第6話 全力、魔法少女!
俺がこの世界に来て一週間ほどたった。客観的には「王女が前世の記憶を取り戻して」になるのかも知れないが、主観的にはそんな感じだ。
王女の記憶が残ってるおかげでぼろを出すこともなかった。
さすがに少しは今の体が自分の体だという認識ができてきたが、否応もなしにという感じで、違和感はバリバリ残っている。
アルマは相変わらず堅苦しい態度だがそれでも俺に向ける笑顔は増えてきた気がする。
ひとつわかったのが、この世界の女性に対する美の基準だ。現代日本からすれば時代遅れの「安産型」が一番好まれている。だからアルマのスレンダーな
今日は学校を出るのがだいぶ遅くなった。今日の最期の授業は歴史だったのだが、レディー・リディアが庶民への嫌がらせの一環として、俺に一人で倉庫の整理を命じたのだ。当然のようにアルマは手伝いを申し出たのだが、俺はきっぱりと断った。彼女も俺から離れて一人でのびのびする時間を持たないとな。
外はすっかり暗くなってしまっていたが、これは倉庫にいろいろあった興味深い資料に夢中になってしまい、整理し終わるのが遅れたせいなので、完全に自業自得だ。
俺は寮へ向かって歩き出した。
星が綺麗だ。俺は気づかないうちに鼻歌を歌っていた。
決して日本ほど治安がいい世界ではないが、女一人で夜道を歩いても何も心配する必要はない。学園の敷地は強力な結界が張られていて、魔物も悪意のある人間も入ってこられないはずだ。結界の開閉ができるのはあくまでも門のところだけで、そこは常に警備されている。
ところが、そのイメージはすぐに裏切られた。
寮への道の途中で黒い影がうずくまっていた。こちらに背を向けていたが、あえて
不意にそいつがこちらを向いた。顔は暗闇に隠れてよく見えなかったが、口だけはなぜかはっきりと見えていて、それがにっと笑った。凶悪な乱杭歯が覗いている。
そのままそいつは道を外れて走り出した。反射的に追おうとしたが、そいつがいた場所に何かが倒れているのが目の隅に入って、追うのは諦め、その何かの方に歩いて行った。
女生徒が倒れていた。制服でそれとわかる。顔を覗き込むとミイラのようにやつれているが、ミランダだ。俺は慌てて屈みこみ、彼女に向けて
彼女は生気のほとんどを吸われていた。おそらくやったのはさっきの影だろう。すぐにでも治療をしないと間に合わない。周りには誰もいない。俺がやるしかない。
俺は彼女の傍らに座り魔法をかけ始めた。手加減している場合じゃない。こりゃあ全力だわ。自分の魔力を生気に変えて彼女に補充する魔法と、生気が不足して壊死しかけている細胞を回復させる魔法を複合的にだ。うまくバランスをとらないと、彼女は死んでしまう。生気の補充ばかりしても細胞が壊死していってしまえばなんの意味もないし、生気の補充がおろそかになれば細胞が壊死するスピードが増して、結局は回復が追い付かない。
本当なら詠唱、いや、できれば儀式も使って魔法の威力を上げたいところだ。しかし、今何よりも優先しなければならないのはスピードだった。二種類の魔法を状況を見ながら交互にかけ続ける。せめてもう一人いれば、補充と回復を分担できるのだが・・・。制服の焦点具があるのが唯一の救いだ。
どのくらい時間が経ったかわからないが、ミランダの顔に赤みが差してきた。もう大丈夫かな? 再度
人の気配がし始めた。おそらく俺の使った魔法が検知されて誰か教師が調べにきたのだろう。この学校を覆う結界にはそういう機能もある。検知されたとなれば、俺の発する魔力が桁違いなのもばれてしまっただろう。もう出来の悪い生徒のふりをするのも無理かもしれないな。そうなればこの学園ともおさらばか。短い学生生活だったな。
ふっと解決策を思いついた。さっきの影、生気吸収する時魔力を使っていなかった。ということは、それが生来の能力だったのに違いない。俺が使った回復のための魔力をあいつのせいにしてしまえば・・・。犯人の手がかりをひとつ隠蔽することになるが、まぁ、大勢に影響はないだろう。
一番最初に到着したのはレディー・ミリムだった。立ち上がって迎えようとしたが、立ち上がれなかった。思った以上に消耗していたらしい。
こちらの様子を見て取ったレディー・ミリムは身振りで座ったままでいるように指示してきた。
「いったい何があったの?」
「寮に帰る途中、道に何かがうずくまっていました。私を見ると逃げ出したんですが、後にミランダが倒れていて・・・。とにかくひどい状態だったので、できる限り回復魔法をかけていました。たぶん、命はとりとめましたが、続けて治療をお願いします。私ではこれ以上無理・・・」
レディー・ミリムは頷いて、次に到着した学校の警備員にミランダを保健室に連れて行くように指示した。
「あなたにもう少し話を聞きたいところだけど、無理そうね」
レディー・ミリムは辺りを見回した。そろそろ生徒も集まってきている。その中から一人の生徒が飛び出してきた。アルマだ。
「ひ、あ、アリシア、いったい何があったの?」
姫様と言いそうになったのをかろうじて飲み込んだらしい。俺が答えるより早くレディー・ミリムが話しかけた。
「ちょうどよかったわ、アルマ。アリシアを部屋まで連れて行ってあげて。だいぶ消耗しているようだから。話は後で。とにかく休ませてあげて」
「わかりました」
彼女は俺の傍らに跪いた。
「立てます?」
「肩を貸してもらえば、なんとか・・・」
実際にそうしてもらったものの、脚が震えていた。
「歩くのは厳しそうですね」
俺たちの様子を見ていたレディー・ミリムは口笛を吹いた。するとどこからともなく絨毯が飛んできた。リアルフライングカーペット、初めて見た。
「アリシアはそれに座って。寝てもいいわ。
アルマ、軽く引っ張ればその絨毯はあなたに従うわ。明日一番で話を聞きに行くから、今日はアリシアをゆっくり休ませてあげて」
「わかりました」
アルマは言った。それから俺に向かって
「座ってください」
と声をかけてきた。俺は頷いて言われた通りにした。俺がちゃんと座ったのを見届けて、アルマは絨毯を引きつつ歩き出した。
部屋までは無言だった。アルマはカーペットを俺のベッドに寄せると「降りてください」と言った。
俺は頷くと、自分のベッドの方に座り直した。
急速に睡魔が襲ってきた。
「ごめん、アルマ。少し寝かせて」
「わかりました。ゆっくりお休みください」
俺はそのまま横になると、すぐに深い眠りに落ちて行った。
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