ラ•モール•エ•アンジュ
雛倉弥生
第1話 Rencontre avec un ange
夜風が心地良かった。公園のベンチに座りながらそうらしくも無いことを考えていた。後ろからは、何やらカチャっというおかしな音が聞こえていた。
見えないよう、口元に笑みを浮かべたブロンド。
ウルフカットのヘアをぼさぼさにし、前髪は目まで覆い被せられている、そんなはたから見れば汚いと映ってしまう男、名をリオネル•シモンといった。
しがない殺し屋だ。主に、要人、悪人、時折
子供の殺害を依頼される時もある。その時は生きた心地はしない。寧ろ、罪悪感しか湧かなかった。
リオネルの中にまだ情が残っていた瞬間だった。
幼い子供を殺すのかという葛藤があった。
それも今日で終わり。昨日、要人を殺そうとした際、ボディーガードと目を合わせてしまった。足がついた。この様子だと生きられはしない。何故なら、自分の後ろには数分前からずっと銃を突き付けられているから。
「言い残すことは」
「……ない。ないけどさ、」
……生きていられたのなら、両親を殺された復讐とやらをしてみたかったものだ。
遠くで銃声がなった。こんな最後になるくらいなら、まともな、普通の生き方をしてみたかった。
そうして、 世界とおさらばした。
目を開けた。ここは、あの世なのだろう。だとしたら、待ち望んでいた者達と再会できるだろうか。
と、周りを見渡しても、天国への階段など見当たらない。地獄だとしても、荒野や、拷問を受ける人々、悪魔などの姿も見えない。
この場所は、朽ち果てた廃墟だった。何度も見た光景に、リオネルは何の感情も湧きあがらず、ただ、またか。と、だけ思った。この現象を知っていた。
実のところ、リオネルは過去にタイムリープを繰り返していた。しかし、前回も師を含む、リオネルにとって大切な者達が殺されていき、リオネルすらも殺された。
2回目は、師や、他の殺し屋達に裏切られて孤独死。
3回目は、同僚が庇ってくれたが、彼と共にリオネルも死んだ。
4回目は、不思議なことに両親は生きていたが、平和は続くわけなく、死亡し、リオネルも、体をバラバラにされて死んだ。
○回目は……。
もう何度繰り返したかは不明だ。前回は、最初から諦めた。何もかも諦めて、殺し屋を続けた。疲労も溜まっていたのか、ミスをし、殺された。
……死んでもまた戻るから別に平気だった。繰り返して、繰り返して。リオネルの心は疲れ切ってしまっていた。何度戻っても救われない両親。そして、後一歩のところで掴めない犯人。
繰り返した中で、数回不規則な出来事が起こり、リオネルは両親から愛されなかったことがある。
その場合は、彼らは健在していた。それを見て、愛されない方が良いのかと理解し、愛されても、愛されなくても、仇を討つのをやめた。
先ほど、死んだ時間軸の前にも。けれど、やはり死ぬ前に走馬灯として脳内を駆け巡ったのは、両親の姿だった。また繰り返すのだろう。けれど、その一回でも意味はある。リオネルは再び、仇を討つことにしたのである。
リオネルに残った手がかりは、犯人が、金持ちであり、複数ではなく、単独犯。男、フランス在住、だけだった。ただ、子供がやったのか、大の大人がやったのかは不明だ。関係ないと思うが。
金持ちなんて飽きるほどいる。特定できない。何回目かは忘れたが、最後に重大な何かを手にした気がしたが、忘れてしまった。
推測するに、もう何百回も繰り返していれば、脳がバグり、結果、記憶が欠如してしまったのだろう。情報が過多すぎて。無理もないが、そこは覚えておくものだろうと自身に呆れた。
何か記憶の欠片を見つけようと少しの間、思考に浸かったが、結局、何も頭には浮かばなかった。
ふと、自身の髪を見ると。紫黒色の髪になっていた。いつも戻る度にこの髪を見る度に戻ったのだと再確認させられた。今はもう見飽きたが。
元々の地毛がこの色だったが嫌いだった。嫌な記憶を思い出してしまうから。
だから、あの未来では髪を染めていた。今は出来ない。派手な髪色にすると目立って仕事に支障が出てしまう。
リオネルは、息を吐いた。腹が鳴った。と、いっても今でも食欲はあまりなく、胃は小さいが腹は減ってしまうものだ。冷蔵庫を見るが、何もない。
元々ここは事務所であまり居住してはいない。物も少ないのも頷けるが、この状況を何とかしなければいけない。記憶を辿り、当時も電話は持っていたので、とある番号にかける。コールが数回した後、声が聞こえた。
「もしもし」
「……もしもし」
「久しぶりだな、リオネル。何かあったか? 」
「……手間をおかけいたしますが、こちらへ来ることは出来ますか? それと、何か食べる物を持ってきて下さい」
任務は恐らく無かったはずだ。まぁ、赴いていたとしても、一人で解決法を探すけれど。
リオネルの声音から察したのか、了承してくれた。電話を切ると、一つ息を吐いた。
「はぁ……」
息を吐き、空腹を紛らわす為、煙草を咥え、ライターの火を付けた。
「少しは備蓄したらどうだ」
銀の蓬髪の男が、紙袋を片手に訪れた。片目の上眼瞼から、下眼瞼にかけて細長い傷があり、その目は光が無い。頬の周りに薄い髭が生えている。年齢は、40代前半だろうか。 貫禄が滲み出ている。
「……マリユスさん。俺は元々食べない方なので別に良いです」
マリユスと呼ばれた、リオネルの恩人で師は、苦い笑いを向けた。慣れている様子だ。
「この茶菓子を食べられるか? それと、この茶も」
マリユスは、紙袋から洒落た箱を取り出し、蓋を開けた。中には、クッキーやら、一口大のバームクーヘンやらが沢山入っていた。
クッキーは、頑張れば二個は食べられるかもしれない。アイスティーなのか、少しひんやりとした茶は香りを消すことはない。
良い香りだと、ここにきて初めてリオネルはリラックスをすることができた。しかし、それもすぐに無くなる。
マリユスは、机にある資料を置いた。3、4枚の束になっている。
「お前に仕事だ。とある要人の御子息の護衛をして欲しいと」
「……殺し屋なのに、護衛ですか? 」
怪訝そうにリオネルはマリユスを見る。何の感情も その瞳にも、顔にもない。
「 ああ、大物故に断れなくてな。それに俺の古い知り合いだったからな。出来るか? 」
「…出来ますけど」
師の頼みは断れないものだ。報酬も中々に高い。断る理由は無いに等しい。
「なら良かった。あと、数十分で来るぞ」
「……何で、もっと早く言ってくれなかったんですか。断ったとしても強制的にやらせるつもりでしたね」
「まぁ、許せ」
待っている間にぼりぼりと菓子を貪っていると足音が鳴り響いた。
「こんにちは、君がリオネルかい? 」
名を呼ばれた様なので、失礼だとは思うがクッキーを口に挟みながら顔を向けた。
自身を呼んだ男は、ブロンドの髪を、結った碧眼の青年だった。年はリオネルより少し年上の20代前半ほどだろうか。片目は前髪で隠されているが、かなり美しい容姿だ。
知り合いだというのに慣れていないのか、マリユスはほんの僅かな間、見惚れてしまっていた。
「……そうだが、あんたがどっかの息子? 」
リオネルはわざとらしく言った。もう何度も出会っているから名前なんて聞かなくても分かるが、流れ的に一応聞いといた方が良い。
リオネルの言葉を聞いた青年は僅かに瞠目したが、すぐさま表情を戻した。
「うん、僕の名はジル•リュウフワ」
ジルは、花が綻ぶように美しく笑った。周りを魅了するというのはこれか。
フランス王家関係者だそうで、父方が血をついでいる。リオネルは見飽きていた。ただ、言いたいのは。
「……これ、断ったら駄目でしたね」
「だろ」
マリユスが肘でつついてくる。従って良かったと今、振り返って安堵した。
金持ちに逆らうのだけは絶対に厭悪することだった。まぁ、殺されるくらいならその前に逃げる選択をするが。
「で、俺はジル…さんを守れば良いと?」
「うん、期限は1年でお願い」
「…1年で良いのか? 」
疑問を持ちながらもジルに問いかける。
今までに不規則なことは起きたので、確かめることを忘れてはいなかった。
「殺し屋という仕事もあるし、その時は護衛しなくても構わない。それに、君はそれくらいの時でしか守ってはくれないだろうから」
ジルの言い草に、リオネルは自身を舐めているかのように聞こえ、癇に障ったが、口にするのはやめておいた。
どうせ、ここで吠えても相手にはしてもらえないと知っているから。
「……だが、お前も血を引き継いでいるとはいえ、金持ちだろ。護衛術くらいは身に付けてる筈だ」
「そうだね。フェンシング、弓道、空手、柔道、
ジークンドー、サバットとか」
「……そりゃ頼り甲斐があることで」
自慢気に、褒めて褒めてと言いたそうな表情のジルに嫌味も含めて、リオネルは内心言葉を吐いた。
(クソ野郎が)
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