第12話 廃坑へ・・・
タレイアの講義は見事なものだった。ポーション作成によく使われる植物の種類と、その分布、採集方法などの知識を要領よく教えてくれた。あとは、後日実習でポーションを作るのに必要な薬草をいくつか採取させてもらった。
ちょうどそのころ、プロフェッサー・ミゲルが戻ってきた。
「プロフェッサー、いいタイミングですね。こちらは丁度薬草採集まで終わったところです」
「そうですか。ありがとうございます。タレイア」
プロフェッサー・ミゲルは俺たちに向き直った。
「諸君、学園と話し合った結果、このまま予定通り実習を続けることが決定した。アクシデントはあったが、諸君は十分冷静に対応できたし、問題はないだろうというのが最終的判断だ。セニアニスで昼食をとったら、レゾルテ山に向かおう」
プロフェッサーの後のセリフをタレイアが引き継いだ。
「食事は我々エルフから御馳走させていただきます。なかなか人間の皆さんに振舞う機会もないので、お口に合うかわかりませんが、精いっぱいのおもてなしをさせていただきますね」
これには生徒たちから礼儀正しい控えめな歓声が上がった。エルフの料理? 確かに俺も食べてみたい。でもまさか、焼き菓子が一枚出てくるだけだったりして。
実際に都市に戻って御馳走されたエルフ料理は、文句のつけようがないものだった。フルーツと野菜が主体だが、捕ったばかりだというイノシシの肉もある。味付けこそ薄いが、その分素材の味が今まで食べたことがないほど上質なものだった。これなら十分うちの宮殿のシェフと張り合える。周りのクラスメートも笑顔がこぼれ、口々に賞賛の声を上げている。ひと時の時間を大いに楽しんだ。
食事が終わってタレイアに別れを告げた俺たちは、来た道を辿った。やがて、見えてくる転送円の隣に見知らぬエルフが立っていた。
基本魔法によるテレポートは、大人数や長距離の場合予め転送円を描いておくのが一般的だ。この転送円は今日のためにジョナサンが予め書いておいたものだ。こうした転送円を恒久的に都市間で作っておけば、流通はかなり便利になるだろう。しかし、流通の利便性は都市の守りと反比例する。だからこうした転送円は、特別な時だけ描き、必要がなくなればすぐに消すのが慣習だ。優先されるのは都市の安全だ。見知らぬエルフは俺たちが去ったあと、転送円を消す役目を担っているのだろう。俺たちは彼に挨拶をしつつ、転送円に入った。
テレポートの呪文はプロフェッサー・ミゲルが唱えた。さすがに年の功で、詠唱は流暢で力強く、溢れてくる魔力は軽く200人くらいは一度に転送できそうだ。
一瞬で変わった目の前の景色は、草に覆われた広場だった。結構広そうだ。ここがレゾルテ山か。目的はここの廃坑だったので、てっきり山沿いの細い道でも通っていくのかと勝手にイメージしてた。まったく予想と違っていた。プロフェッサー・ミゲルがすぐに答えをくれた。
「ここは鉱山町の跡だ。かつてまだ採掘が行われていたころは、それなりの町だったのだよ」
なるほど、よく見ると草の影に建物の土台の跡らしきものが見える。町の周囲は木に囲まれていて、2ヵ所の切れ目がそれぞれ登りと下りの道に続いている。
プロフェッサー・ミゲルは俺たちを登りの道へと導いた。木の間の自然に踏みしめられた道を俺たちは歩いていった。程なく再び広い場所に出た。今度の広場は草ではなくごつごつした石で覆われていた。先の方に一層高い山がそびえ、その麓に洞穴がある。ん? 鉱山だよな? 鉱山なら単なる穴ではなく天井を支える木枠とかありそうなものだが・・・。
プロフェッサー・ミゲルはまっすぐにその穴へ向かって行った。
近づいてみると、思った以上に大きな穴だった。穴の前でプロフェッサーは何やら呟いた。どうやら呪文ではないらしいようだが・・・。
唱え終わると、洞窟が奥から輝きだした。
「これは、鉱山が稼働していた時に使われていた術式だ。特定のキーワードを唱えると、24時間ライトの魔法が起動する」
そう言ってプロフェッサー・ミゲルは中へ入って行った。俺たちも黙って後に続く。
中へ入ってみて驚いた。最初の細い通路を抜けると、天井がかなり高い部屋へ出た。ライトの魔法は天井全体にかけられているらしく、全面的に輝いていた。かなり広い空洞になっていて、奥の方には改めて細くなった洞窟が、何本かさらに奥へと続いている。一部にはレールが敷かれている。
「鉱山は掘られると壁や天井を魔法によって補強され、同時にライトの魔法が付与される。今輝いてる範囲が人間の手が入ってるということだ。輝いていないところへ入るときは、注意したまえ」
なるほど。魔法で補強されてるから木枠による補強がいらないわけか。
「かつてはここで魔鉱石が採れたのだよ」
魔鉱石、それは魔力を蓄えた鉱石だ。恒久的に魔法をエンチャントするより、技術的には容易に魔法道具を作ることができる。それなりに高額ではあるが、都会の家庭ならひとつくらいは魔法の明かりを持っている。蓄えられた魔力はいつか尽きるが、再充填が可能なので永久に使うことができる。魔法の技術はないが魔力が豊富な人間が、充填屋として生計を立てていたりする。
「当時はこの周囲は全部魔鉱石で埋まっていた。今はごらんの通り空っぽだがね」
今の世界の魔法文明を、かなりの割合で魔鉱石が支えている。この場所が授業の一環として見学コースに選ばれているのはそれが理由だ。
「ところで、透視を使えるものは周りの岩盤を透視してみてくれ」
俺は言われた通り透視してみた。目がちかちかする。岩盤の中にあるものが、透視の魔法に反応して輝いているようだ。
「眼がちかちかします」
俺より早く誰かが言った。
「そうだろう。岩盤の中には細かな魔法石の欠片が無数に含まれていて、岩盤を通して魔法を使うのはかなり難しい。個々の石がその時の状態によって魔力を吸収したり放出したりがほぼランダムに行われる。使った魔法がどう反応するかわからない。注意するように」
なるほど。そういう理屈か。
「では、しばらく中を見学したまえ。魔鉱石が実際に埋まっている状況や、魔鉱石を掘るために使われた道具にかけられた術式など、こちらが声をかけるまで自由に研究してみたまえ。十分時間はとる。後でそのことについてレポートを書いてもらうからそのつもりで。解散」
俺はアルマと目配せして一緒に辺りを歩いた。プロフェッサーの言ったとおり、周りには魔法をかけられたつるはしなどの道具がいくつか放置されている。とりたてて目標があるわけでもなくふらふらしていたが、大きく土が盛ってあるところを見つけ、気になってそちらへ足を向けた。近寄ってみると、その山に隠れるように穴がある。そこは明かりがない。穴の壁は最近掘られたばかりに見える。改めて山を見ると、こちらも掘られたばかりのようだ。まったくの直感だが、穴は丁度今日見たジャイアントモールが通れそうな大きさに思えた。
俺は自分の考えをアルマに伝えた。
アルマは土の山と穴を確認した後、同意してくれた。
「確かに、あのもぐらが掘った穴である可能性はありますね。でも、それが何だというんですか?」
もっともな疑問だ。
「あのもぐらがはこの奥で何かに遭遇して、逃げた結果エルフの植物園に出て来たんじゃないかと思って」
「何かってなんですか?」
俺は答えなかった。代わりに穴の入り口に手をかけた。
「奥へ行ってみようか」
アルマはちょっと考えて
「止めても無駄そうですね」
と言って、俺を押しのけて先に穴へ入っていった。
「私が先導します。護衛ですからね。止めても無駄ですよ」
俺は思わず笑顔を浮かべた。
「まかせるわ」
アルマはまずライトの呪文を唱えた。彼女の傍らに光球が浮かび、通路を照らし出した。かなり奥まで続いているように見える。
「行きます」
アルマは振り返って俺に声をかけると、そのまま奥へと進んでいった。光球も彼女と一緒に進んでいく。もちろん俺もすぐに後を追った。
穴はほとんどまっすぐに掘られていた。何事もなくそれなりの距離を歩き、自然と緊張感が緩んだところで、後ろから轟音が聞こえてきた。俺はすぐに向きを変え走り出した。明かりも後ろから追ってきたので、アルマが着いてくるのがわかる。
すぐに壁に行き当たった。完全に通路は塞がっている。
「ああ、もう、ジャイアントモールの奴、もっとちゃんと掘ればいいのに!」
思わず悪態が出た。アルマが前に出て、壁を触る。
「これはちょっと、すぐに戻れそうもないですね」
まったくその通りだった。穴は結構がっつりと土で埋まっている。魔法で盛大に吹っ飛ばせばさらなる落盤の可能性がある。テレポートしようにも、魔鉱石のせいで岩が透視できないから、移動先を設定できない。無理にしようとすれば、それこそ「いしのなかにいる!」ってやつになる。魔鉱石の欠片が散らばった土の中を透過するのもちょっとどうなるかわからない。
「地道に掘るしかないか・・・」
どうやって?とはアルマは聞いてこなかった。ただ、信頼の眼差しを俺に向けてきた。
「ちょっと下がって」
言いつつ、俺は奥の方にアルマを押しやった。それからゴーレム創造の呪文を唱える。俺とアルマしかいないし、こういう呪文は威力あんまり関係ないから、魔力を節約するためにあえて詠唱をした。詠唱が終わると、通路の床から三体のゴーレムが立ち上がる。周囲に豊富にある土を利用したので、穴の壁の材質そのままのゴーレムだ。魔鉱石を含んだ土で作れるかは賭けだったが、どうやら問題なかったようだ。三体なのは穴の大きさに合わせたからだ。それから魔法でゴーレムに合わせたサイズのスコップを作り出して渡す。
「天井の崩れたところを掘っていきなさい」
命令するとゴーレムはすぐに作業を開始した。このくらいの命令でうまくやれるくらいの知能は有るはずだ。
「奥へ行きましょう」
俺はアルマへ言った。アルマは頷くと、再び先に立って歩き出した。
どのくらい歩いただろうか。体感時間は正直狂っていた。だいぶ先の方に明かりが見えてきた。
「なぜこんなところに明かりが・・・。別の坑道に行き着いたんでしょうか?」
振り返ってアルマが言った。
「わからない。とにかく行ってみましょう」
目標があると自然に足の運びが速くなる。ほどなく俺たちは明かりの中へ踏み入れた。天井全体にライトの呪文がかけられていて開けた場所だったが、最初の洞窟の入り口とは明らかに違う。中央部に4脚の台に支えられた巨大な魔鉱石の球体があった。半透明のその中に、それはいた。
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