拝啓、深宇宙のきみへ

紫鳥コウ

人妻の裏垢

 人妻の裏垢にフォローされた。即座にブロックできなかった。顔の半分は隠れているけれど、その代わりに半分だけうつっている部分が扇情的で、性的な衝動を持て余してきた人生なだけに、ダイレクトメッセージを送ってみたくなった。


 それでも、「遊んでくれるひと募集♪」という投稿につけられた「いいね」の数と、それぞれの返信の文面を読むかぎり、ぼくが選ばれることはないと思っていた。


 しかし――ぼくは、彼女と会うことになった。


 待ち合わせ場所に指定された忠犬の銅像のところに、三十分前には着いてしまった。平日の昼間だというのに、JKや不良風の学生やらが、うろちょろしている。ぼくは、真夏の日差しのたもとで、うっすらと汗をかき、アイコンの顔の半分上を想像していた。


 きっと、いろんなひとに会っているのだろうけれど、ぼくにとっては、ただひとり交際する女性だ。健全な交際とは言いがたいけれど、いままでのメッセージのやりとりを読み返すかぎり、普通の恋人と同じようなものだと思ってしまう。


 しかし、ぼくと彼女の立場は、上下関係にからめとられることだろう。成人してからようやく一年が経ったばかりのぼくと、自称ではあるけれど、昭和生まれの彼女とでは、年齢が大きく離れているから。きっと、彼女の言いなりになることだろう。でも、それでもよかった。甘美な体験が、この関係には用意されているのだから。


 忠犬の銅像は、樹の影に隠れて、斑な光を浴びながら、だれかを待ち続けている。ぼくもまた、あまりに憂鬱な空気が流れる平日の昼を一身に感じながら、彼女の姿が現れるのを待ち望んでいる。


 しかし――彼女は、待ち合わせの時間になっても現れなかった。メッセージも届いていない。最新の投稿を確認しても、「遊んでくれるひと募集♪」のままになっている。変わっていることといえば、いいねの数だけだ。


 からかわれただけなのだろうか。もう来ないのだろうか。だとしたら、帰るしかない。でも、入れ違いになったら後悔する。沖合の海にいる船に乗って揺れているかのような気分だ。


 あれこれ悩みはじめてから十分くらいが経ったころ――ぼくのハンドルネームを呼ぶ声がした。反射的に振り向くと、そこには、ぼくと同じくらいの背丈をした、どうみても同じくらいの年齢にしか見えない女の子が立っていた。

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