第3話
「大変だったね」と、草太が教室に入った途端に、親友の答田竹が僕を慰めてくれる。
「....うん。内の神社に取材の人が押し寄せてきてさ。学校くるのも大変だった」
草太のいつもの苦労話に、竹はくすりと、微笑んだ。
「相変わらずだね。日高神社」
竹も昔いじめられていたとき、日高神社に逃げ込んできた。日高神社は何故か町の駆け込み寺のように一部の町の人に人気があった。
「楽しそうだね」
「変わってくれてもいいんだぜ」
化け猫を退治してくれとかいって、猫耳をつけた男を置いて行った女もいたっけ。日高神社に来る人は困った奴が後を絶たない。
「遠慮しとくよ。....でも僕も手伝うよ」
「ああ」
「神土君」と、草太は女の声がして振り返る。
隣のクラスの管(かん)凪(なぎ)満(みつる)がそこに立っていた。
「少し相談があるんだけど」と、満は腕を組んで、言い放った。
「なんだ?俺にか?」
何だか嫌な予感がした。
「そう、神土君に。悪霊もどきを退治して欲しいの」
「悪霊!?」
「別れた男なんだけど。付きまとってきて超うざいの」
「........警察にいけば」
「警察は何もしてくれないの!」
「気持ちが分かるが、何で俺が関係あるんだよ」
「神社の息子でしょう?」
「神社が関係あるか!」
「....別れた男の生霊かもしれないでしょう!神社なんだからみてよ!」
「お寺に行けよ!」
満さんと草太郎の押し問答がしばらく続いたのだった。
「さぁ、一緒に帰りましょう」
放課後授業が終わり、満が何故かどや顔でやってくる。
「........」
結局草太郎は、ストーカー用心棒を引き受けたのだった。
「僕もマサゴローを守るよ」と、竹がそういって蟹また歩きでついてきてくれた。竹は草太のことを、マサゴローと呼ぶ。マサゴローとは、竹の亡くなった飼い猫の名前である。その猫の瞳が草太郎と似ているらしい。
「....竹、お前も変人だよ」
変人しか僕の周りにはいないのだった。
「草太朗君!いたよっ、ストーカー」
満の視線の先に、電柱の背後に隠れている男がいた。
茶髪の鼻ピアスの学生服の男は、爬虫類のような死んだ目をしていた。見た目は完全にチンピラである。その男を見て、草太郎はなんだか空しくなった。
「....満さん、あんな柄の悪いのとつきあうなよ」
「ちょい悪で格好いいでしょうが!」
「言葉の使い方間違えんな!」
「うっさい!」
満と草太郎は言い合いながら、やっと神社に着いたと想ったら、神社についたら、ついたらで、取材陣がうっとうしい。梅さんがなにやら「悪霊退散!」という声をあげていた。
「梅さん!ただいま」
「よう、女連れでお帰りか?」
「うん。少し事情があってよ」
「こんな大変なときにか?」小梅さんの目に、殺気が満ちる。命の危機を感じた草太を、満の挨拶の声が、草太を救った。
「こんにちは。すいません」
満が頭を下げた。
「まぁいいか。あがんな」
「神土梅さん!お話を!」
取材陣が声を張り上げる。
「神社はこまったひとの相談受けてんだよ!」
そう梅さんはマスコミをかわすために、いった。その言葉が後から災難を起こすことも知らずに。
神社は庭から入った。
「おじゃまします」
満と竹がそういった。
「おやおや。女性連れとはやるねぇ。草太郎君」
春日薫が居間から立ち上がって出迎えた。
「この人は春日(かすが)薫(かおる)。内にいついているお客さん」
草太は竹と満の二人に自己紹介する。竹が笑顔で「よろしく」と言うと、満は思案顔で春日の顔を見た。
「ふぅーん。いけメンジャン」
「........」
満さんの男運が悪くないことを祈る。
「ありがとう。お嬢さん」
結婚詐欺師らしく、春日は切れ長の目で、満を見る。
「この人があの!」
竹が気がついて声を上げる。
「そうなんだよ」
竹と草太はうなずきあう。
「彼女連れとはやるね、草太郎君」
春日が草太に肩を組んできた。
「違うんだよ。ストーカー被害で困っているんだ」
そう言うと、春日は哀れむような、不思議な感じで、目を細めた。
「君はお人よしなんだね」
「........断ったら、後を祟りそうなだけだ。上がってよ。お茶入れるから」
何だかいたたまれずに、草太はその場から逃げた。
「私、今日はここに泊まる!」突然満が問題発言をかましだした。
「え」
草太は言葉を失う。
「いいでしょう?」
「何言っているんだよ!」
「だって恐いから帰れない!」
「一様ここは俺んちなんだよ!?」
「ね、いいでしょう?春日さん!」
「なんでその男に聞く!」
よりによって、滞在者の春日に満は聞く。
「この家のボスは梅さんなんだよ」
春日は一応そう訂正する。一体草太の存在は。
「僕の話もきいてくれ!」
「満さん、僕が送っていくから一緒に帰ろう」
竹がそう言ってくれて、草太郎は何とか難を逃れた。
外の取材陣も夕方すぎて、あらかた帰った。これで安心して、満を送り届けることができる。
草太郎は縁側に座り、外の風景をぼんやり見た。夕暮れの赤が何だか、目に眩しかった。
「疲れた」
げっそりと、草太は呟いた。あのストーカーのこちらを見る目を思い出して鳥肌たった。
神社の廊下から春日がこちらに顔を覗かせて言った。
「草太郎君、ストーカーには気をつけたまえ。下手をすると命があぶないからね。私もおっかけの女子にはひどい目に合ったものだ」
「....自業自得じゃ」
「お前ら!大事な話しがある」
春日の身体を横にどけて、小梅さんが声を張り上げた。
「何?」
「まず、苦情の電話があった。春日(こいつ)をどうにかしろとな」
「面目ない」
一応春日は反省している渋顔を作っているが、それも怪しい。
「それから一大事だ。賽銭箱の金がない」
「....え」
草太郎は絶句する。日高神社の唯一といっていい収入源が。
「お布施が一銭もないんだよ!詐欺師をかくまった神社だとかいってな!」
「........そうか」
それはつらい。
「というわけで今度からお前、蒼月寺にバイトに行け!」
「....なん」
「いいな!」
「梅さん!何で蒼月寺なんだよ!」
「もう話しはつけておいた」
「いやだよ。何でそんなところにいかなきゃいけないんだよ」
「いい金蔓だろうが!」
「....梅さんは俺のこと追い出すつもりかよ?絶対行かないからな!」
梅さんと草太郎が言い合いしている所に、電話が鳴った。
「もしもし!」
小梅さんが怒鳴るように、電話に出る。すると、切羽詰った満の声が聞こえてきた。
「草太郎君!大変なの!竹君が殴られたの」
「今警察呼んでやるから、動くな!」
焦っている小梅の声。危険を察した草太郎は、走り出した。
「草太!」
呼び止めようと小梅は声を張り上げたが、草太の背中はもう遠くになっていた。
「あの馬鹿!」
小梅は後を追いかけようとするが、春日に止められた。
「俺に気安く触るんじゃねぇえええええ」
鋭い梅(七八歳)の蹴りが、春日の急所に入り、春日は悶絶してしゃがみこんだ。何とか春日は立ち上がり、言った。
「下手にストーカーは興奮させないほうがいい。私が追いかけよう」
春日の経験談である。
「春日!」
「....?」
「あいつを頼む!」
切実な小梅に、春日は頷いて見せた。
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