第2話 目が醒めると・・・以下略
「早く起きてください」
誰かが俺を揺さぶる。まだ寝ていたいが、しぶしぶ目を開けると、黒髪ストレートの女性と目があった。美人だし、これ程凛々しいという形容が似合う女性もなかなかいないだろう。
「あ、アルマ、おはよう」
俺は言った。
「ようやく起きていただけましたか。昨日はだいぶうなされていたようなので大目に見ますが、きちんと時間で起きていただかないと」
厳しい顔で彼女は言った。
「うん、わかった。起こしてくれてありがとう」
まだ寝ぼけていたが、かろうじてそう言うと、彼女の顔が少しほころんだ。
「じゃあ、早く着替えてください。私は食堂に行って席をとっておきますね」
彼女はそれだけ言うとすぐに部屋を出て行った。まったく、アルマはしっかりしてるなぁ。
ん? 待てよ、アルマって誰だ? そう言えば、俺の声もおかしい。それに身体中に違和感がある。
俺は慌てて起き上がった。胸に妙な重心の移動を感じる。反射的に下を見ると目に飛び込んできたのは胸の膨らみだった。すぐに揉んでみるというお約束はかろうじて踏みとどまり、壁に掛かった鏡を見つけてそれに飛び付いた。
ウエーブのかかった金髪碧眼の超絶美少女が俺を見返していた。
外人の年齢はよく分からないが、高校生くらいだろうか? パッチリとした目で色白の肌。まだまだ幼い印象も受けるが、将来とんでもない美女になりそうだ。
これが、俺? しまった、お約束にはまってしまった。
まてまて、落ち着け。まずは名前からだ。俺の名前は、アリシア・ミューゼル・エスカトリア、ミューゼル王国の第一王女だ・・・って、ちが~う。
45歳独身で出世の見込みもないおっさんだったはずだ。課長にこっぴどく叱られて帰途について、何万分の一かの確率で隕石にぶち当たってしまった最高に不運な人間だ。
あ、俺あの時きっと死んだんだ。とすると、これは今更やってもパロディーにしかならん異世界転生ってやつか? だがまあ、フィクションならぬ現実に我が身に起こってしまうと受け入れざるを得んが。
そういえば、さっきから自分では日本語で思考しているつもりだが、口から出るのは思いきり別の言語で、しかもなぜか当然のように理解できている。
ちょっと振り返ってみよう。俺は、というかアリシア・ミューゼル・エスカトリアは・・・まぁ結局俺だが、このミューゼル王国の王女として生まれた。弟が二人と、下の弟と双子の妹が一人いる。母であるミューゼル王妃は双子を産んですぐに亡くなった(あ、なんか思い出すと自然にうるっときてしまう)。
幼少のころから魔法の才能が飛び抜けており、王家付き魔導師であるミーファ・フェルゼンから英才教育を受けた。
ちょっと付け加えておくと、この世界は魔法が一般的で、全住民の3割ほどが魔法を使うことができる。ミューゼル王国はその中でも魔法の才がある者が多く、実に6割ほどの人間がなんらかの魔法を使うことができる。
一口に魔法が使えるといってもその能力の差は大きく、ほぼ何でもできると思われる万能な魔法使いがいるかと思えば、爪に火を灯す程度の魔法しか使えない者もいる。魔法が使えない人間は魔法が使えないと言うより、自分に使える魔法を発見できていないだけではないかというような説すらある。
俺は幼少の時からどんな魔法でもかなり高威力で使えたのだ。
そんな俺が15歳の誕生日を迎えた時、生まれて初めての我が儘を言った。「学校に行きたい」と。
父親であるミューゼル国王は当然反対したが、後押ししてくれたのは意外なことにミーファだった。
曰く。
「私が姫様に教えることはもうありません。ですが、姫様が学校で周りのレベルに合わせるようにすれば、魔法をコントロールする力は一層向上するでしょう」
とのことだった。ミーファの言葉に説得力を持たせたのはなんと言っても俺自身の力だった。本気を出せば王宮が一瞬で更地になりかねない。まだ5、6歳の時に本気で癇癪を起して、危うくそうなりかけた。ミーファが最大限俺の魔力を抑制し、合わせて説得してくれたおかげで、かろうじて最悪の事態は避けられた。その時は全国民がとんでもない魔法的な圧を王宮から感じたと言う。
それで今年の新学期から、俺は王立アレクサンドロス魔道学院に入学をすることになった。あくまでも一般の学生のレベルに能力を合わせることと、護衛を一人つけることを条件として。もともと、堅苦しい王宮の生活を離れて、スクールライフを満喫したいというだけの俺としては、能力を隠すことは願ったり叶ったりだった。護衛というのがさっきのアルマで、ルームメイトとしては若干うっとうしいけど、そのくらいは我慢しないとな。
おっと、現実に戻らないと。いろいろ混乱しているが、とりあえず急がなければならないことは理解できた。授業に遅刻するかどうかの瀬戸際なのだ。
とりあえず着替えよう。
ベッドの傍らのハンガーにかかっている制服の前に立った。制服はブラウスとジャンパースカートとブレザーになっている。ブラウスは普通に白だが、ジャンパースカートは白地で胸元にあるルビーが大きなインパクトになっている。ルビーを囲むように複雑な文様が刺繍されている。ルビーは魔法の焦点具になっており、学生は基本、これを通して魔法を行使する。刺繍は魔法陣を構成しており、ルビーの効果を高めるようになっている。ちなみにルビーなのは1年生で、2年生はエメラルド、3年生はサファイアになる。ウエストには太目のベルトが付いている。
ブレザーは様々な防御魔法がエンチャントされており、一定の魔法の才があればそれを感知できる。耐熱や耐冷魔法もエンチャントされている副作用で、夏でも冬でも快適に過ごすことができる。
幅広の襟から胸を通って裾までと両サイドに焦げ茶色の太いラインが入っており、上品な感じのデザインになっている。
今こうなった身としては信じられないことだが、入学前の俺はこの制服に思いきり憧れていた。確かに外見は似合うだろうけど・・・。
とにかく選択の余地はない。俺は急いで着替えた。
スカート落ち着かないな~。女装気分まんまんなんだが、鏡を見るとそのまんま美少女で制服すごくよく似合ってるんだよな~。
自分の中で、美少女になったという現実を消化しきれてないけど、気にしてるときりがないな。とりあえず食堂へ行こう。
鞄を持って廊下に出て、扉を閉めるとき手からノブ越しに念を送る。がちゃりと鍵が閉まった。一般の家庭では普通に鍵をかけるが、ここは魔法を学ぶ学生の女子寮だ。鍵は個人の念を識別して開閉されるようになっている。
食堂の場所はなんとなく記憶に残っている感じがする。それに従って歩いた。
無事に食堂に着いて中を見回すと、女子ばかりの中でアルマが先にこちらを見つけて手を上げていた。近づくとアルマの向かい側が空いており、そこに座るように促された。食事はいつも食堂の人が並べているので、自分で取ってくる必要はない。
「遅かったですね」
ややきつい口調でアルマが言った。まさか、今世のことを改めて思い返していたなんて言えないから、ただ「ごめん」と言った。
「やっぱり緊張してるんですか? しかたないかもしれませんね」
なんのことかわからなかった。
「なんのこと?」
素直に声に出して聞くと、アルマは複雑な表情をした。
「てっきり今日の魔法学の授業を気にしていたのかと。今まで座学でしたが、今日から実践でしょう? ちゃんと加減できますか?」
なるほど、そういうことか。少なくとも目が醒めてからはそれどころじゃなかったからな。
「できる限りの努力はするわ」
「そうしてください。じゃあ、朝食を食べちゃいましょう」
「ええ」
俺たちは食事を始めた。その最中に俺は改めて悩んでいた。加減できるかどうかより前に、俺、ちゃんと魔法を使えるのかな?
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