第8話 深淵からの愛

 あれから10日ほどたった。ミランダは回復しつつあるものの、復帰はまだ先で、治ったとしても後遺症があるかもしれない。彼女を襲ったものの正体もまったく掴めていない。正体不明のものへの対処方法を地道に考えながら日々の生活を淡々と過ごしていたが、心配事があるとどうしても落ち着かない。ただ、そうそう。少しはいい具合に詠唱付きで適度な魔法効果を出すのに慣れてきていた。

 ちょっとした波乱が起こったのは意外なところからだった。その日の最後の授業はレディー・リディアの歴史だったのだが、最後の最後にトンデモないことを言い出した。いや、彼女が悪いわけではないのだが。

「明日からローラン王太子が我が校に視察に訪れます」

 思わず机に突っ伏した。

 ローランは上の方の弟である。今年15になる。いや、ここは王立校だから、王族が視察に来ること自体は不自然でもなんでもないのだが、来た理由は俺の様子を見に来るってことだろう。母上が亡くなってからはずっとお姉ちゃん子で、いつも俺の後ろをついて回っていた。そのころの記憶が頭に浮かぶと、他人の記憶のはずなのについ笑顔が浮かんでしまう。しかし、今回のお忍びにはあの子と距離を置くということも目的の一つとしてあった。こっちの世界では16ともなれば一人前扱いされる。しかし弟は未だにシスコン気味だったのだ。俺が離れれば少しは意識が変わるだろうと思っていたのだが、そうではなかったらしい。実のところちょっと嬉しいけれど、ここは心を鬼にして突き放さなければならないだろう。

 そんな俺の内心と関係なく、レディー・リディアは嬉しそうに「くれぐれも粗相のないように」と言った。それから俺の方を向いて

「推薦枠のお二人は、特にお気を付けになってね。貴族のマナーなどわからないでしょうから、あまりお近づきになってはいけませんよ」

 とわざわざ付け加えた。こちらはただ、ポーカーフェイスで受けた。王太子にべたべたに慕われてた実の姉にそんなことを言う彼女が、かなり滑稽に見えたけれど。それはむしろローランに言ってあげて(笑)。

 翌日確かにローランはやってきた。朝一番で生徒が講堂に集められて、王太子の紹介と挨拶のセレモニーが行われた。俺は比較的前の方のいたので、どうやらすぐに見つけられたようだ。セレモニーの最中、舞台上からちらちらこちらを見てくる。王太子の立場としても失格だし、こちらも他の人にいらん勘ぐりをされたら困る。こちらに目を向けてきた機会に、王宮で腹を立てたときにした表情を再現して一睨みした。目に見えてローランが狼狽してので、ちょっと笑ってしまった。それ以降はこちらに目を向けないように努力していたようだ。

 授業の視察は別のクラスでしたようだ。俺の方はいつも通りの授業をこなした。

 授業が終わって寮に帰り、アルマと会話していると、呼び鈴がなった。いつものようにアルマの方が席を立つ。たまには俺が出ると言っているのだが、これだけは自分は護衛だからとどうしてもアルマは譲らない。

 突然玄関の方からアルマの「どうして?」という叫びが聞こえたので、ほぼ反射的に俺も玄関の方に走った。アルマの肩越しで玄関に見えたのはローランだった。これには俺も驚いた。

「ローラン!なんでこんなところに?」

「シー、静かに」

 不覚にも弟の方に言われて俺は慌てて口を閉じた。

「とにかく入っていただきましょう」

 アルマが冷静さを取り戻して言った。

「そうね」

 俺たちはローランを招きいれた。ローランの他に、顔見知りの護衛が二人来ていたのだが、彼らは玄関の外で待つようだった。

 居間にそれぞれが腰を下ろした。略装とはいえ、王族の衣装はずいぶん場違いに見える。

「姉上、会いたかった~」

 先に座らせておいてよかった。立っていたら抱き着いてきかねない勢いだった。

「わざわざ私に会うためにここに来たわけ? 自立しなさいって言い残したはずだけど? あと、ここ女子寮よ! 男性が気軽に入って来ていいところじゃないの。王家の人間が特権を利用してのこのこ入ったとでも思われたらどうするの?」

 とりあえず思いついたことをまくしたてた。次を探そうとしていると、ローランの方が口を出した。

「後の方については、お二人は王家の推薦枠で入ったことになってますので、直接様子を見に来るのもそれほど不自然じゃないかと・・・」

 ちっ、その手があったか。確かにそれならありか。

「でもごめんなさい。姉上に会いに来たのは事実です。学園で事件があったんでしょう? もう心配で心配でいてもたってもいられませんでした」

 そっちか~。単に甘えに来たわけじゃないのな。いつもこっちが心配していた相手に心配されるなんて、むしろむこうの成長の証? 本気で心配そうな顔でこっちを見ているローランを見ていると、胸がきゅんきゅんしてくる。俺にはいなかったが、弟ってこんなにかわいい生き物だったのか?

 でも、ここで甘い顔をする選択肢はないよな。

「私のことは心配しなくて大丈夫です。きちんと自分の仕事を全うしなさい」

 ローランは目に見えてしょげ返った。かろうじてポーカーフェイスを維持したものの、内心は抱きしめてあげたい気持ちでいっぱいだった。

「帰ります」

 のろのろとローランは立ち上がった。そのまま玄関の方へ向かおうとする。その後ろ姿を見たら、もう我慢の限界だった。俺は後ろから駆け寄ってハグした。

「来てくれてありがとう。嬉しかったわ。でも、本当に私は大丈夫だから。あなたはあなたの役割を果たして。お願いね」

「はい!」

 即座に返事が返ってきた。そのまま振り返らずに、ローランは玄関を開けて外に出て行った。そこで振り替えると、なかなかに凛々しい表情を見せた。

「それでは失礼する。今後とも推薦した王家の名誉を汚すことなく、勉学に励むように」

 他の寮生を意識した表向きの挨拶だな。その姿勢は正しい。体裁はちゃんと整えないと。御褒美の意味もこめてとびきりの笑顔を還した。ローランの顔がちょっとほころんでしまったが、このくらいは大目に見よう。

 外はすでに暗くなり始めていた。アルマと二人で廊下にまで出て、去っていく護衛とローランを見送っていると、三人に正体不明の魔法が投げかけられたのが感じられた。護衛たちがばたばたと倒れ、ローランだけはそのまま歩いて行った。

「姫様」

 アルマが小声で行った。俺は頷いた。

「これ見よがしね。あえて誘っているのかしら?」

 一瞬考えてから、続けた。

「アルマ、戦闘開始コンバットオープン

 アルマは頷いて俺に可能な限りの防御と攻撃サポートの魔法をかけた。

 これはアルマとの間で打ち合わせたことの一環だ。正体不明の相手と対峙するのは基本的には俺の方。剣の腕では負けるにしても、魔法を含めた総合力では明らかに俺の方が強い。その点についてはアルマも認めざるを得ず、渋々ながら、アルマも同意した。真面目な彼女にとって護衛の役を果たせないということは不本意だろうが、こちらとしても戦略上譲るわけにはいかない。俺が戦闘開始コンバットオープンと言ったら彼女は可能な限り俺にサポート魔法をかけ、俺の少し後を追尾してくる。

 今回、たまたま少しコミュニケーションをする余裕があったが、すぐさま行動するしかない状況になった時ののために、合図を決めておいたのだ。戦闘開始コンバットオープンとしたのは単なる趣味だ。一度言って見たかったんだよな~。

 ここで魔法をかけてもらうのは、実際に戦う段になった時に俺の魔力切れを抑えるためだ。

「アルマはとりあえず二人を。処置が終わったら追いかけてきて」

「わかりました」

 彼女が俺との間に通信コミュニケートの魔法をかけるのを待ってから、ローランの後を追いかけた。

 ローランの後を追うのは造作もなかった。ただ普通に歩いている。

『姫様』

 通信コミュニケートの魔法を通してアルマの思念が聞こえた。

『護衛のお二人は気を失っていただけです。すぐに後を追います』

『了解』

 魔法による会話は傍受される可能性があるが、そもそも向こうが誘っているのだ。気にしても仕方ないだろう。

 ローランはさらに歩き続けている。どうやら行く先の見当がついた。魔法の実技場のようだ。思いきり魔法戦を仕掛けられそうだ。歩きながら、自分でもいくつか防御魔法をかけた。

 予想通り、ローランは実技場に入っていった。

『ローランは実技場に入ったわ。私は後を追うけど、アルマは外で待機して』

『ですが・・・』

『必要があれば呼ぶわ。無茶はしない。信用して』

『わかりました』

 俺も後を追って実技場に入った。明かりは点いていた。奥の方に歩いていくローラン。そのローランの手を取った者がいた。そのままローランの体をこちらに向け、その後ろに立った。エーリッヒだ。その顔は今まで見たことがないような感じでにやけており、ぼうっとしているローランと対照的だった。

「ミランダをあんな目に遭わせたのはあなたなの?」

「そのとおりですよ。アリシア王女」

 こっちの正体を知っていたのか? 内心動揺したが、平静を装った。

「情報収集にかけてはそちらが上のようね。残念ながら、こちらはあなたについて何の情報も得ていないの。あなたがどなたなのか、教えてくださる?」

 エーリッヒの笑顔が一層凶悪になった。

「仰せのままに、王女様。こちらとしても、もとより全てはこの瞬間のためのおぜん立てだったのですから」

 さすがに意味がわからん。おとなしく相手の言葉を待った。

「私の名前は淫魔インキュバスクラウゼン。王女様に置かれましては、お聞き及びでしょうか?」

 クラウゼン? 6魔将の一人じゃないか。かつてこの世界は、「魔界」呼ばれる異界から侵略されたことがある。まぁ、今の俺から見ればよくある話ってことになっちゃうんだけど、もともとの王女の感覚からすると「驚愕の真実」って感じかな。

 いわゆる「魔王」という存在の側近に6人の強力な魔族がいた。かつてハイエルフは自分たちの絶滅と引き換えにして、魔王と6魔将を封印したと伝説に残っている。確か王宮の近くにも封印されていたという伝説が残っていたような・・・。

「クラウゼンは過去に封印されたはず。本物と信ずる理由はこちらにはないように思われますが? あなたは単なる騙りものに過ぎないのではないですか?」

 皮肉を込めたこちらの言葉に、さすがにクラウゼンの顔から笑顔が引っ込んだ。

「いいでしょう。少しばかりご説明させていただきましょう。確かに私は封印されていましたが、10年ほど前、強力な魔法が周囲で発動されました。その結果私を封印していた結界が緩んだので、私は時間をかけてそれを完全に破壊しました」

 10年ほど前だって? まさか・・・。

「長いこと封印されたおかげで、さすがに私もしばらく力を取り戻す時間が必要でした。ある程度力を取り戻した後、私は真っ先に魔王様が封印されている場所に向かいました。もちろん封印を解くためです。しかし、対魔族用の封印はいかに私でも解くことはできませんでした。そこで思い出したのが10年前に発動された魔法の存在です」

 ここでクラウゼンはこちらをじっと見つめた。

「そう、ですよ」

 やっぱりそうか~。10年前、この国の辺境地帯バルドー地方が大干ばつに襲われた。幼い俺は、自分ならできると、雨を降らせることを申し出た。それをミーファが止めた。雨を降らせることはできるだろう。しかし、その結果がどうなるか予測できない。さらなる悲劇をもたらす可能性があると。

 今ならわかる。前世の気象に関する知識を得た今では・・・。局地的な気象操作が世界全体の気象に影響を与え、別の地域に重大な被害をもたらす可能性がある。目の前の悲劇を回避するつもりで、別のもっと重大な悲劇を生むかも知れない。俺の力が弱小ならかえって問題はなかっただろう。小さな干渉なら自然の大きな流れにすぐに吸収される。その分干ばつに対する影響も少ないわけだが。

 しかし当時の俺は納得できず、癇癪を起した。怒りのまま魔力を集中し、周囲に攻撃的な意思を向けた。ミーファの説得が功を奏して意思は霧散し、ただ行き場のない魔力だけが周囲に放出された。クラウゼンが言うのはそれのことだろう。こいつの封印を解いた責任は俺にあるのか。

「私の封印に干渉をしたあの魔法なら、魔王様の封印も解除できる。私は身をやつしいろいろ調査しました。このクラウゼンともあろうものがですよ。正直、そんなことをさせたあなたには恨み骨髄なのです。しかしその結果、あなたがこの学校に入学する予定なのが分かりました。だから私も後を追って、留学生エーリッヒとしてこの学校に潜入しました」

「ミランダのことは?」

「あなたを試したかったんですよ。わざとあなたの目の前で彼女を傷つけ、それを治療させることであなたの力量を見極めたかった。合格です。あなたには魔王様の封印を解く力があります」

「私が協力するとでも?」

「しますよ。絶対にします」

「絶対にしません」

「それではミランダの犠牲は無駄になってしまいますね~。彼女はあんなに辛い目にあったのに」

 俺はかっとなった。元気だったころの彼女と、生気をほとんど奪われて瀕死の状態だった彼女の様子が自然と湧き上がってきた。生気を奪っただけではないのか?

「彼女に何をした~!」

 俺は最上級の怒りをもってクラウゼンを睨みつけた。目があったクラウゼンの眼がきらりと光った。途端に俺の中の怒りが急速に薄れていった。なんてすてきなひとなんだろう。大好き。

 気持ちと一緒に、体中の細胞という細胞が女を主張してきた感じだ。今すぐにでも彼の胸に飛び込んでいきたい。思いきり彼の腕の中で抱かれたい。

 その感情は湧き上がったときと同じように急速に引いて行った。事前詠唱魔法が発動したのだ。これは無詠唱魔法以上に使える人間が少ない魔法だ。事前に発動条件を設定しておいて、条件が満たされたときに発動する。今回、心拍数が一定以上になった時に状態異常を解除する魔法をあらかじめかけておいた。

 俺に対する魅了が解けているにも気づかず、クラウゼンは話続けた。必ずしもクラウゼンが間抜けだったわけではない。魅了こそ解けたものの、俺は体に残る余韻に必死に抵抗していた。このままでは気持ちが集中できない。

「これでもう、あなたは私の言葉に逆らうことはできません。あなたのような強力な魔力を持つかたに魅了かけるのは数パーセントほど不確定要素がありましたので、このようなシチュエーションを設定させていただきました。人は誰しも、他人の精神干渉に多少なりとも抵抗する力があります。私の邪眼は、お互いの視線を通して魅了します。その場合、抵抗力が最小限になる瞬間があるんですよ。それは、対象が私を睨みつける瞬間。相手に対して攻撃的な視線をぶつけるとき、人は防御の方が無意識におろそかになるのですよ。そのためにあなたが私を睨みつけるようになるシチュエーションを設定したわけです。さあ、一緒に来てください。魔王様の封印を解きましょう」

 そろそろいけるか。俺はローランへの精神支配を解除し、同時に入口近くにテレポートさせた。

「ローラン、逃げて!」

 一瞬、現状認識できなかったようだが、すぐに扉に向けて走り出した。クラウゼンもすぐに異常に気付いたがローランの現在地を把握するのにさらに一瞬遅れた。反射的にローランの方に闇属性の攻撃魔法が飛んだが、俺も反射的に振り返りもせず左手に結んだ印だけでローランに防御魔法をかける。防御魔法がはじける気配と、その後扉が開閉した音で、ローランは無事逃げられたと判断した。クラウゼンの表情の変化もそれを裏付けた。

 口調もがらりと変えて叫んだ。

「なぜ俺の魅了が効かん。有象無象のインキュバスではないのだぞ。6魔将たるクラウゼンの魅了がなぜ効かん」

 正直に答えてやる義理もないので

「もう少しイケメンだったら効いたかもね」

 と言ってやった。それに対する反応は凄まじいものだった。少なくともその時見せた悪鬼のごとき表情は6魔将にふさわしいものであった。

「殺してやる!」

 クラウゼンの手に鈎爪付の手甲が現れた。同時に体中からどす黒いピンクのオーラがあふれ出てきた。うっわー、あれ、絶対女が触ったらやばいやつだ。

 俺は事前に仕込んでいた愛用のバスタードソードを四次元袋ディメンジョンバッグから取り出す。まあ、名前から想像できる通りの魔法だ。本来なら学園に武器の持ち込みは禁止だが、この数日の間に学長に許可を取って用意しておいた。

 クラウゼンは仕掛けてきた。2合、3合と打ち合ううちに、技術的には大したことない相手だと分かった。アルマと比べたら、ぜんぜん楽勝だ。オーラまでは剣で防げず、体に触れそうだったが、念入りに施した防御魔法が防いでくれている。俺は思い切って攻勢に出た。結構あっさりと、相手の胸に剣が突き刺さる。だが手ごたえがない。

 クラウゼンの顔が少し緩んだ。

「無駄ですよ」

 俺は剣を抜こうとしたが抜けない。やむを得ず魔法で強化された剣の切れ味に頼って剣を切り上げた。

 あっさりとクラウゼンの胸から肩まで切れ目が入ったが、効いてる様子もなく、すぐに塞がった。

 再びクラウゼンが仕掛けてきた。相変わらず技術は稚拙で、やられる気がしない。しかし、こちらも打つ手がない。千日手になることを嫌ったのか、クラウゼンが大きく仕掛けてきた。魔法で空中に飛んでそれをかわしたが、クラウゼンが跳躍して追ってきた。剣で受けつつ、その反動も利用して距離をとって地に降りた。クラウゼンはそのままの位置で真下に降りた。

 こちらは剣を構えたが、相手は両手を下ろし、代わりに大きく口を開いた。そこから火炎がこちらに襲い掛かる。

 俺はすぐさま建物内に降雨を呼んだ。雨が火炎を相殺したが、建物中がもうもうと湯気に覆われた。視界が遮られたのをいいことに、ちょっと息をつく。相手は襲ってこなかった。

 湯気が晴れると、クラウゼンはもとの場所に立ったままだった。

「なぜ殺せんのだ」

 奴は静かに言った。

「なぜに我が人間如きを殺せんのだ!」

 急に声を大きくして叫ぶなり、クラウゼンの体が崩れだした。不定形のアメーバ状の姿になり、今度は無数の触手が俺を襲う。さっきまでの美形フェイクかよ。一時でもあれに魅了されたなんて、さすがに悔しい。

 相変わらず技術は稚拙だが、今度は手数が多い。さすがに厳しくなった。ただ、攻める余地は出てきた。

 分析アナライズの魔法をかける。予想通りだ。パワーが集中している部分がある。不定形のモンスターの弱点といったら核だ。

 俺は触手の攻撃を受けると同時に、剣に強化魔法をかけて行った。一度に強化するのはそれなりに時間がかかる。受けながらかけるには少しずつ強化を積み重ねていくしかない。もっとも、こうした魔法の使い方もかなりイレギュラーだ。普通は同じ魔法の重ねがけには限度がある。触手はあえて切り落とさず剣の腹で受け流すだけにする。切れ味の違いで強化しているのを気取られたくはない。

 受け流す、受け流す、受け流す、受け流す。

 エンチャント、エンチャント、エンチャント、エンチャント。

 結構ギリギリだった。受け流しそこねたものは防御魔法でかろうじて防がれている。今から考えると、洗濯に失敗して制服の魔法をかえって強化してしまっていたことも役にたっている。

 体感的にはそうとう戦った後、ようやく核を貫けそうな強度になった。強化した剣を媒介にしてバリヤーを展開した。それによって剣の強化は若干劣化するが、その分バリヤーの強度は強くなるし、もとよりこの劣化を考慮に入れて余計に剣を強化してある。全体としてはこれが一番効率がいいのだ。俺は剣を構えてクラウゼンだったものめがけて疾走した。

 クラウゼンはしばらく相変わらずの攻撃を続けていたが、触手がバリヤーので完全に防がれているのに気づくと、一度触手を全てひっこめて、一斉にバリヤーに向けて叩きつけてきた。

 だが遅い。俺は飛行魔法を使い、近づくスピードを一層早くする。触手は俺の後方で無駄に床を叩いただけだ。

 剣は過たずクラウゼンの核を貫いた。断末魔の声すら上げずクラウゼンはゆっくりとくずれていった。と同時に、俺の手の中のバスタードソードも粉々になった。魔法や衝撃に耐えられなかったのだろう。愛用の武器だったのに・・・。

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