第4話

「この時点でのリタイアは死と同義。もうすでに大会は始まっている。仮に今ここで大会を放棄しても、結局は敗北扱いになる。末路は最前説明した通りだ。それでもなお辞めたいと言うのであれば、自ら頭を撃ち抜けばいい。すぐに目覚めることができるだろう」


 プレイヤーの喧騒を歯牙にもかけず、オーディエンスの声は殷々と響いた。


「二度は言わん。聞くがいい、諸君。これから始まるシュートハウスの制限時間は三時間。どんな手段を使っても、三時間以内に四十人を四人にまで減らす、これがなによりも肝要。いいかね?」


 言葉が終るか終わらないか――そんな刹那だった。


 僕たちプレイヤーは、一様に床が抜けたような浮遊感を味わった――いや、実際に床が抜けたのだ。硬い感触をしかと返していた足場はなんの前触れもなく消失し、僕らは突然、黒い空間へと落ちていた――もしかしたら吸い込まれていたのかもしれないが。


「――では、《フォーカス》へようこそ。楽しんでいってくれ」


 ほとばしる阿鼻叫喚を割って届いた声に僕は毒づきたい気分だった。


 理不尽な大会の規定についてではない。


 僕自身の反射行動をよくも誘発してくれたな、と言いたかった。それというのも僕の腕は、小柄な身体を性懲りもなく抱きかかえていたのだから――


 ――まず目に映ったのは細かい砂埃だった。


 頬に感じる微風はどこか鉄臭い。


 その風に乗って、サラサラと砂塵が床を滑った。


「……!」


 ハッとわれに返った僕はうつ伏せの上体を跳ね上げさせる。どうも巨大なコンテナの影に倒れていたらしい。首を伸ばして周囲を見回した僕は、誰もいないことに気づいてホッと胸を撫で下ろした。


「荒々しいローディングだったな……」


 周りの風景は一変していた。


 先ほどまでのどこどこまでも続く黒い空間は、光と陰影、色彩と質感のグラデーションで塗りつぶされ、目に痛いばかりだった。


 ――おそらくは、うらぶれた造船所、もしくは巨大なガレージをイメージして構築されたステージなのだろう。


 高い天井まで積み上げられているのは錆びついたコンテナと薄汚れた足場。壁にはパイプだの鉄骨だの太いチェーンだのが無造作に掛かっている。壁や天井そのものはプレハブと思しき鉄鋼系の薄い板。窓は無く、しかし無数の照明が煌々と輝いているため、部屋自体は明るい。


 横にも縦にも広い閉所だが四方へ通じる開き戸が一つずつあるため、密室というわけではなかった。


「武器は……?」


 すぐにそのことが頭へ浮かんだ。何はともあれ、シューティングゲームのキモは装備――これがなければ話にならない。ピストル相手にゲンコツで挑むのはあまりに現実的すぎる。ゲームである以上、武器の優位は絶対だった。


 目当ての物品は存外近くに放置されてあった。


 コンテナからモグラよろしくそっと顔を出した僕は、鼻先に色あせた銃把を認め、素早く掴み取る。


「……無いよりはマシ、か」


 掌にすっぽり収まるほどのリボルバーだった。S&W M三六の二インチモデルだろう。通称チーフズ・スペシャル。レンコン状のシリンダーを左へ振り出すと、五発の銃弾が装填されている。


 三十九人を相手に、これでは心もとない。


 体をまさぐると腰には空のホルスターが吊られてあった。ベルト兼用の多目的ポーチも同じく空っぽ。銃弾に限らず、物資は現場で集めろということか。


 ひとしきり、現状確認に時間を割いたあと、僕は移動を始めた。


 制限時間は三時間。あまり悠々としているヒマはない。四十人から四人まで、生き残りを賭けた勝ち抜き戦ならば、いつ会敵してもおかしくはなかった。今は静かでも、すぐ騒がしくなるはずだ。


 さらに、第一ステージはシュートハウス、とオーディエンスは宣言していた。言うまでもなく、室内戦と見る方が自然だろう。どれほどの広さかは分からないが、さりとて驚くほど広大というわけではあるまい。


 隠れているべきか、動き回るべきか――選ぶは後者だ。この手のゲームデザインは静かに動き回って武器や道具を回収しつつ、相手の意表を突くことがなによりも重要なのだ。


 リボルバーを胸の位置で保持したまま、僕は早歩きで開け放たれた扉に近づいた。ウィーバースタンス――片肘を伸ばし、半身を引いた拳銃の構え方――のまま次の部屋へ踏み込むと、そこは同じ造りの大部屋だった。一つ違うのは扉の数で、僕がくぐってきた箇所を含めても三つしかない。


 崩れた棚の下にバックパックが潰されてあった。


 引っ張り出して中身を検めると、こぶし大の鉄塊が一つ入っている。深緑色をしたデコボコの表面、差し込まれたピンから察するにハンドグレネードの類で間違いない。おそらく炸裂時に破片を飛散させる攻撃系のものだろう。腰裏のストラップへそれを引っかけ、バックパックを背負いこんだところで僕は咄嗟に身をすくませた。


「……っ!」


 突然、壁を挟んだ向こう側から荒々しい物音が聞こえたからだ。なにか、工具箱でもひっくり返したような金属音が轟き、男の怒声が膨れ上がる――かと思えば、それは二発の銃声にかき消された。

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