第5話 初日の終わり、あるいはガールズトーク?

アルマがお風呂から出てきた時、先に入浴を終えていた俺はアルマの制服を魔法でクリーニングしていた。クリーニングと言っても、そのものズバリで制服を洗濯する呪文なんかがあるわけではない。水を操る魔法、風を操る魔法、くっついた物質を分離する魔法などを駆使して綺麗にするのだ。個々の魔法は必ずしも難しいものではないのだが、うまく使い分けるにはそれなりの熟練を要し、魔法を使ったクリーニング屋は経営の成り立つ職業になっている。魔法の訓練の一環として、寮生にはこうした生活に根差した魔法の利用が推奨されている。

自分の制服を洗うとき、詠唱ありの魔法をを試してみて、汚ればかりか布地まで剥ぎ取ってしまい、慌てて修復した。その際、制服にかかっていた各種防御魔法も崩壊してしまった。アルマの制服をまねてかけ直してみたが、前より強くなってしまった気がする。

「制服洗濯しておいたよ」

ヤラカシタことは黙っておいてそれだけ伝えた。

「あ、ありがとうございます。姫様のお手を煩わせずとも自分のくらい自分でやりましたのに。なんなら姫様の分もわたしがやりますよ?」

「いいのよ。そういうのが嫌でここに逃げ出してきたんだから」

「それなら交代でやりましょうか。明日はわたしがやりますね」

「うん、そういうことなら、明日はよろしくね」

俺がそう言うと、アルマは鏡台の前に座り、風魔法で髪を乾かしつつ、ブラッシングし始めた。

その後ろ姿をボンヤリと見ていた。アルマの髪、綺麗だな。やっぱり黒髪っていいよな。彼女は薄い水色のパジャマを着ている。黒髪によく似合っている。個人的には、ああいう寒色系の色の方が好きなんだけど、今の俺の明るい金髪じゃぁ、どちらかというと赤やピンクの暖色系の方がよく似合う。今着ているのもピンクのパジャマだ。やっぱり好きな色より似あう色の方を選ばざるをえないよな~。だけど、どうにも落ち着かない。

それと彼女の凛とした顔立ち。綺麗で、憧れるな。どうも今の俺の顔は童顔で、甘えてるような顔立ちで。まぁ、綺麗は綺麗はなんだけどな。

あと、なんと言っても胸だよな~。俺の胸、大きすぎだよ。別にマンガでデフォルメされた胸ほど大きくないし、形も悪くないのだが、一日でかなりその重さを痛感させられた。かなり邪魔。ここは中世ヨーロッパ風の世界の割には、魔法文明が発達してるせいか、衣類なんかは現代日本と同じ水準で、ブラがしっかりサポートしてくれるんだけど、それでもやっぱり重い。その点アルマの胸のラインは大きすぎずすごく綺麗で、あのくらいの方がいいんだけどな。

「アルマってほんと、綺麗だなぁ。羨ましい」

つい口に出てしまった。ぴくって感じで彼女の動きが止まった。

「姫様のようなお美しい方に言われても、嫌味にしか聞こえませんわ」

 なんか、思いきりとげのある返答が返ってきた。なんで? 

「嫌味なんかじゃないわ。素直な感想。本当にアルマのこと、私よりずっと綺麗だと思ってるだけ」

正直、今の自分の容姿、自分のものという認識がない。いたって客観的な感想だと思う。まぁ人それぞれの好みはあるだろうけど。

「うちの騎士団ではあなたの噂ばかりですよ。」

なんで今そんな話が出てくるんだ?

「王宮での閲兵の後は必ず、『今日もアリシア姫は綺麗だった~』とか、『ドレスがすごく似合ってた~』とか、『俺に話かけてくれた~』とか」

 それからさらに小声で付け加えた。うまく聞き取れなかったが、『姫の大きな胸最高とか』と言ってるようだった。

「たとえそうだとしても、アルマが綺麗だってことを否定することにはならないでしょ?」

彼女の顔が曇った。

「必ず付くんですよ。『それに比べてうちの姫は』って」

 なんだそれ? 白獅子騎士団の野郎どもの眼は腐ってるのか? どう見ても美女じゃないか? 彼女はこちらに背を向け呟くように言った。

「子供の頃から剣を与えられて、最初はただ、それを振り回すのが楽しかったけれど、気が付いたら周りには大人の男の人ばかりになって、たまに王宮とかに連れていかれると、同じくらいの年の女の子がみんな綺麗なドレスで着飾って、自分が取り残された気がしてました。やっぱり女の子って、あれが普通なんだろうなって。姫様と比べられると、自分が女の子として失格なんじゃないかって思えて・・・」

 まあ確かに、彼女は本来公爵家のご令嬢だ。普通に社交界デビューしていれば、ドレスを着る側になっていたんだろうな。でも公爵家の教育方針は言わば、質実剛健。

「すみません、姫様。少しグチを言ってしまいました」

 彼女は振り返らずに続けた。

「将来的に王家を守る騎士になることが不満なわけではありません。今、姫様を守る任務を受けていることも誇りに思っています。でも、時折寂しくもなります」

 俺は突然後ろから彼女をハグした。こういうのは女同士の特権な。彼女を慰めるためだから、女の武器を使うことに遠慮なんか必要ないだろう。自分の胸がつぶれる感触にはちょっとひいたが。

「大丈夫だよ。あなたはすごく綺麗な女の子だよ」

 耳元で言った。

「お互い縛られてるね。あなたにはキラキラして見えるかも知れないけど、結局私は将来政略結婚をさせられるだけ。私を見る目は、いろんな欲望にまみれている。そんな視線気にしてたら王族なんてやっていられないけど、ちょっと疲れちゃった。一休みしたくて、無理を言ってこの学校に入れてもらったの。結末は変わらないけどね」

 俺はアルマの前に回って正面から見つめあった。彼女は少しうるってしている。

「あなたもここでは騎士だってこと忘れて、女子高生としての生活を楽しんじゃいましょうよ。私の本来の魔法の能力は知ってるでしょ? 時々手合わせしてもらっている通り、剣の腕もそこそこあるわ。いつもあなたにはかなわないけど。護衛の仕事、少しは手を抜いても大丈夫よ」

 彼女はここで笑顔を見せた。

「そうですね。剣を操る女性もまれにいますが、バスタードソードをあれだけ扱う人はあまりいませんからね」

 そうなんだよね。アルマもレイピア使ってるし、普通はそういう軽量の武器を使うんだけど、バスタードソードがなんかしっくりくるんだよね。もっとも、魔法でそうとう軽量化しないと、女の非力な腕では持ち上げられもしないけど。改めて考えると、ちょっと日本刀と扱いが似てるからかな?

「ようし、これからは私たちの間で堅苦しい言葉は禁止ね。今日は女同士でとことん語り合うわよ」

 俺はアルマをベッドに座らせ、自分もその隣に座った。そして寝るまで思う存分語り合った。初めて知ったが、意外とアルマも饒舌になれるのな。

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