第2話

「過去十五回の大会ではあらゆる年代、土地を闘いの場としてきた。大会ごとにコンセプトがあった。今回は第一回目の大会と同じ舞台を用意した。四つのステージ、無作為に組まれたプレイヤー、その中で最後の一人になるまで闘い抜いてもらうゲーム」


 主催者たる声は、参加者の叫びが落ち着くのを待たず続けた。


「私は常に最高峰の舞台を提供してきたつもりだ。今回は、フィールドの規模もさることながら、賞金総額も随一となっている。言うまでもなく。六億ドルは巨額だ。人生を変えるに余りある鳥目と言って差しつかえないだろう。諸君らの中にも、おそらく命がけでここに臨んでいる者たちがいるはずだ。これはもはやただのゲームではない。そこをよく理解してもらいたい」


「――なあ、いいか?」


 突然、近くから声が上がった。見やると、紫色の髪をした褐色肌の女プレイヤーが凛と天を睨んでいる。


「質問がある!」


「応えよう」


「金のことはどうでもいい。過去の大会からキャリーオーバーされた賞金だってことはみんな理解しているさ。そんなことより、第一ステージがなんなのか、それを教えてくれ」


 美声は女のもの――しかし口調は男勝りだった。おそらく、現実のプレイヤーが男なのだろう。あるいは、そういうロールプレイが好きな女か。


「今のところ、見た限りじゃ全員丸腰だ。まさか、ここで殴り合いでも始めろっていうのか?」


「諸君らスクリーマーの目を通して、大会の映像は全世界の人間が視聴している。そんなつまらん真似はさせんよ。心配せずともじきに世界が変わる。そうなれば嫌でも戦わなければならなくなる」


「で、ステージの概要は?」


 女プレイヤーは、それが癖なのか終始居丈高な物言いだった。


「第一の戦場――それはシュートハウス」


「……訓練所?」


 思わず、僕は呟いてしまった。シュートハウス――つまり新兵を訓練するための建屋のことだ。


 ふと、僕のこぼした言葉に誘われるように一人のプレイヤーがこちらを振り向いた。


「……?」


 目が合って、僕はそこにあった瞳の美麗さにちょっと息を呑んでしまう。


 昔、植物図鑑で観た――そう、アヤメ花の種子のような美しい黒色なのだ。


 年の頃、十四、五歳ほどの少女である。日に焼けた白い頬、やや切れ長の双眸、無造作に跳ねた黒髪。アジア人系と思わしきスレンダーな短躯を、この場にいるプレイヤー同様、《フォーカス》が設定したワークウェアで包んでいる。


 彼女はすぐに視線を横へずらした。つられて、なんとなく僕も取り繕うように俯いてしまう。《フォーカス》の世界は、時にこれが夢であることを忘れさせるほどのリアリティがあった。知らない人間と視線が絡み合った時の、あのえも言われぬ気まずさを味わう程度には。


「ここには都合十六万人が揃っている。その数をまず十分の一にまで減らさなければならない。そのために、まず諸君らを四千のグループに分割する。一グループ四十人。グループ内で第二の戦場に進めるのは四人までだ。シュートハウス内では敵も味方もない。仲間を作るもよし、自分以外を敵と定めるもよし――こちらが求める通過条件を満たせるならどんなことでも認めよう。――他に質問は?」


「まだある。ペナルティは?」


 ペナルティ――おそらくはデスペナルティのことだろう。プレイヤーが倒された際に被るデメリットのことだ。《フォーカス》が人気なのはそのデスペナが緩いことも一因だった。


「過去の大会でもペナルティはあった。今回はどうなんだ?」


「聞かなくとも、君らのような聡いプレイヤーはすでに予測しているだろう。もしくはすでに巷に流れる噂話を聞き及んでいるか」


「アンタの口からきっちり説明してもらいたい。初参加の連中もいるんだぞ」


「確かにそうだ。では忌憚なく言わせてもらおう。今回の大会のデスペナルティ――それは権利の喪失と再ログイン権の剥奪。この二種としている」


「権利? なんの?」


「言うまでもなく、全ての」


 その返事に、疑惑のどよめきがプレイヤー間を駆け抜けた。


「どういうことだ?」


「今大会で負けた者、リタイアした者は《フォーカス》関連全てのデータを破棄したものと見なす。つまり、君らのプレイヤーデータに始まり、それと紐づいた情報――アバターデータ、課金データ、武器データ、フレンド履歴、チャット履歴……。あらゆるデータを削除する。もちろん、ディス・スクリーン内での個人情報も例外ではない。アップロードされた過去全ての関連動画は規約違反扱いとして消失し、スクリーマーとして活動する者は、今後二度とディス・スクリーンで日の目を見ることはないだろう」

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