説得できた。チョロいものだ。彼がちゃんとした部屋に住めば、いつでも泊まれるし、飯をたかれる。一石二鳥だ。
まぁ、多分彼が引っ越すのは当分先だろう。期待はしない方が良い。
「お前、変なこと考えてないよな」
「考えないしー? 」
適当な返事、はぐらかされたようでリオネルは
ムッと、顔を顰める。と、いっても大して普段の
顔と何ら変わらないが。
「あ、そういや、お前お偉いさんの護衛するらしい
じゃん」
「……もうその話をするな。頭が痛い」
揶揄うジルベールに、白湯を飲みながら額に手を当てたリオネルは、注意深く見なければ分からないが、調子が悪そうだ。何回も繰り返し護衛はやってきているがいまいち機嫌の取り方も掴めていない。
「んー、お偉いさんの護衛大変? 」
「明日からだが無理な気がする。ご機嫌取りなんて
出来やしないし、あの顔見たら無性に苛立つ。
お前の方が何倍もマシだ」
ジルの顔を脳裏に浮かべる。あの吐き気のする顔は、何度も見たくもない。世の穢れも、何も知らない純粋無垢な、綺麗事を恐らく吐きそうな。
ここから先は本気で貶すので、言わないが無理だ。絶対にあの男の世話をするのは。この騒がしい馬鹿の方が、まだマシだ。
だってこの男は自分と同じで世の穢れなんて、身を以って知っているから。
「俺、そんな風に見られてたの? 苛つく存在だったのね……」
大して傷付いてもいないのだが、ふりをしながら
机に置いてある資料を手に取る。写真には天使の様に美しい姿の少年が写っている。恐らくリオネルが護衛する者だろう。
ジル•リュウフワ。リュウフワ家次期当主。
リュウフワ家は罪の無い者を殺し、その箇所を飾るという理解出来ない考えを持っていたとされる。
今はどうかは知らないが、危険な家の一つだ。こんな家がフランス王家の、遠いといえども血筋の持ち主だとは。呆れた。
国も容認して、存在しているらしい。腐ったものだ。
「……リオネル、お前こいつの護衛をして平気か? 」
「……さぁな。いろんな噂があるがそれを鵜呑みに
してはならないだろ? たとえ、そいつが殺人を犯しているとしても、俺の両親を殺したという確証はない」
「まぁ、そうだな。んじゃ、また来るわ」
ほんの少しの憂いを残しながらもジルベールは
廃墟をあとにした。
彼が廃墟から出た後、リオネルは上着を羽織って
外へ出た。徒歩で数十分の場所にある『ボヌール』というバーに入った。
あまり誰も近寄らない路地にあるのだが、言わずとしれた名店である。誰もが気兼ねなく入り、相談や、愚痴なんかを躊躇なく吐ける。要は、安心できる場所となっている。
リオネルも、随分前からこの場所には世話になっている。廃墟といっても、生活環境はあまり整っていない為、店主の計らいでこれまでの数年間、住まわせてもらっている。
ジルベールにはああ言ったが、ぶっちゃけ、廃墟じゃなくても生活環境整いまくっているのである。
どうせ1年の殆どはここで寝ているのだし。
「……早かったわね、リオネル」
「そうですか。……ただいま、エメさん」
「うん、おかえり」
リオネルが唯一心と体をを休められる場所と
いっても過言では無いだろう。それ程、この場所はリオネルには無くてはならない場所になった。
今の挨拶だって、自分とエメを繋ぐ大事なものの一つである。
「今日は、リゾットなんだけど食べれるかしら」
「多分、食べれます」
両親を亡くした頃から、リオネルは自身でも気付かないうちに、食欲を無くしていった。殺し屋になる為に、鍛錬をしていた日々の中であったのも理由の一つなのかもしれなかった。
多分、自覚したのは、今から4年ほど前。その時が一番辛くて、苦しくて。泣きたくて仕方なかった。誰かに助けを求めたかったけど、それはそれで嫌だった。
だから、食べては吐き、食べては吐きを繰り返していた。今となっては病院にでも駆け込んでれば良かったけれど、変な矜持が邪魔をしていたから無理だった。
憔悴し切って道端で倒れていたのを、拾って、
救ってくれたのがボヌールの店主であるエメ。
胃に優しいお粥を作ってくれて、更に翌日、熱を出したのにも関わらず献身的に看病してくれた。
頼るところも、誰かに優しくされたことのないリオネルの琴線に触れた。
そして、リオネルは久しぶりに子供らしくわんわん泣いた。泣き叫んでいた時でさえ、彼女は、何も言わずにただ黙って抱き締めてくれていた。その行為にどれだけ救われたか、彼女は知ることは無いだろう。知っていたとしても知らんぷりしていそうだ。
「嬉しそうだけど、何かあった? 」
「え? 」
「多分、他の人じゃ分からなそうだけどあたしには分かるわよ。ちょっと喜んでるもの」
全く自覚がなかった。恐らく、ジルベールに会ったからだと確信している。ああは言ったが、本当は嬉しかった。
少なからずあの未来の過去でも、今でも時折顔を出して、気にかけてくれている。あんな友人が欲しかった。そうしたら、少しは自分も…。なんて、要らぬ望みがあるが持たないように心がけている。
なのに、まさか、喜んでしまっていたとは。口元に手をやり、息を吐いて元の顔に戻す。
「ふふっ……」
エメは、リオネルの姿を見て微笑んだ。
(戻そうとしても、戻せてないところが可愛いのよね。…素直に喜んでも良いのよ。あなたはその当たり前の喜びを甘受しても良いの。あなたは、まだ誰かに、大人に甘えるべき子供なのよ。なぜなら、人は当たり前にその権利を持っているから。)
と、彼が理解するまで伝えたいのだが、必死に
表情を取り繕っている姿は本当に可愛くて見られないのは嫌なのでそのままとする。可愛いは正義だから。
(30枚くらい撮っとこうかしら。)
考えているそばから、シャッター音無しで真顔で連写しているが、撮られていることに気付いていないのはリオネルだけである。
「……なるほどねぇ。思うんだけど、金持ちの護衛って殺し屋のやることじゃないわよね? 」
リオネルは、リゾットを食べながらマリユスから
きた任務をエメに伝えた。
エメの言葉にぶんぶんと首を縦に振る。
「そうです、はい。俺が言いたかったこと、代弁してくれてありがとうございます」
「食えない男ね。あたしなら断るわよ」
エメは、ウイスキーをソーダ割りにしてごくごく
と飲んでいる。ああ見えて結構酒は強い。
「断れないのが、無理な話よね。報酬たんまり貰うんでしょ? 」
「まぁ……はい」
貰っても殆ど使わないが。欲はそれほどにないと
言外で示せばエメはむっと頬を膨らませた。
「そこ、素直に言わない。とにかく、頑張りなさいよ、辛くなったらいつでもやめていいから」
「はい」
エメの普段通りの優しさをリオネルは受け止め、
こくんと頷いた。
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