第5話
「ふざけないで!ひどいわ、あなたの子以外誰がいるのよ!あなた以外にいるわけないでしょう」「そうだね」「........ひどい」「すまない」「........どうしよう」「ああ」
緊張感のある雰囲気と、切羽詰った展開の会話に草太郎は襖の中に聞き耳をたてる。隣で小梅さんも堂々と壁に耳をつけて、聞き耳をたてている。
「心臓に悪い」
草太の心臓はばくばく波打っている。
「おい!なんて言ってんだ!」
梅の年寄りの耳には聞きにくい。
「今は子供も君のこともかんがえられない。おろしてくれ」
冷淡な男の声。
「ひどい」
女性の鳴き声が聞こえて来る。
........子供をおろしてくれ。その言葉に草太郎は息苦しくなって、心臓が止まる気がした。
その時、障子がバンッと、音をたてて開いた。聞き耳をたてていた小梅さんと、草太郎は圧されて尻餅をついた。
聞き耳をたてていた二人を意に介せず、堂々と、春日は言い放った。
「おやつでもどうだい?話し合わないといけないことが多いだろう?」
春日の場違いの発言に、草太はいきり立つ。
「何言ってんだよ....!」
「....草太郎。お前は出て行け」
「梅さん!」
「もうバイトの時間だろうが」
草太郎は居たたまれなくなってその場から逃げ出した。
小梅は暗くなってきた空を見ていた。背後には男の気配がする。
「話し合いはすんだのかい」
「........。」
「草太郎の父親は蒼月寺の住職なんだよ。この日高神社の娘と結ばれた。けど草太郎が小さい頃に二人は別れてな。母親の方はもう随分昔に死んだ」
「........」
「お前は帰る家があるのか?」
「とうの昔にありませんよ」
「そうか。早く見つかるといいな」
あんなに簡単に赤ん坊をおろせるものなのかと、考えながら、草太郎は蒼月寺へバイトに向かう。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、草太郎の父の後妻の菖蒲さんだった。
「こんにちは」
「どうしたの?元気ないみたいね」
「....いえ」
「それならいいけど」
「あのバイトって?」
小梅さんから蒼月寺の仕事内容までは聞いていない。
「ばいと?バイトねぇ....、そうだ。お庭を箒で掃いて欲しいの」
「分かりました」
蒼月寺の庭は広い枯山水になっている。
庭は内より広い。しかし、枯山水の庭を掃いてもいいのだろうか?
まぁコンクリートの所はこう。
はいていると、蒼月寺のお坊さんの都矢さんが猫に引っ掻かれている所だった。
「虎猫しゃぁーん!」
男らしい都矢さんの情けない甲高い声。今の言葉は聞かなかったことにしよう。
「........何を見ている?」
............気づかれた。
「いえ、あの少し聞きたいことがあって」
「うむ?」
「あの、お腹の子供をおろせって簡単に言えちゃうものなんですか?」
「........話しが見えんのだが」
「そうですよね、何でもありません」
「よく分からんが、おろすなとは簡単にはいえんな」
「....え」
「お金やらもろもろの事情があるからな。だが、赤ん坊の命は命だ。人一人の命を背負わねばならんことになる。ゴムはつけるべきだな」と、草太郎の肩をぽぉーんと、叩かれた。
「........そうですか?」
それでも草太郎はおろすとはそう簡単に納得できない。
「きちんとするのだぞ」
「僕じゃありませんから」
「おやつですよ!」こちらを呼ぶ菖蒲さんの姿が見えた。
「ただいま」
梅さんは一人でお茶を飲んでいた。
「春日さんは?」
「庭にいるんじゃないのかい?」
「そう」
草太朗は庭へ向かった。
春日さんは縁側に座って空を見ていた。
俺はその隣に座った。声をかけにくかったが、草太郎は勇気を振り絞って声をかけた。
「....あのさ」
「なんだい?」
「夜ご飯なにがいい?」
「私はお世話になっている身だからな、贅沢はいえないよ」
「あのさ」
「........うん?」
「朝ごはんは....」
「聞きたいことがあるんじゃないのかい?」
「....春日さんは美弥子さんのこと嫌いなの?」
「嫌いではないな」
「じゃあ?」
「私は欠けている男でね。赤ん坊への愛とか一般で言われているものはわいてこないんだよ」
「........」
「そういう感情はわいてこないな」
「見たことないじゃないか。生まれてきたこどもを、もしかしたら好きになるかもしれない」
「........君ね」
春日は呆れたような、困惑したような声を出す。
「俺が育ててやる!」
「........君にそんなお金はないだろう。そんな無責任なことはいけないな」
「見捨てられた子供がどんなになるかしってんのかよ!」
俺は寂しかったのだ。母親は小梅さんがやってくれた。でも、父親は....。
「愛のない父親よりもましだろう?」
「勝手に決めんなよ!生きてたほうが倍ましなんだよ!」
「君は子供だな」
「うっせぇ!」
「君が期待するものは僕にはないよ」
言葉とは裏腹な、春日の静かな瞳を見た。
小梅が昔言っていた。
人は本当に欲しいものが手に入らないと、全部壊そうとする。それと、この世で起こる寂しいことはすべて望んでいる愛情が足りていないことなのだと....。
「そうか。....何かお腹しすいたな。梅さんの手伝いしないと夕飯なしだって。春日さんの夕飯はうまいよ」
少し驚いた目で春日がこちらを見る。
立ち上がり歩き出した草太郎のその背に、春日の声がかかった。
「ウメさんは私のことを息子にしてやるだってさ」
梅さんらしい。自然と草太は笑みを浮かべる。
「そっか」
それと、梅は身重の美弥子にこうも言っていた。
しょうがない。息子にしてやる。こいつに家族の愛とやらを教えてやる。
あんたが子供を産むか、おろすかは自由だ。だが困ったことがあったらここにいつでもおいで。
「草太郎君。私をここにおいてほしい」
自然と春日の口からそんな言葉がもれていた。
「....うん?」
「私はここにいたいらしい」
「梅さん、手荒いよ」
「ああ」
遠くで梅さんの呼ぶ声がする。嫌な予感。騒がしくなりそうだ。
人の気配と足音を感じて草太はそちらを見た。長い廊下にいつのまにか、草太郎の目の前に男が一人立っていた。男の名前は堀杖豊。満の元、ストーカー。男はナイフをもっている。草太郎は恐怖で息を詰めた。咄嗟に春日は草太郎の目の前に覆いかぶさった。
スローモーションで見えた。梅さんが空を飛んで、ストーカー男の頬に足が着地した。
満のストーカーは梅さんにぼこぼこに蛸殴りされ、縄で縛られた。
「こいつ!!」
男を蹴り上げようとして、草太郎はあることにきがついて動きを止めた。
「なぁ、梅さんよく止められたなぁ」
「内の神社はただでさえ揉め事やら問題が飛び込んでくるからな、もう人の気配は敏感なんだよ」
「しかし、本当に春日さんありがとうな」
「........」
「........おーい」
見ると春日はなんだか腑抜けた顔をしていた。
「おい!春日」
「............気持ち悪い」
そういうと、春日は口を押さえ、走って去っていった。
「なんだあいつ」
「俺、ストーカーなんかになりたくないんだ」
男の名前は堀杖豊。満の元、ストーカーが、話しだした。
「梅さん、こいつどうする?」
「話しだけはきいてやろう。人生勉強になるだろう」
梅さんは寛大だ....。俺殺されかかったけど。
「....はぁ。お茶でものむ?」
開き直った草太郎はストーカーと小梅さんにそういった。
その頃、春日はトイレでげろを吐いていた。
「この私が人をたすけようとするなんて、気持ちが悪い。」
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