第13話 ありがちな復活

 俺はクラウゼンのことがあって以来、6魔将に関する文献をかなり調べた。それぞれ残っていた記録の量にだいぶ差があったが、万魔将軍ばんましょうぐんケイシムについては数多く文献が残っていた。そんなに数多く研究されるほどやっかいな相手だったということかも知れない。

 文献には外見も載っていた。曰く、甲冑を纏った骸骨スケルトン。RPG慣れしてると弱そうな先入観を持ってしまうが、特殊能力が相当強力だった。大地に触れている間は不死身というギリシャ神話のアンタイオスに似た能力を持っており、倒すことができなかった。アンタイオスよりさらにたちが悪いことに、たとえ大地から離して殺しても、大地に触れたとたん生き返る。大地の概念も曖昧で、要は大地から固体を通して結びついている所は全てあてはまるようだ。例えば、高い塔の床や天井でも復活したらしい。

 それに加えて大地から無限に自分のコピーを作り、尽きることのない軍勢を使って先人たちを悩ませた。コピーはケイシムの様に不死身ではないが、倒してもすぐに次が作られることになる。下手をすると倒すより作られる方が早い。

 球体の中に入っているのは、おそらくそのケイシムだろう。甲冑を纏った骸骨スケルトンが崩れた姿で、球体の中空に浮かんでいる。これがかつてケイシムを封じたハイエルフの出した答えだ。恐らく球体の中に力場を作り、ケイシムが大地に触れないようにして封じているようだ。

「あれ、何ですか?」

 アルマが聞いてきた。

「おそらく、6魔将のひとりケイシム・・・」

 そう答えたら予想外の反応が返ってきた。

「またですかぁ?」

 俺は苦笑した。たしかに同感だ。

「ケイシムについては、もともとこの山に封印されているという文献もあったし、ここに来た以上、会うのは必然かもね」

 アルマは溜め息をついた。

「で、どうします? 姫様の力でぱーんてやっちゃいますか?」

 かなり投げやりの口調だった。今まで見たことのないアルマだ。思わずニヤニヤしてしまった俺の顔を見て、彼女は溜め息をついた。

「この前の6魔将の事件の後、本気で落ち込んだんですよ。本当なら私は護衛で、姫様を守らなければならない立場なのに何もできなかった。次こそは護衛の役目を全うしようと誓ったのに、また6魔将相手では、また私には何もできないじゃないですか・・・」

 そういうことなら、笑った俺が悪いな。

「そうだったの・・・。ごめん。でも、多分今回はアルマに頼らせてもらうことになると思うわ」

 アルマの表情が輝いた。

「私は何をすればいいんですか?」

 態度の変わりようにこちらはちょっと引いた。

「その前に、ちょっといくつか調べさせて」

 そう言って俺はケイシムの球体の方に近づいて行った。アルマもついてきた。

 ある程度近づいたところで、俺は思わず足を止めた。球体から凄まじく重苦しい魔力が溢れているのを感じる。中のケイシムから発しているのは間違いない。封じている球体がこの辺りまで押しとどめているということだろう。

 傍らには深い下向きの大穴がある。例のジャイアントモールがここまで来て魔力に驚いて逃げ出した跡かもしれない。

 近寄ってみると、球体の魔力の流れが感じ取れた。どうやら球体の脚の部分を通して封印を維持する魔力を吸収しているらしい。しかし、その流れはだいぶ弱くなっている。ここの魔鉱石の鉱脈の魔力を利用して封印を維持するように作られていたのが、魔鉱石がほぼ掘りつくされたことが原因で魔力の供給がかなり失われ、封印が弱っているようだ。もう長くはもたない。

 環境破壊によって太古の怪物が復活するなんて特撮ものでありがちな話だ。特撮オタとしてはちょっと萌えてしまう。

 ケイシムについては、文献に当たってる中でひとつ考えていたことがある。ちょっと実験して確認しないとな。

 球体から離れて、俺は透明なガラスのピラミッドを魔法で作り出した。中は真空の空洞になっている。さらにその内部に糸を結んだ錘を作り出す。錘がない方の糸の先をピラミッドの上方の一点の空間に固定。地面に足で一本線を引いて、それが底面の対角線になるようにピラミッドを置いた。

「それ、なんですか?」

 アルマが不思議そうに尋ねる。

「フーコーの振り子」

 案の定、アルマは理解できないようだった。でも、科学的知識がない相手に説明すると長くなるしなぁ。

 アルマはさらなる追求をしてこなかったので、魔法で振り子を線に合わせて揺らした。

 本来、フーコーの振り子は空気抵抗や摩擦があるので大きく作らなければならない。しかし、それは真空にすることと、紐の端をどこにも結び付けないことでなんとかなると思う。それと、そんなに長期間確認する必要も暇もないしな。

「しばらくこれには触らないでね。遠くから揺らしてもだめ」

「わかりました」

 俺は地面に座り込んだ。咎めるような表情のアルマに

「しばらく待たないと。アルマも体力を温存して」

「わかりました」

 彼女は俺のすぐ隣に座った。

 うわ、こんな近くに女の子が来たのは恥ずかしながら小学生の時以来かも。

 やっぱり、アルマみたいな綺麗な子が傍に来ると緊張しちゃうな。普通に好きになっちゃいそう。でも、俺も女で、同性なんだよな。体の感覚が男の時とはまったく違う。気持ちと体がちぐはぐなのは否めない。この感覚を自分の中でどう処理したらいいのか・・・。

「ケイシムってどんな奴なんですか?」

 アルマが聞いてきてくれたことで救われた。6魔将が具体的にどんな存在だったか、そこまで知るものはそうはいない。俺は自分の気持ちを脇に押しやり、調べた限りのケイシムの情報を話した。

「不死身の将軍の無限の兵士たち・・・。そんなのどうやって倒すんですか?」

「案はあるんだ。でも、成功するかどうかは実際にやってみないとわからない・・・」

「私の役割はなんですか?」

「時間稼ぎをしてもらうことになるかも。今はそれだけ承知しておいて」

 次の瞬間俺たちは同時に身構えた。土がいきなり盛り上がる音。今日はすでにジャイアントモールの登場シーンで聞いているが、あれよりはだいぶ小さい。俺たちとケイシムの繭の丁度中間くらい、丁度魔力の気配を急に感じたところのあたりに小山ができつつあった。山が人の背丈ほどになった時、中から甲冑を着て剣を持ったスケルトンが飛び出してきた。

「あれがケイシムのコピーですか?」

「間違いない」

 ケイシムコピーは辺りを見回した後、繭の方へ歩き出した。やばい。

「アルマ、止めて!」

「わかりました」

 アルマは走り出しながら剣を四次元袋ディメンジョンバッグから取り出し、そのまま一気に駆け抜けてケイシムコピーの首を切り落とした。

「お見事!」

 思わず叫んでしまった。アルマはしばらく、倒したケイシムコピーの様子を見ていたが、復活しないと確認して剣を収めた。

「意外と弱いですね」

 俺は頷いた。

「ケイシムの力がまだ完全じゃないのか、もともと弱くて数頼みだったのか・・・?」

 アルマは戻ってきた。

「いずれにしろ、もう少し様子を見よう」

「そうですね」

 また二人で並んで座ったが、今度はお互い会話をする気にはならなかった。ただ、油断なくあたりを見回す。

 体感で10分ほどたったころだろうか、再びケイシムコピーが現れた。今度は繭へ向かわずこちらを認め、向かってきた。アルマはすぐに立ち上がり、一、二合打ち合った後に仕留めた。

「強さはさっきと変わらない気がしますね。油断してなかった分、一撃とはいきませんでしたが」

「なるほど。もう少し様子を見てみましょう」

 そうして俺たちはさらに待った。フーコーの振り子は相変わらず揺れ続けている。

 次の遭遇は俺の感覚では少し早まっていたと思う。それと、今度コピーは同時に二体表れた。まだまだアルマの敵ではなく、あっさりと倒された。そろそろどのタイミングで逃走したらいいか考えとかないと。

 その次も二体だった。アルマが軽く片付けると思ったが、時間差でもう一体出てきて繭の方に向かって行った。即座に俺がファイヤーボールで焼き尽くした。なかなか戦略的な動きをする。ケイシムのコントロール下にあるということか?

 その後順当に(?)4体、5体と出現する敵の数は増えて行った。俺とアルマの連携は10体までいっても余裕だった。ちらっと振り子を見た。振り子の揺れがはっきりとわかるほど下に書いたラインからずれている。そろそそ潮時か。

 12体出現したところで俺は叫んだ。

「アルマ、戻って!」

「了解!」

 何も聞き返さずにアルマは戻ってきた。コピーは追ってこない。俺がただじっとコピーの様子を伺っているのを見て彼女も横に並んだ。

「合図したらとにかく逃げて。あいつらは構わなくていいから。スピードが大事よ」

「わかりました」

 俺たちが見ている前で12体のコピーは繭のすぐ近くに立った。繭をとりまく結界のところで一瞬の抵抗があったが、奴らが通り過ぎたことで結界の方が砕け散った。

 繭の近くにいる3体のコピーが繭に向けて一斉に剣を振り下ろした。ぱりんと、むしろ爽快な音がして繭が無数の欠片になって割れた。

 続いて上がったのは哄笑。そして繭からケイシムの体がバラバラのまま落ちてきた。地面に触れるや否や、みるみる合体してあるべき形をとりもどした。

 正直、その姿に目新しさはなかった。コピーが文字通りコピーだったからだ。ただ大きさは一回り大きかった。

「ようやく解放されたぞ。永かったぞ、忌々しいハイエルフ共め!」

 叫びと同時にケイシムは持っていた剣をその場で力強く振り、2体のコピーを粉砕した。解放した3体のうちの2体だったが、ケイシムは憂さ晴らししただけで、コピーに対してなんの感傷もないようだ。奴にとってはその程度の存在なのだろう。

「さて、とりあえずこの期に及んで我の目覚めを遅らせてくれた虫けらを血祭りにあげてやろうぞ!」

 虫けらが何を指すかは明白だった。

「逃げるわよ!」

 叫びつつ俺は走り出した。アルマのことだから、絶対俺より先には逃げないだろう。俺が率先して走ることは、結局はアルマの生存率を上げることになる。予想通りアルマは俺の後についてきた。その後ろからも足音が続く。しかし、俺は振り向かずにもと来た穴へ飛び込んでいった。

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