第3話 手加減は、想像以上に難しい

 授業にはギリギリ間に合った。1時間目の歴史の教師、レディー・リディアが教室の前の方の扉を開けようとしてるところを後ろの扉から滑り込んだ。

 いつも俺とアルマに当たりの強い彼女はネチネチと嫌みを言ったが、今回は純粋に俺が悪いので甘んじて聞いていた。

 彼女は日本で教師が普通に着ててもおかしくないレディーススーツを着ていた。とある田舎の男爵家の4女で、身分に過剰な執着を持っている。この学校は身分の隔てなく生徒を受け入れることになっているが、彼女自身は露骨に貴族の生徒を贔屓している。日本の学校とは違って、教師は教育する能力のみで評価されるから、彼女の態度が問題視されることはほとんど無い。実際、彼女の授業のうまさは群を抜いており、生徒もそれを認めざるを得ないので、ただ素直に授業を受けている。

 俺とアルマは王家による推薦枠で入学してきた。聞こえはいいが、本来貧しいが有能な生徒を受け入れる為の制度だ。普通は家柄は推して知るべし。気を使われて余り家庭の事情を聞かれることもない。だからこそ俺たちはその制度を利用したわけなんだが、レディー・リディアは端から俺たちを見下していた。教師ですら、学長以外は俺たちの正体を知らないのだ。

 もともと王宮の堅苦しい生活から一時的にでも逃げ出したかった俺としては、彼女からの扱いをけっこう楽しんでいる。

 歴史の授業自体はさすがに退屈だった。けっこう王家の話とも被るのだ。ひいじいさんのした改革の話など子供の頃から聞いている。そうなると気になってくるのは自分の体だ。嫌でも長い髪が目に入るし、ずっしりとした胸の重さもつい意識してしまう。下着とスカートの感触も慣れていないしな。別に不快とまでは思わないが、なんだか落ち着かない。

 それと、この学校は共学だ。寮では女子生徒しかいなかったが、教室では半数が男子だ。目の前に女子が座っており、その両隣に男子が並んでいるが、男子の制服はジャンパースカートがベストとスラックスに変わっているのを除けば女子と同じなのに、体のラインから違い全く別の服のようだ。今の俺はこの女子の方と同性で、隣の男子が異性なんだよな。

 記憶も前世のものと今世のものが混在してるし、なんかいろいろ混乱する。俺、これからいったいどうなるんだろう? しかし、内心の葛藤は押し隠し、表向きは真面目な生徒を装ってどうにか切り抜けた。

 次はいよいよ魔法の実践授業で、俺たちはぞろぞろと専用の建物へと向かった。

 入学当初に案内されたとき以来か。その時は、内側に防御魔法が厳重にかかっていたのが印象に残った。未熟な術者がちょっとやそっと暴走しても構わないということだろう。

 魔法学の教師レディー・ミリムが手を叩いた。俺たち生徒が一斉に注目をする。

 レディー・ミリムはショートカットの幼い顔立ちの教師だった。だが、講師をやるほどの実力のある魔道師の年齢を、外見で判断しても意味はない。実年齢が何歳かなんて分かったもんじゃない。

 彼女は黒に近い紫の魔道師のローブを着ていた。これは魔道師ギルドに属する魔道師の正装だ。ミーファも俺に授業をするときはこれを着ていた。いろいろと防御魔法が組み込んであり、魔法の補助もできるのは俺たちの制服と同じだ。

 魔法を使えるものが必ず魔導師ギルドに加入しなければならないわけではないが、強力な魔法使いは多くが加入している。それだけに強力な力を持った集団だが、個々の加入者への縛りはきつくない。ただ、本当にやばい案件、魔法使いによる大量殺戮とか、世界征服などを企てた魔法使いなどには全力で対抗する。もっとも、そんなことはここ100年ばかり起きていないはずだが。

 また、各国家に対しては基本的に中立で、どの国でも援助を要請できる。実際に援助を受けられるかどうかは、魔導師ギルドの総意と、実際に手助けをしてくれるギルド構成員がいるかによる。

「今日は皆さんの力量を見せてもらいます」

 レディー・ミリムが全員に伝わるように大きな声で言った。

「あちらにいくつも的が見えますよね? これから一人づつ、的に向かって攻撃魔法を撃ってもらいます。一人十発。複数の魔法を使える人は、なるべく属性多めで。使える属性が少なければ、カーブさせるなり複数の的を一度に当てるなり、自分のできることをやって見せてください。攻撃魔法を使えない人は、名前を呼ばれたときに申し出てください。別の方法で確認します。

 それでは、最初にギルマン君」

 呼び出されたのは魔法使いより拳闘士が似合いそうなごっつい男だ。彼は詠唱に動作を加えてそこそこの威力で火球を的にぶつけた。

 自分が最初でなくてよかった。どの程度のレベルで魔法を使えばいいのか、これを見本にしよう。

 この世界の魔法は、根元的には強く願えばどんなことでもできるという自由度の高いものだ。しかし、それを実践するには膨大な魔力ととんでもない実力を必要とする。よって太古には魔法を使うものは無かった。

 ある時、特定の意思を持って特定の言葉を唱えると、比較的容易にそれが実現することが発見された。呪文の発見と魔法使いの誕生である。最初に発見したのは今は絶滅したとされるハイエルフで、彼らは様々な呪文を産み出すと共に、特定の動作や媒介、焦点具や儀式を使うことで、より容易に、より強力に魔法を使うことが出来ることを発見した。

 ただ逆に言えば、十分な魔力と才能があれば詠唱の一部省略、さらには無詠唱でも魔法が発動できるということになる。個々の魔法を使うときの精神状態を再現しなければならないので、詠唱による発動に習熟することが前提ではあるが。

 実をいうと、俺も無詠唱発動できる呪文がいくつもあるのだが、新入生の身でそれを披露するわけにはいかない。しかし、詠唱を入れてしてしまうと威力が大いに跳ねあがり、それもぜんぜん新入生っぽくなくなってしまう。そこがジレンマだ。あくまでも普通の生徒と同じようにすることが、この学校にいる条件だし、課題でもあった。

 次々と他の生徒が魔法を披露していく中でどう魔法を披露しようかいろいろ考えていると、今度はアルマの番だった。

 アルマは王国最大の白獅子騎士団を率いるガストラール公爵の長女だ。騎士団を継ぐのは兄のディーンの方なのだろうが、幼いときから一通り武芸の訓練を受けている。年齢ゆえ騎士団にはまだ入れないが、強さは騎士団の精鋭に遜色ないという話を聞いている。今は王女の我が儘に付き合ってこんなところにいるのがもったいないくらいだ。

 俺が言うなってことなんだけど。

 彼女は的を風魔法と火炎魔法をいくつかのバリエーションで攻撃した。魔法を使う兵士は詠唱の一部、あるいは全部の省略は必須だ。彼女もいろいろ習得してるはずだが、今回はきちんと詠唱をして発動した。俺と同じで、ある程度レベルを周りに合わせるつもりだろう。

「お見事ね」

 レディー・ミリムが言った。

「威力は十分。詠唱も正確ではっきりしてる。これならすぐに無詠唱発動も習得できるわ」

「ありがとうございます」

 アルマは一礼して言った。

「他に習得してる魔法はある?」

「はい。付与と強化、回復魔法を少し」

 さすがはアルマ、戦場ではいたって役にたつであろうラインナップだ。

 次に呼ばれたのが俺だった。とりあえずは基本的なファイヤーボールからいくか。威力が上がりすぎるのが恐いので、制服の焦点具に魔力を流すのは止めておく。とにかく表に出す魔力の量を減らしすことを意識して詠唱し発動した。

 ひょろひょろっとした小石くらいの火の玉が的に飛んで消えた。

 弱すぎたか?

 特に止められないので、続いて水魔法の詠唱を始める。ちょっと魔力を高めて放とうとしたら、想像以上に魔力が漏れでてしまったので、慌てて絞ったら、まるで水鉄砲から出た水のような魔法が放たれた。的にも届かない。

 土魔法はでっかい岩石が足元すぐに落ちただけだったし、風魔法は届いたものの、的がちょっと揺れただけだった。

 氷魔法は的の温度が若干下がったために的が結露しただけで終わり、雷魔法は比較的まともに出て、超細いながらも的に当たった。

 光魔法、闇魔法は的の周辺を結果として点滅させ、空間魔法は空間断層が少しだけ的の表面を切り裂いた。

 最後に念動。足元にあるさっき魔法で作られた岩を飛ばそうとしたが、ちょっと揺れただけだった。

「それまで」

 発動したかどうかすらわかりにくい魔法もあったはずだが、レディー・ミリムはしっかり10回で止めてきた。

「他に何か使えるものはある?」

「付与と強化と回復ですね」

 アルマと同じことを言っておいた。

「なるほど、多才ね。でも威力はもう一つ。それと、魔力の流れが妙だったけど、焦点具使ってないの? まだ慣れてないのかも知れないけど、使えば確実に威力は上がるわ」

 うわ、焦点具使ってないことまでわかるのか。威力が上がりすぎるのが問題なんだけど。

「今後の努力次第ね。じゃあ、次は・・・」

 レディー・ミリムの関心は次の生徒に移った。

 なにはともあれ俺の番は終わった。桁外れの能力を持っていることはばれなかったろうが、ショボすぎると思われなかったかな? ホント、詠唱して威力を加減するのって難しい。盛大に放つ方は簡単なんだが。せめて、無詠唱の段階までいければ、まだコントロールに慣れてるんだけど。

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