第5話

「始まったな」


 どっと心臓が高鳴る。緊張感が脳髄をひりつかせていくのが分かった。僕は半開きの扉へ駆け寄ると、音の出所へ一気に飛び込んでいった。


 標的を視認したその瞬間に撃ち抜く心積もりだったが、サイト越しに映った人影を見て、つい僕は動きを止めてしまった。


「アンタ……」


「…………」


 あの少女だ。漆黒の瞳が僕を射るのと、彼女の手が握る自動式拳銃――マカロフPMだろうか――が火を噴いたのは同時である。


 向こうもこちらの出現に虚を突かれたのだろう。照準は、僕から大きく反れていた。頭上で火花が弾け、僕は条件反射的に前方へ身を投げ出している。飛び込んだのは傾いた作業台の影だ。僕の逃げ足を追って乱射された弾丸は、幸運にも壁と地面を穿つだけに終わった。


「待て待て待てっ!」


 銃声の余韻が落ち着くのを待たず、僕は叫んだ。マカロフPMの装弾数は最高九発。耳をつんざいた銃声は七回。相手も慎重にならざるを得ないはずだ。予備のマガジンがなければの話だが。


 果たして、少女は距離を保ちつつ、


「動いたら、頭を撃つ」


 よく透る声で静かに、しかしハッキリと断言した。


「待ってくれ、話がしたい。アンタ、あの時、僕の側にいた人だろ? そのキャラエディ、見覚えがある」


「黙って」


 けんもほろろに少女は吐き捨てる。


 すり足でにじり寄ってくる気配が砂まみれの床を通して伝わってきた。作業台を回りこまれてまた目が合ったら、今度こそどちらかがリタイアする憂き目に合うだろう。


 そうなれば、僕も容赦はできない。むざむざ負けるつもりはない。


 一対一の銃撃戦は僕がもっとも得意とするシチュエーションなのだから。


「話なんかする必要ない。ここにいる私たちは敵同士。あなたも、他のプレイヤーと同じ」


 ちらりと、僕は手近の壁に目を向けた。そこに背を預けているのは髭面の男だ。ものも言わず、ピクリとも動かない彼の胸と頬には丸い小さな穴が一つずつ――


 と見ている間に、男の全身が薄く発光し始めた。ガラス片のように無数のフラグメントと化して虚空へ消えていく。


 急所を撃ち抜かれ、ゲーム的に死亡したのだ。


 今ごろ、現実のプレイヤーは飛び起きるか、クラウンの調整によって熟睡モードへ誘われていることだろう。ゲーム側の彼はほんの数秒で消え去り、後に残るのは少ない装備品だけだった。


「他のプレイヤーと同じだっていうなら、ますます争う必要はない。オーディエンスが言ってただろ。生き残るのは四人までだって。なら僕たちで手を組まないか? ひとりより、ふたりの方が有利だ」


 彼女は足を止めたようだった。しかし、口調には強い反感を漂わせている。


「私はあなたの補給箱ってことか」


「なにを――」


「さっきの男も同じことを言って近づいてきた。そしたら、いきなり後ろから襲われたよ」


「僕は、そんなことしない。信じてもらえるなら武器を渡したっていい」


「意味がない。銃から弾を抜いてるかもしれないし、なんなら弾すら持ってないのかも」


「始まったばかりなんだ。ふたりで手分けして探すほうが効率が良いし、勝つ確率も上がる」


「間違ってる。もう二時間以上は経ってる」


「はあ?」


 思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。同時にゾッとする思いに駆られる。


 あんなところで、野ざらしのまま眠りこけていたというのか、僕は。


「そんなに? じゃあ、もう終盤戦かよ」


 独り言のように僕はこぼした。運が良い、などと楽観視できる事態ではない。周辺の強武器や物資はあらかた回収されてしまっただろうし、必然、これから闘う相手はそれらで完全武装した連中となるはずだからだ。


「いまさら、あなたと仲間になる理由はない。それに、あなたも私を仲間にするメリットはない。私の装備が目当てなら残念だけどあてが外れてる。私が持ってるのはコレだけだから」


「それこそ嘘っぽいな。今まで何をしてたんだ?」


「……あなたを見てたんだよ」


「え?」


「助けてくれたから、その借りを返しただけ」


 僕は耳を疑った。それは、つまり――


「ゲームの初めから僕を守ってたのか? こんなギリギリまで?」


「そう思いたいなら、そう思えばいい。でも、これでお互いに対等。気兼ねする必要はない」


 自分に言い聞かせるような語気である。僕が言い惑っていると、彼女の密やかな足音が再び近づいてきた。

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