第7話

 少女のマカロフが紫煙を立ち昇らせている。


銃弾は、男たちの足先一、二メートルの位置に叩き込まれていた。僕からは彼女の横顔しか確認できなかったが、そこには愚弄に対する隠しきれぬ憤怒が燃え上がっている。


 一方、三人組はまさか撃ってこようとは思っていなかったらしい。ほんの少し、少女の銃撃に威圧されたものか後退っていた。


「……!」


 余裕ぶっていた――というよりかは緩みきっていた態度は水底の魚のごとく引っ込み、代わりに面へ表出したのは冷酷さと憤りだった。三つの銃口がほとんど無意識の動きでこちらに突きつけられた。


「……先に撃ったのはそっちだぜ」


「撃たせたのはそっちだけど」


 思わず、僕は口を挟んでしまった。


 彼らがたじろいだ一瞬の隙に、リボルバーは真っ直ぐ向けられている。三人の鋭い視線が銃口越しに痛いほど食い込んでくる。


「君たち、スクリーマーだな?」


「だったらなんだ。そういうお前もスクリーマーだろうが。っていっても、ザコだろうがな」


「いやね、君らみたいなプレイヤーも大会に呼ばれてるなんて、びっくりだ」


「はっ、だったらびっくりし続けてろ、カスめ」


 忌々しげに眉をひそめ、男は唸った。


「てめーら、ビビッて部屋から出られなかったクチだろ。こそこそ隠れて、装備もまともに整えちゃいねえ。小心者が無理すんな。カッコ悪いだけだぜ」


「生憎、君たちみたいにいちいち動画映えを気にしてるわけじゃないんだ。それに、無理しなくてどうする? 君らの犬にでもなれっていうのか?」


「俺らのチャンネルには七十万人がリンクしてる。みんな、お前らがヤられるのを期待してんだ。特に、その女プレイヤーがな。――おお、そうだ。どうだい? なんなら、一緒にそいつで遊ぶか? 俺達の仲間になるんなら、お前だけは見逃してやるぜ」


「言うに事欠いて――」


 僕は侮蔑に鼻を鳴らした。見下げ果てた奴らだ。僕は話す気すら失せ、


「君たちの過激なチャンネルがもうすぐ無くなることだけが、僕の朗報だよ」


 頬を歪めて吐き捨てる。


 僅かに、少女が僕へと意識を割いたような感を醸した。僕の言葉が意外なものだったらしい。


 男たちにとっては、激情を煽る以外のなにものでもなかったようだが。


 ショットガンの男が、挑むように黒光りする銃身をずいと前へ突き出してくる。


「え、なに? お前、勝てると思ってる?」


「君たちと同じくらいには、そう思ってるよ」


「いちいちまだるっこしい野郎だな。さっさと銃を捨ててひざまずけ」


 僕はちらりと少女を見た。


 怯えている節は見受けられないが、内心どう考えているかは分からない。こんなゲームに参加してるだけあって構えは堂に入っているが、戦力としては期待できないだろう。さきほど撃った一発でマカロフはただの鉄の塊に成り下がっている可能性すらあった。


 僕にしても、口では挑発じみた言葉を並べてはいるが、冷静な部分が無いわけではない。正面からの銃撃合戦で三人に勝てる見込みは薄い。それは彼我の装備差を考慮した事実だ。


 とはいえ――


 僕の心根は勝ち星を欲していた。


 オーディエンスは、命がけで参戦している者もいると言っていた。まったくその通りだと思う。


 なぜなら、僕は人生を賭しているから。


 この大会で勝ち、今ある世間の一地点からまるで別の地点へ飛んでいきたいと心から願っている。そのためにはいくらかの無茶無謀も覚悟していたことだ。目の前の三人組を突破できずして、どうして自分の思い浮かべる展望に行き着けるだろうか。たしかに初っ端でとんだアクシデントに見舞われた。が、それはそれだ。不公平だと嘆くことに意味はない。


 重要なのは、どうするべきかだ。


 僕は自分を啓発した。


 集中するんだ――そこで、ふと光明が差したような錯覚を覚える。


 弾は五発。不遜な態度はともかく、話しを聞いているに、相手は手練れと言って差しつかえない。仕留め損なうことはすなわち僕の負けを意味している。


 それも単純に僕だけの敗退に収まらない。


 傍らの少女は、きっとろくでもない目に合うことだろう。


《フォーカス》には映像表現において強力なプロテクトが施されていると聞く。つまり《フォーカス》内における過度なグロテスク描写を遮断するためのプログラムだ。これのおかげで、《フォーカス》は血生臭い世界観――テッポウでバンバン敵のドタマをカチ割るオープンワールド――でありながら全年齢対象のゲームと化している。


 しかし、何ごとにも穴があるのが世の常だ。そうでなければ、他プレイヤーを弄ぶことに血道を上げている奴らが幅をきかせてはいられまい。


 そういう落とし穴に恩人が足を取られそうになるというのは、まさしく寝覚めが悪い。


「いつまでそうしてるつもりだ? 耳がなくなっちまったかい?」


 ライフルの引き金にかかった指がじれったそうにヒクついた瞬間である。


「分かった」


 僕はさっと両手を挙げた。


 三人の顔がほんのわずか毒気を抜かれたように唖然とする。


 狙いは、その隙だ。


 リボルバーが一度吠える。天井に向けて放たれた弾は吊り下げられていた照明の一部を撃ち抜いた。


 僕らと男たちの間に闇が生まれる。むろん、敵の視界を完全に奪えたわけではないが、ハッタリとしては十分だ。


 実際、三人組はそろって首をすくめ、降ってきたガラス片に驚愕の呻きを上げている。


 しかしすぐさま、汚い罵りへとすげ変った。


 僕らの横手にある壁――そこに嵌め込まれていた古い消火器が炸裂したからだ。膨れ上がった真っ白い煙幕が全員を包み込むよりも早く、僕は少女の手首を掴んでいた。

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