第11話 栽培アルラウネと地底生物に関する一考察

 あちこちで悲鳴が上がったというのは正確ではなかった。正しくは、アルラウネが栽培された区画で無数の悲鳴が上がったということになる。

 叫び声はアルラウネのものだった。声に反応してそっちの方に目を向けたら、黒山のようなものが佇んでおり、もうもうと土煙に覆われている。辺りに土とアルラウネが散らばっている。そいつが地面の下から出てきたはずみに、植えられていたアルラウネが一斉に地面からはじき出されたと見える。

 生徒たちは茫然としているが、皆無事の様だ。叫び声が伝説通りに発揮されて人死にがでなかったのは、栽培種故の威力のなさか、あの山のようなものが効果を一身に受けたせいか、あるいはその両方か。

 土煙が晴れてくると、出てきたのは巨大なもぐらだった。ジャイアントモール、洞窟や鉱山などで遭遇する魔物だ。しかし、標準よりかなり大きい。無駄に知識を詰め込んできた王女の記憶のお陰でそこまでわかる。城の図書館で偶然見つけた魔物大百科にどうして魅かれるのか当時はわからなかったけど、前世の影響だったか。魔物の解剖図とかわくわくしたものな。キメラが火を貯めとく火炎袋とか、ヘルハウンドの独特な爪とか。キメラ袋とかヘルハウンド爪とかの名前で前世の怪獣図鑑に載っていそう。

 まぁそれはともかく、この場をどうするかだが、おそらく、俺一人でも余裕で倒せるだろう。しかし、当然力を隠してる身ではそれはできない。でも、こういう場面なら手はある。ちょっと均衡を崩してやればいい。

 いつも授業でやってるレベルの、ごく弱いファイヤーボールをジャイアントモールに放った。

 ジャイアントモールはくぐもった叫び声を上げた。その声に生徒たちも一斉に反応した。地水火風、それぞれの得意魔法がジャイアントモールに向かう。的はでかいんだ。とりあえず発射できればことごとく当たる。

 正直、俺は奴がすぐに逃げ出すと思っていた。しかし、そうはならなかった。確か図鑑には臆病って書いてあったと思うんだが。奴は前方の生徒に向かって襲い掛かっていった。目の悪い奴だから狙いは甘いだろうが、巨体に任せてエリア攻撃されたら危ない。どう対処しようか考え始めたところに、凛とした声があがった。

「みんな、下がって!」

 タレイアの声だ。反射的に声の方向を見ると、彼女は持ってきていた弓を、惚れ惚れするほど優雅に構えていた。機を見て放たれた矢は綺麗な放物線を描き、ジャイアントモールの頭に深々と突き刺さった。

 ジャイアントモールは自分に何が起こったかを考えているかのように少し佇んだ後、どうと倒れた。

 生徒たちの歓声が上がる中、タレイアとプロフェッサー・ミゲルは冷静にジャイアントモールに近づいて行った。俺も後を追った。後ろからアルマが付いてくる気配を感じた。

 プロフェッサー・ミゲルがジャイアントモールの頭に刺さった矢をしげしげと見て言った。

「この巨体を一撃とはお見事ですな」

「我が家に伝わる家宝の弓、このクレッセントのおかげです。妹に持っていくように言われたのですが、まさか本当に必要になるとは・・・」

 タレイアはそう言って、ジャイアントモールの頭から矢を抜いた。意外にも、かなりあっさりと抜けた。

「妹君ですか。予言の力でもおありなのですかな?」

「まれにですがこのようなことがあります。これを持って行った方がいいとか、少し早く出た方がいいとか、突然言い出すんです。そういう時は、言うとおりにすると、後で納得するような事件が起こりますので、信用するようになりました。」

「それはそれは」

 プロフェッサーミゲルがしゃがんでジャイアントモールに触れた。

「私も魔物学は齧った程度ですが、確かこの辺りにジャイアントモールは生息していなかったように思うのですが。しかも通常よりかなり大きい巨体だ」

「そうですね。この辺りにはいないはずです。一番近い生息地は、たぶんレゾルテ山・・・」

「ふむ。我々がこの後行くところですな。そこで何かあったのか・・・? この後の授業については、少し考えなければなりませんかな」

「ここでの授業はどうされますか?」

「それについては、できればこのまま継続いただけますかな? せっかくここまできたのですから」

「わかりました。そうですねえ、ここは他の者に片付けさせて、授業はこのまま継続しましょう。警護の者も呼びます」

「私の方は、ちょっと学園と相談してきます。こちらはお任せしていいですか?」

「構いませんよ。難しい案件ですからね。議論にもなるでしょうから」

 プロフェッサー・ミゲルは振り向いた。後ろにいた俺と目が合い、なぜかウィンクされた。

「皆と話してくるかな」

 プロフェッサーは、ジョナサンが察し良く、皆を集めていた方へ歩いて行った。俺とアルマも続く。後ろでタレイアの魔力を感じた。念話で他のエルフと連絡を取っているのだろう。

「さて諸君」

 皆の前でプロフェッサー・ミゲルは話し始めた。

「とにかく皆が無事でよかった。諸君の安全管理は私の責任だ。危険な目に遭わせて申し訳ない」

 プロフェッサーは頭を深々と下げた。

「突然の実戦となってしまったな。諸君の反応はなかなか良かったぞ」

 一部で喜びの声が上がる。ただ、他は礼儀正しく聞いてたので、すぐに鎮まる。

「わしはちょっと、学園と話をしてこなければならん。その間、引き続きタレイア殿の講義を聞いていてくれ。この後のレゾルテ山での実習まで行うかは、学園と相談して決めることになる。以上だ」

 話が終わるころには、タレイアが呼んだ他のエルフたちがやってきていた。タレイアの指示を受けて、ジャイアントモールを片付ける役割の数人のエルフが魔法を合わせて軽々と死体を運んで言った。他の10人ほどが残って、周囲の警戒にあたる。

「向こうも準備ができたようだな」

 タレイアがプロフェッサーの隣までやってきて、頷いて見せた。

「ではタレイア殿、後はよろしく頼む」

「お任せください」

 プロフェッサーは俺たちに一礼をして去っていった。

「では講義を続けますよ」

 タレイアが俺たちの前に立った。

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