第10話 夏だ!海だ!え?山?
夏が来た! 夏と言えば、女子高生の半袖ブラウスから覗く二の腕がまぶしい季節だ。と、じっと自分の腕を見る。
ふ、不毛だ・・・。
確かに自分の腕でも女子高生の二の腕はまぶしかった。でも、それをまぶしく思ってしまう自分はそうとうに不毛だと思った。
実のところ、制服には十分な耐熱魔法が掛かっているため、ブレザーを着ていても暑くないのだが、そこは気分の問題で、学園の生徒も夏はやっぱり夏らしい服装をしている。
とにかく、この世界、というか、この国にも夏が来た。結構しっかり四季があるらしいから、この国は日本と同じくらいの緯度にあるのかも知れない。
ちなみに、この世界に「緯度」の概念はない。魔導師があちこち飛び回っているせいで、大地が球であることは理解されているが、天動説が信じられている。ここはあくまでも異世界だから、本当に太陽などの天体の方が動いているのかもしれない。
今、俺たちは実習として「セニアニスの森」に来ている。ここは、エルフが管理する森で、魔法の役にたつ植物が多く繁っている。普段はエルフが森に影響を与えない範囲で採集し、周囲の種族―主に人間―と交易しているのだが、うちの学園は特別に採集実習を受け入れてもらっている。
絶滅したハイエルフは孤高の種族というイメージだが、エルフは結構他の種族とうまく折り合いをつけている。とは言っても、よそ者を拒まないというだけで、ほとんどのエルフは自分の森から出ることはない。商人と一部の変わり者が森の外に出ているだけだ。
今日の実習の担当は高齢のプロフェッサー・ミゲルだ。魔法薬学の権威で、付き添いに彼の弟子のジョナサンが来ている。プロフェッサー・ミゲルが俺たちを先導し、ジョナサンがしんがりを勤めている。森の中の簡易に舗装された道を教師とその弟子と、一学年、40人ほどの生徒がぞろぞろと辿っていく。残念ながらミランダは参加できていない。授業には参加できるようになったが、さすがに山歩きはまだ無理と判断されたのだ。
エーリッヒは自己都合で退学したことになっている。突然の発表に皆驚いたが、本当のことを伝えるわけにもいかない。多少は不審がる者もいたが、日々の生活の中で埋没し、今では口に上ることもなかった。
やがて少し開けた場所に出た。そこがエルフの都市、セニアニスで、森の名前もそれに由来している。
都市とは言うが、自然に埋没するように作られたエルフの家は質素で、木々の間に作られており、ぱっと見ると「集落」という言葉がふさわしく思えた。ただ、遠くに見えるクリスタルで作られた壮大な王城が、唯一都市を思わせる存在だ。
うちのミューゼル国とセニアニスは、緩い友好関係を保っている。決して「仲がそれほど良くない」という意味ではないのだが、生活様式、社会様式が違い過ぎて、王家同士は特別なイベントがあるときに、外交使節を互いに送り合うくらいの付き合いだ。
都市に入ると、さすがに何人かのエルフとすれ違ってお互いに軽く挨拶した。やはりエルフは皆美形で、正直、こちらのグループより外見は全然上だ。なんか、動きも洗練されてる気がする。結構圧倒されちゃうなぁ~。俺なんか王女としては失格かもしれない。まぁ、いまいち自覚自体がないんだが。
プロフェッサー・ミゲルが俺たちを案内したのは、さらに開けた広場のような場所だ。奥の方に一人の女性エルフが待っていた。近づいて、プロフェッサー・ミゲルが丁寧に挨拶をした。
「お久しぶりです。タレイア」
「お久しぶりです、プロフェッサー。ようこそ、セニアニスへ」
それからタレイアは俺たち生徒の方に向き直った。
「学生の皆さんもようこそ。タレイアと申します」
タレイアは今まですれ違ったエルフよりさらに美しかった。こと美に関しては、人間の限界というものを完全に思い知った気分だ。長い金髪を複雑な形にまとめ上げ、いかにもエルフな白いチュニックと編み上げサンダルを身に纏い、肩にポシェットを下げている。足元にはこれまた定番の弓と矢筒が置いてある。世界を越えても、こういうイメージは共通なんだな。
俺たちはいっせいに挨拶を返した。
「こちらのタレイアが諸君の案内をしてくれる」
プロフェッサーミゲル言った。
「この辺りは一般の植物、魔法植物の宝庫だ。しかしそれゆえに危険でもある。タレイアの指示は必ず聞くこと。いいな」
「イエス、プロフェッサー」
俺たちが一斉に返す。
「では、皆さん、こちらに注目してください」
視線は一斉に、プロフェッサー・ミゲルからタレイアに移った。
「皆さんご存じだとは思いますが、この森は私たちエルフが管理しています。それは第一には貴重な植物の保存の為ですが、危険な植物が外に出回らないようにする為でもあります。こちらの許可したもの以外の採取は厳禁です。中には、近づくだけでも致命的な植物もありますので、私の案内するコースから外れないようにしてください。付け加えますと、エルフの管理区域から外れると、危険な動物も存在します。くれぐれもご注意を」
彼女は矢筒を背負い、弓を肩にかけると、振り返った。
「では、ついてきてください」
タレイアの先導で、一同は歩き出した。プロフェッサー・ミゲルは後ろに下がって、ジョナサンと一緒に歩いてくる。俺はちょっと思うところがあってタレイアのすぐ後ろを歩いた。まぁ、当然その後ろはアルマということになる。
「この辺て、昔6魔将の一人が封印されたところですよね?」
俺はタレイアに何気ないふりをして小声で聞いた。タレイアは一瞬怪訝そうな顔をしたが、教えてくれた。
「もう少し北の方ね。例年通りならあなた方は、この後レゾルテ山の鉱山跡に見学に行くのではなくて? 私たちの伝説では、その付近と伝わっているわ」
「そうですか」
タレイアの視線が鋭くなった。
「あれはあくまでも伝説でしょ? と言いたいところだけど、あなたのはそういう聞き方じゃなかったわね?」
小声で返してきた。
「なんのことでしょう?」
俺はとぼけた。
「実のところ私、外交的な話を少しは聞ける立場にいるのよ」
クラウゼンの情報は魔導士ギルドを通して、各国に通知されている。事は重大すぎるので、知っているのは王族などの支配階級だけで、一般の国民には知られていないはずだ。つまりは、彼女はそういう階級と密接な関りがあるか、そういう階級にいるってことだろう。
「私にもいろいろな話が入ってきますので」
タレイアは表情を緩めて、
「今はそういうことにしておくわ」
と言って顔をそむけた。それ以降は普通に周りの植物について案内をした。
あの事件の後、俺は過去の魔界の侵略についていろいろ調べた。どこに行っても、情報は力だからな。6魔将の封印先とされる地はだいたいどの書物に載っていた。おおまかな地方だけであったので、ここである程度絞れたことは収穫だった。
やがて、植物が直線的に栽培されている広場にでた。エルフの手が入っているのだろう。
「ここが私たちの植物園です。植物園といっても、なるべく自然のままにするように心がけています」
彼女の言葉の意味はすぐに分かった。同種の植物が規則的に並んではいるが、その間には雑草が生えるままにしてある。
「私たちエルフは、セージ、ラベンダーなどの一般的な薬草はなるべく自然のものを使うようにしています。それらはこの森に豊富に自生していますし、場所も把握しています。ここにあるのは普通では手に入らないような珍しい植物、それらを栽培しています」
確かに。アルラウネ、竜眼草、アシピレオン、図鑑で見た超希少な植物が結構な量で栽培されている。この世界でのアルラウネの生え方は、元の世界の伝説と同じだけど、いったいどうやってこれだけの量を生やす条件を満たしたのか・・・。
「基本的に、栽培された植物で作ったポーションは、野生の同種の植物で作ったものと比べると、どうしても効果は落ちてしまいます。しかし、ほとんどのポーションはこれらの植物でも作ることができます。
プロフェッサー、今回は何がご入用ですか?」
今回の実習は、今後プロフェッサーミゲルの薬学の授業で使う薬草を取ることになっている。プロフェッサーミゲルがその質問に答えようとしたとき、周囲から無数の悲鳴が上がった。
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