第15話 渾身のエクスプロージョン

「アルマ!」

 俺は鉱山を出るや否やアルマを呼び止めた。

「こっちの指揮はしばらくお願い。ただ、大事なのは本体を倒すことだからね。あなたが相手をして、私の合図があったらあの廃村の方に引っ張って来て欲しいの」

「わかりました」

 アルマは力強く頷いた。

「みんな! 鉱山の入り口を半円形に囲んでちょうだい。私が合図したら、それぞれの得意な攻撃魔法を入り口に集中して」

 彼女の通る声が響き渡った。今ひとつ心が定まってない生徒たちは、彼女の一声で目標を提示された結果、一気に自分のやることに集中した。アルマは天性の指揮官かもしれない。

 俺はそこまで見届けてから、彼女に通信コミュニケートの魔法をかけて廃村の方に走った。

 廃村につくとまず、監視の目ウォッチアイの魔法を使う。これでみんなの戦いの状況を確認しながら準備をするつもりだ。名前の通り音は聞こえない。

 魔法が起動すると丁度アルマの合図で鉱山の入り口を一斉攻撃したところだった。大量のコピーが倒れ、生徒たちが歓声を上げた。一瞬茫然としたかのようにケイシムは止まり、すぐに見ているだけでもわかるほど怒り狂った。そこでアルマが何かを言うと、ケイシムは剣を振り上げてアルマに走り寄った。そうしてる間にもコピーは生まれ続け、生き残っていたコピーと一緒に他の生徒たちに襲い掛かった。

 ケイシムの相手をアルマがすることを確認できたから、とりあえず自分の仕事に集中しないとな。

 とりあえずプロフェッサーのくれたポーションを飲んでみる。ん? ちょっとばかり魔力が回復した気がするが、何かが変わったという自覚はない。ま、いいか。もともとこのポーションは考慮に入れてなかったことだし。

 村の建物跡にかからないある程度広い場所を探し、魔法陣を書き始めた。魔法陣は形だけ描けば、とりあえずは効果がある。魔力の消費を抑え、威力を上げてくれる。しかし、俺は今、魔力を込めながら魔法陣を描いている。結果として、魔力を込めないときよりトータル魔力を多く消費するが、その分威力が爆発的にあがる。これからやることにはとにかく威力が必要だ。

 合間でみんなの戦闘の様子も伺う。最初の一斉射撃の後、乱戦になって来たようだ。みんなよく健闘している。中でもレイリアはすごいの一言だ。土属性魔法で豪快にケイシムコピーを吹っ飛ばしている。やっぱり「可憐」より「豪快」だな。

 教師陣もさすがだ。ジョナサンが生徒たちの間を縫って、生徒の死角から襲い掛かろうとするコピーを始末している。プロフェッサーミゲルは宙に浮かび上がって戦場全体を見渡し、追い込まれそうな生徒のフォローをしている。

 しかし、コピーの増える速度が思ったより早い。微妙ではあるが、数はかえって増えてきている気がする。

 アルマの方に目を向けた。当面は大丈夫そうだ。ケイシムの剣技は思ったほど大したことない。不死身を過信した防御無視の攻撃だ。一流の剣士ならさばききれないだろうが、超一流の剣士にとってはかえって単調な攻撃と言える。もちろんアルマは超一流の剣士だ。しかし、相手は不死身だ。いずれアルマは疲労してしまうが、ケイシムは今のペースのまま攻撃を続けるだろう。

 こっちも急がないとまずいな。魔法陣を早く書き上げないと。とはいうものの、これからやろうとすることがかなり複雑なので、どうしても時間がかかってしまう。とにかく集中しないと。

 ようやく魔法陣を描き終わった。とりあえずこちらに誰もこない。戦場は持ちこたえているということか。でも、時間は結構かかってしまっていた。今はどういう状況になってる? 再び魔法を発動して戦場の様子を見る。

 やば! 結構押されてる。アルマを探すと彼女はまだまだ余裕がありそうだった。さすがだな。しかし疲労の影は見えつつある。急がないとな。通信コミュニケートの魔法でアルマに話しかける。

『アルマ、準備ができたわ。ケイシムを引き付けつつこっちへ来て!』

『わかりました!』

 アルマはすぐには引かなかった。ただ、打ち合いの流れが少しずつケイシム優勢に変わっていった。芸の細かい演技だ。そのうちアルマは後ずさり始める。そして大きく剣をはじかれた瞬間、脱兎のごとく走り出した。

「逃がさん!」

 ケイシムは言って後を追った。

 アルマ、上出来!

 俺は視界を戻し、アルマがくるであろう方向から魔法陣へのラインの延長線上に立った。魔法陣は発動まで隠蔽されるようにしてあるから、アルマへ逃げる方向を指示するためだ。

 懸念される点はふたつ。一つはケイシムが優秀な魔法関知能力をもっていて、魔法陣の存在に気づかれること。ただ、俺とアルマの前でも文献でも、ケイシムが魔法を使った形跡はなかった。存在自体は魔法的かも知れないが、自分は魔法を使えないのだろう。魔法を使えない人間で魔法を感知できる者はほとんどいないから、ケイシムも同じだと思いたい。人間の基準で判断するのは危険かもしれないが、ばれたらばれたでその時だ。

 もうひとつは、ケイシムがコピーを引き連れてやってくるかもしれないこと。これはかなり困った事態に陥るかもしれない可能性で、そうなったらかなり力業となる。

 後は少し待つだけ。

 それほど間を置かず木の影からアルマの姿が現れた。ケイシムが姿を現す前に手招きする。アルマは了解したという印に頷いてきた。それからまっすぐ俺の方に駆けてくる。すぐにケイシムも姿を現し、アルマの後をまっすぐに追う。コピーは連れていないようだ。いや、ワンテンポ遅れてコピーが追ってきている。一匹、二匹、地面から絶賛出現中が三匹目。力業確定。

「アルマ、伏せて!」

 叫ぶと同時にケイシムを無理やり魔法で引き寄せる。アルマは間一髪伏せて、ケイシムが彼女の頭上を通り過ぎる。喚き散らすケイシムを魔法陣の中心まで運ぶ。魔法陣が輝きだす。魔法陣から天高く、ケイシムを囲むように筒状の結界が伸びていく。

「アルマ、そこのコピーを片付けて!」

 アルマは起き上がり、三匹のコピーに向かって行った。俺は魔法陣の方に集中する。

 ケイシムは結界に何度も刀を叩きつけていた。俺が念入りに作り上げた結界はびくともしない。コピーもこれ以上出現しないようだ。

 ケイシムの封印が解けかかっていたときの状況から類推したことだが、恐らくケイシムからは常時魔力が発散されている。その魔力が大地に触れた時、そこからコピーが現れるのだ。一体ずつという制限はあるのだろう。ケイシムが封印されていた時、ケイシムから発せられる魔力は繭玉から一定の距離にある結界により大地から遮断されていた。しかし、結界が弱まり、ところどころ開いた結界の穴から魔力が漏れ出始めて、それが大地に達したとき、コピーの作成が始まったのだ。

 だから俺は、結界をケイシムの魔力も通さないように作り上げていた。その機能がうまく働いているようだ。

 本番はこれからだ。

 俺はケイシムの足元に結界の形に合わせた鉄板を作り上げた。その縁から上方に鋼鉄の壁を伸ばしていき、ケイシムを閉じ込めた。ケイシムが結界を叩いていた音が金属が金属にぶつかる音に変わった。ケイシムの頭が隠れると、俺は鋼鉄の壁を先細りにしていき、天井を作った。弾丸状の入れ物の中にケイシムを閉じ込めたわけだ。弾丸を耐圧、耐熱魔法でコーティングする。

 俺は弾丸を魔法で少し浮かび上がらせ、上下の中心を軸とした回転運動を加えた。

 最後に、残った魔力を振り絞って、全力で弾丸の下に大爆発エクスプロージョンの魔法を唱えた。

「とんでけ~!」

 弾丸と結界で守られた大地の間で、俺自身が驚くほどの爆発が起きた。弾丸はあっと言う間に結界の砲身を通って空高く消えていった。

 コピーを片付けたアルマが俺の隣に立った。

「空に飛ばしたんですか? でも、いつか落ちてくるんじゃ?」

 真剣な顔で聞いてきた。

「落ちてはこないはずだよ」

 と俺は返したものの、なぜ落ちてこないかを突っ込まれたときにどう答えたらいいかを悩んだ。

 この地には四季、すなわち公転がある。また、フーコーの振り子で実験してみて、自転があることもわかった。ということは、この地は意外と地球に近い物理法則に支配されているのではないか? 本当ならもっと検証してみたいところだが、実際にケイシムに対応しなければならない状況に陥ってしまっていたから、見切り発車をせざるをえなかった。

 地球に近い物理法則に支配されてるのなら、十分に速い速度で打ち上げれば、重力圏を振り切り、永遠におちてこないのだはないか? それが俺の仮説だ。ロケットを作るわけにもいかないので、地球で知られているもっとも簡易な宇宙船、ジュール・ヴェルヌの月世界両行の弾丸を再現したわけだ。緻密な計算などすることもできないので、とにかく考えられる限りの条件を整えてケイシムを打ち上げた。やれることはやった。後は結果がどうなるかだ。

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