第7話 暗い予感

 目が覚めると頭がガンガンに痛かった。吐き気こそなかったが、まるでかなりヘビーな二日酔いのようだ。これが魔力を限界まで振り絞った影響か?

 なんとかベッドから起き上がってはたと気づいた。いつの間にかパジャマを着ている。もちろん、アルマが着替えさせてくれたのだろうが、その情景を詳しく考えると、想像が妄想に暴走しそうなので頭から締め出した。

 すぐに寝室のドアが開いてアルマが顔を覗かせた。何らかの動きを感知する魔法でも使っていたのかな?

「目が覚めましたか?」

 俺は返事をしようとしたが、改めてアルマの顔を見ると、さっき想像しそうになった情景がまざまざと頭に浮かび、あまりの恥ずかしさに思わず俯いてしまった。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

「昨日は失礼しました。さすがに制服のままでは窮屈かと思いまして、私が着替えさせていただきました」

 それからちょっと俺の方を見つめて、

「大丈夫ですよ。別に変なことはしていません。意外と姫様、かわいらしい反応をなさるんですのね」

 と微笑み混じりに続けた。俺はますます赤くなった。何でこんなに恥ずかしいんだ?

「おっと、忘れるところでした。レディー・ミリムがおいでです。お話しできますか?」

 羞恥心が極まったせいか、頭痛はどこかに行っていた。そんな理屈はないか。でもとにかく、体調的にはレディー・ミリムに会うのも問題なさそうだ。

「大丈夫よ。今行きます」

「あ、そのままで。こちらにお通しします」

 まだ体は本調子ではない。その方がいいか。俺は頷いた。

 アルマに案内されてレディー・ミリムが入ってきて、向かい側のアルマのベッドに腰を下ろした。

「少し話をしたいんだけど、大丈夫?」

「大丈夫です。でも、その前にひとつ聞いていいですか?」

「何かしら?」

「ミランダの具合はどうですか?」

 レディー・ミリムは微笑んで見せた。

「もう大丈夫よ。でも、本当に危ないところだった。あなたの魔法がなければ、彼女の回復は間に合わなかったかもしれない。それほど衰弱していたの。

 そんなになるまで魔力を振り絞ってくれたおかげよ。ありがとう。体が辛くなったらいつでも言ってね」

「それはよかった」

 これは心からの言葉だった。

 レディー・ミリムは真顔に戻った。

「それではこちらが聞く番ね。ちょっと厳しい聞き方になるかも知れないけど、事実をはっきりさせたいだけなの。協力してくれるわね?」

「もちろんです」

 レディー・ミリムはメモを取り出した。

「帰宅途中にうずくまった影を見つけて、そいつが逃げたらミランダが倒れていた、そこまではいいわね?」

 俺は頷いた。

「相手の特徴はわからなかったってことだったわよね?」

「はい」

「私は、学園の結界がとてつもなく強力な魔法を感知したから現場に行ったんだけど、それは、あなたの魔法?」

「わかりませんけど、私の魔法がそんなに強力なものとして検知されたんですかね? その怪しい影がミランダの生気を吸収する時に使った魔法ではないですかね?」

レディー・ミリムは少し考えたようだった。恐らく俺の魔法の実力を思い返していたのだろう。結果として、怪しい影が魔法を使ったという説に納得したのに違いない。

「魔法で吸収していた?」

「何らかの魔法が使われているのは感じました。でも、それを分析アナライズする暇はなかったから・・・」

 あああ、とうとう嘘ついちゃった。

 一般的に、使われた魔法とそこまでの距離と個人差によるが、魔法が使われたことは魔法の才能があるものには感知できる。俺はあの時魔力を感じなかった。他の魔法を併用して巧妙に隠匿することは可能で、その場合は分析アナライズの魔法を使わなければ感じられない。分析アナライズを使えば、相手の隠匿と自分の能力の差に応じて、どんな魔法かもある程度わかる。実力差が有りすぎると、分析アナライズを使っても魔法が使用されたことすらわからない可能性もある。

 相手があえて魔力を隠匿していた可能性は否定しきれないが、あまり意味はないように思える。となると、やはり生気の吸収は生来の能力ってことになる。それを持つのは魔族かアンデッドが代表的な存在だ。

「そうなると犯人はやはり人間かしらね」

 レディー・ミリムが言った。俺の言ったことを信じるとそういう結論になるだろうな。

「結界で不審者は入れないはずなんだけど。なんらかの手段で結界を透過したか、さもなければ・・・」

「学園の内部に犯人がいるか・・・」

 レディー・ミリムの後を俺が続けた。

「そうね」」

 レディー・ミリムは考え込んだ。やがて、立ち上がった。

「協力ありがとう。また何か思い出したら教えてね。それから、当分一人にならないこと。今のところあなたは唯一の目撃者ですからね」

 そのまま部屋を出ようとした彼女に声をかけた。

「ミランダには会えますか?」

「まだ無理だと思うわ」

 振り返って彼女は言った。

「そうですか・・・」

「じゃぁ、また次の授業でね」

 レディー・ミリムが去った後、アルマが代わりにベッドに座った。

「正直、姫様に魔力切れがあるとは思いませんでした」

「人をなんだと思ってるのよ」

 俺は笑った。

「私は死竜山の山賊事件の時、姫様の魔法を目の前で見ました」

 俺の笑いは苦笑に変わった。

 『死竜山の山賊事件』とは5年前にあったことだ。この国のスタンレイ伯爵領内の死竜山という山に、隣国の将軍崩れと称する人物が山賊を集め、周囲の村々で略奪の限りをつくした。その悪逆非道の振る舞いは筆舌に尽くしがたく、早期の解決を誰もが望んだ。伯爵も手をこまねいてわけではなく、すぐに軍を動員して退治しようとしたが、山賊の首領の将軍崩れの経歴はどうやら伊達ではないようで、ち密な戦略と戦術で軍を手玉に取って打ち負かした。

 魔導師ギルドもさすがに協力を申し出たが、相手は魔法にも万全な対処をしていた。山賊側の魔導士が魔法による動きを探知し、それを基にした首領の戦術は完全にこちらの魔法を封殺した。

 そこで白羽の矢が立ったのが俺ってことだ。魔法探知外からの一軍丸ごとのテレポートの前には、どんな戦術もゲーム板ごとひっくり返されたようなものだ。

「普通の人があんなことをしたら、控えめに言って3回くらい魔力切れで死んでますよ。それなのに平気な顔でやり遂げるんですから。その姫様が魔力切れなんて・・・」

「それだけミランダの治療は厳しかったのよ。結局、人の命を奪うより救う方が難しいってことなのかもね」

 俺は山賊事件が片付いたとき、現地に行って確認した風景を思い出した。相手は凶悪な山賊とはいえ、埋葬のため遺体が積み重ねられた光景は子供にはきついものがあった。しかもその結果をもたらしたのは俺自身だったのだ。

「実は、そのことにからんでひとつ疑問があるのよ」

 俺は言った。

「なんですか?」

「ミランダの生気は回復がそれほど難しくなるほど失われていた。吸い尽くすギリギリまで。逆に言えば、私があの場にいようがいまいが、吸い尽くすことは簡単だったってことよ」

「なるほど。そうですね」

 アルマは考え込んだ。

「なのになぜあいつは生気の吸収を中断して逃げたのか?」

 俺は続けた。

「それと本当のことを言うとね、あいつ、魔力を使わなかったのよ。結界が検知したのは多分私の回復魔法――あいつのせいにしとけば、私の本来の魔力は隠し通せるかなぁっと思って嘘をついたんだけど――ということは、あいつの生気吸収は生来のもの。それができるのは魔族かアンデッドか・・・」

「そんなばかな!悪意を持った人間ならまだしも、そういった存在が結界内に侵入するなんて・・・」

「そうね。基本、結界は人間が入ることは前提としている。だから、人間なら一度すり抜ければ内部で隠れていることはそれほど難しくない。でも魔族やアンデッドは、内部にその存在があれば常に結界が反応するはず。それが反応しないということは、かえって並みの存在じゃないと思う」

 この辺の結界の仕様は入学の際のオリエンテーションで聞かされたものだ。

「驚きましたね」

 アルマが言った。

「でしょう?」

「私が言ったのは姫様のことです。聡明だということは存じ上げていましたが、そこまで戦略的な思考ができるなんて」

 きっと、中身がおっさんだからだろう。主人公が知恵比べするようなラノベやマンガ大好きだし。でもそれはどうでもいい。話を戻そう。

「とにかく、あいつがなんであれ、それはこの学園の中にいるんじゃないかってこと。恐らく、何かをたくらんで・・・」

「なるほど。私たちはどうしたらいいのでしょう?」

「さすがにすぐに結論はでないけど、これから二人でじっくりと考えてみましょう」

「そうですね」

 その時、部屋の呼び鈴が鳴った。アルマが立ち上がった。

「誰でしょうね?」

 そう言って出て行った。すぐに戻ってくると、

「ミランダのお母さんです。娘を助けてくれたお礼をしたいと。案内していいですか?」

 と言った。

「ええ。いいわ」

 そう答えたあと、何か忘れているような気がしてきた。

 ミランダのお母さんがアルマに案内されて入ってきて「王女さま?」と叫んだ時点で、自分が何を忘れていたか思い出した。彼女とは顔見知りだったのだ。

「違います、人違いです、他人の空似です」

 パニクって余計怪しくなる発言を連呼したあと、俺は諦めた。

「失礼しました。マシューズ夫人。取り乱してしまいました。ご無沙汰しております」

「やっぱり王女様でしたのね。なんでこんなところにいらっしゃいますの?」

 俺は手身近に説明をした。

「お忍びで・・・。王族のかたもストレスがたまるものなのですね。王女様は気さくなかただとは思っておりましたが、まさかここまでなさるとは・・・」

 なんかさっきも聞いたような言い方をされた。

「とにかく、このことはここの学長以外誰も知らないの。お願い。誰にも、ミランダにも言わないで」

 マシューズ夫人は大きく頷いた。

「わかりました。誰にも言いません。もちろんミランダにも・・・って、大事なことを忘れていましたわ。そもそも私は、ミランダを助けてくれた生徒さんにお礼を言いにきたんでした。王女様が私の娘を助けてくださったのですね?」

 俺は頷いた。マシューズ夫人は姿勢を正して深々とお辞儀をした。

「娘を助けていただいてありがとうございます。この御恩は一生忘れません」

 俺は彼女の肩に手をかけ、面を上げさせた。

「気にしないでください。たまたま窮地に陥っていたクラスメートを助けただけです。当たり前のことをしただけです」

「いいえ。ミランダは私たち夫婦にとっては特別な存在です。当たり前などという言葉では片付けられません。心からの感謝の気持ちを受け取ってください」

 こういうの、こそばゆいんだよなぁ。でも彼女の気持ちを無駄にするのも忍びない。

「お気持ちはしっかりと受け止めさせせていただきます。私としても、娘さんの一日も早い回復をお祈りさせていただきます」

「ありがとうございます」

 それから2、3やりとりして、マシューズ夫人は部屋を辞した。早くも俺の秘密を知る人が増えてしまった。これから大丈夫かな? ミランダを殺しかけた怪しい侵入者の正体の他に、もう一つ懸念が増えてしまった。

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