第2話

「遅刻だ、遅刻!」

眠さと急がなければならない緊張感とで、朝から草太郎はハイテンションになっていた。

「オーライ、オーライ!」

近くで赤い棒を振り上げ、トラックの誘導をしている。マンホールの工事をしているらしい。トラックはバックをしながら、誘導している男性をふっとばし、マンホールの穴にタイヤを嵌めた。


草太郎はスキップで走っていると、つまずいて転んだ。鼻を強く打ち、鼻血が噴出した。

「ぶひ!いへへへへ」

マンホールを抜けたトラックは、勢い余って草太郎のほうへ突っ込んできた。

「うぎゃ!」

間一髪でそれを避けると、草太郎の頭上に何かが落ちてきた。....何か黒いような....。

よく見ると、それはマンホールの蓋だった。

「うわ」

耳の奥に、あの仏の声が聞こえてくる。

『呪い、呪いだよぉおおおん。早く仏像寺に届けなければ、酷い目にあうぞ♡』

草太郎は首を横に振って、その声が幻聴だと思い込む。

こんな超常現象起こる訳がない。神社の息子の俺が断言する。

気を取り直して、立ち上がる。

すると、目の前に信じられないことに、背中に烏を乗せた黒猫がこちらを威嚇し、歯をむいてきた。草太郎はそれを笑顔で出迎えた。


日高中学校、三年の担任、佐賀野が朝の出席をとっていた。

「神土ぃー、神土はいないのかー」

ずり落ちた眼鏡をなおしながら言う。

「答田、神土から何か聞いていないのか?」

前の席から二番目の草太郎の親友、答(こたえ)田(だ)竹(たけ)は首を傾げた。

丁度その時、教室の後ろ側のドアが開いて、草太郎が入ってきた。彼の目はやさぐれていた。


「マサゴロー!?どうしたその格好は!!」

友人の竹は、草太郎のことをマサゴローと呼ぶ。

草太の制服の両袖はびりびり破け、顔には引っ掻き傷ができている。しかも鼻血で顔は血だらけだ。どうみても犯罪か何かに巻き込まれている感じがする。

「....途中で野良猫に襲われまして」

『そりゃぁ、ないだろう』

草太朗の言い訳に、クラス一同そう思った。


襲ってきたあの猫、絶対毛皮にしてやると、草太は決意する。


「神土!」

その教え子の様子に、教師の佐賀野は驚き、そんな姿になってまで、このクラスのみんなに心配をかけまいと強がってみせるなんて、佐賀野は猛烈に心を痛めた。

「もうそんなに意地をはるな!分かった、分かったぞ。話しは保健室で聞いてやるから」

先生には本当のことを言っていいんだぞ」

「だから、本当なんですってばぁ」

痛む腕を捕まれ、草太郎は佐賀野に引き摺られるようにして教室を出て行った。

.... ........ぴしゃりっ!

ドアが大きな音をたてて閉まった。


教師と草太郎がいなくなった後、クラスの皆はざわざわ囁きだす。

「どうしたんだろう?神土君」

「喧嘩にでも巻き込まれたんじゃないの?」

「でも神土君、結構へたれじゃん。喧嘩はないんじゃない」

クラス一同は頷いた。


佐賀野が勢いよく保健室のドアを開けた。その反動で跳ね返ってきたドアの間に草太郎は挟まれた。

「いってぇえぇぇ」

「か、神土大丈夫か!!」

「は、はい」

あまりの痛みで涙ぐむ。これもあの馬鹿仏の呪いだ。


「正道先生、早くみてやってくれ」

保険室に入ってきた佐賀野を、保険医の正道七子は珍獣を見る目つきで見た。

「何しにきたのよ!」

保健室の花、ナイスバディーの美女、正道先生だ。ショートカットの頭が似合っている。

「いや....怪我人なんだが」

強気の七子の物言いに、佐賀野は自分が一気に弱気になるのを感じた。

七子先生はなぜか年中強気だ。それにたいして、見た目はひよっこ眼鏡のインテリ風だが、中身は熱血佐賀野先生は完全におされている。


「何年何組?」

七子先生に聞かれたので、草太郎は答える。

「三年B組です」

「痛い?」

美人の保険医に聞かれたので、そりゃぁ、もうと、草太郎は猛烈に頷いて見せた。

保険医は草太郎の腕を挙げ、曲げて見た。

「腕の骨は折れていないみたいだけど、酷い痣ね。しかもその格好。通り魔にでもあったの?まぁ、一応シップ貼っておくから今日は早退して病院にいきなさい」

「そうだぞ!神土、じっくり話し聞いてやるから、こっちこい!」

佐賀野先生はベッドにどっしりと座り、隣を叩いて見せた。

「何があったんだ!?」

「あの、猫に襲われて」

「........先生にだけは、本当のことをいっていいんだぞ」

草太の肩に手が置かれ、真剣というか、暑苦しい瞳が草太郎の瞳を覗き込んできた。

「先生は君の味方だ」

「............は」

動かない瞳がこちらを見ている。

誰か助けてくれぇぇぇぇえええええええ!心の奥底からそう叫んだ。

どうしたものか。本当のことを言っても、この教師は信じてくれないだろうし。鎮痛な面持ちで、佐賀野先生から顔を逸らした。

「神土」

先生の肩を掴む手に、力が込められた。

ごりごり

嫌な音がして肩骨が軋む。

「      っ!!」

悶絶している草太郎には気づかず、佐賀野の親愛なる教師熱血は止まらなかった。しまいには叫びながら、草太郎の身体をなんと抱き締めた。

「神土、僕は君の味方だぁ!何でも話してくれぇぇぇぇぇぇ」

「佐賀野、あんたの生徒死んでるわよ」

草太郎は白目をむいて、気絶していた。

「うわぁぁぁ神土ぃぃぃっ、大丈夫かぁぁぁぁぁ」

気絶している草太郎の身体をがくがくまた振った。後ろからそんな佐賀野の頭をどついた。


「ここはどこだろう?」

辺りは暗闇で何も見えない。草太は一人、闇の中にいた。

もしかしてここは黄泉というところだろうか?

『むほほほほほほ』

遠くから聞こえてくる、いやぁーな笑い声。パンチパーマの仏様が、空飛ぶ雲に乗って草太の目の前にやってきた。

ほじほじと、鼻に指を入れている仏。そいつはまた鼻に指を入れていた。相変わらず親父臭い仏だ。全然神々しくない。

「鼻糞ほじんなぁぁぁ!!」思わず突っ込む。

『煩い乳子だな。....それで私の仏像を取り返すことはできたのか』

「つーか、まだ学校の時間で、探す時間もないし」

『私は言ったはずだぞ。三日以内に我が仏を取り戻さねば、呪うとな。私はこう見えても巷では有名な呪い仏でな』

「いや、仏って呪うものなのか?ありがたいものじゃ」

『ともかく!早く見つけろ!さもなくば....』

仏の言葉尻につけた不吉な含みに、ごくりと、草太郎は唾を飲む。

「........さもなくば....?」

『ご臨終だ』

「な、なんだよ、それっ!仏の呪い程度で死んじゃうのかよ!どんな仏だよ!」

『........甘く見るでないぞ。人生一寸先は闇じゃ。仏の顔は三度までと言う諺まである。早く仏像を見つけなければ、憤死だな』

「....犬のふ....ん?その仏像は何処にあるんだよ」

『言ったはずだが?美名月五貴とやらがもっていると。その者は、お前の学び舎と同じ場所にいるぞ』

「........学び舎?学校のことか!?」

『頼んだぞ。むほほほほほほほほ』仏の声が遠ざかっていく。

腹が立って、ありったけの声で叫んだ。

「賽銭に小銭いれてやらないからなぁあああ!!馬鹿野郎ぉぉぉぉ!!」

.... ........そこで草太郎は眼が覚めた。


「悪夢だ」寝起きで、動悸がしている。見ると、両腕に包帯が巻かれていた。横を見ると、保険医の正道先生が、机の上で何かを書き込んでいる。

あの仏像は仏を盗んだ奴の名前と、そいつはこの学校にいると言っていた。

草太郎は複雑な気持ちになった。

.... ........美(み)名月(なつき)....五(いつ)貴(き)。美名月というのは、昔生き別れた草太郎の父親の姓だ。

草太の母親は日高神社の娘だ。

その昔、草太郎の母親は、蒼月寺の息子と結ばれて草太郎が生まれたそうだ。

結局二人は別れ、草太郎は日高神社に引き取られた。どうして別れたのかは草太はしらないが....。

まさか、蒼月寺と関係がないよな。とにかく、仏像を取り戻さねば、自分の命の危険だ。

.... ........なんとかせねば。

見つけ次第、絶対あの仏像をしばいたる。

「ふへへへへ」固い決意を決め、草太郎は含み笑いをしたとき、保健室のドアが開いた。

「失礼しまぁーす」

間の抜けた声で、保健室に入ってきたのは、親友の答田竹だった。色白のふくよかな少年で、草太郎の親友だ。


「大丈夫?マサゴロー」

竹は何故か僕のことを何故かマサゴローと呼ぶ。

マサゴローとは、竹の昔飼っていた猫で、くしくも車に轢き逃げされてしまったらしい。

何故、そう草太を呼ぶのか聞いても、竹は涙ぐんで答えない。....なんでだろう?

「今何時間目?」

「今丁度昼休みだけど....」首をかしげながら、竹は答えてくれる。

「....そうか」

「マサゴロー、お昼一緒に食べよう?」

にこにこ竹が言う。


「おい!」

正道先生は立ち上がると、竹の肩に両手を置いた。おお!!羨ましいっ。竹の顔の近くに、正道先生のでかい胸が。思わず草太郎は見てしまう。

「馬鹿!どこ見てんのよ!」

ばれて正道先生に、草太郎は頭を叩かれた。

「........すいません」

「まったく!人の乳を見ている暇があったら、早く帰りなさい!草太郎君は、今日は念のために早退したほうがいいわ」

ち、乳ですか....。

「んじゃ、おいらはマサゴローの鞄とってくるよ」

「ちょっと、まったぁぁあああ」

走り出そうとした竹を、草太は止めた。

「ん?何」

「か、鞄は自分で取りに行くからいい。少しよる所あるし」

「寄る所?だめじゃない。安静にしてなきゃ。腕の骨にヒビがはいっているかもしれないのよ」

「少しですむ用事だから!じゃぁな」

そう言って草太郎は走り出した。後から竹がおいかけてくる。

「マサゴロぉぉぉ、何処行くんだよぉぉぉ」

「ちょっくら、馬鹿仏を取り戻してくる!」

「はぁ?馬鹿仏って?」訳が分からず、竹は首を傾げた。

保健室から出てきた正道が呟いた。

「きっと、鞄の中に人に見られちゃまずいものが入っているのよ。私も青春時代はよく鞄の中に隠したもんよ」

正道はしみじみ呟いた。


三年の僕が、二年生の教室へ行く時、必ず羊の群れの中に入れられた、山羊のような気持ちになる。

勇気を出して、廊下で話している二年の女子に話しかけることにした。あまり女子に話しかけると、他の男に目をつけられて大変なのだが、二年だから大丈夫だろう。

「少し聞きたいんだけど、美名月五貴って知ってる?」

大きな瞳が特徴の可愛らしい子だ。三年の女子どもを見ているだけに、眩しかった。

「知っている?直美?」

その可愛らしい女子は隣の女子に聞いた。直美と呼ばれた女子は答える。

「....私、知ってる」

そういった直美ちゃんの顔色が悪かった。貧血だろうか?

「知っているの?」

「うん。だって同じクラスだもん」

「えっ、そうだっけ!?」

噂好きの女子にしては珍しい反応だ。

ポニーテール少女、直美は教室の方を振り返って見た。

「今日はいないみたい」

「あっ、そういえば、私も美名月君の噂きいたことがある。人の生き血を啜ったり、トイレの中にひきずりこんだりする奴だって」

直美ちゃんとは違うかわいらしい少女が妙な噂を答える。

「ぶっちゃけいじめ?」

そんな奴いるわけがないと、草太は思う。

「あんたも........美名月君に会えば分かると思う。彼は普通の人間だよ」

微笑む直美ちゃんの顔が引き攣って見えるのは気のせいだろうか?

.... ....次の瞬間、頭に強い衝撃をうけて後ろに草太は吹っ飛ばされた。

「きゃぁぁぁあああああ」

サッカーボールがバウンドして、後ろで跳ねた。どうやら草太郎の頭に当ったらしい。

「大丈夫?」

直美ちゃんが差し出してくれた手を掴んだ。

「ありがとう」

草太郎は頭から血を垂らしながら笑った。その凄惨な草太郎の顔に硬直した直美ちゃん。草太郎に差し出されていた手を、直美ちゃんに何故だか手を引っ込められて、冷たい廊下の上に草太郎は思いっきり頭をうった。

「....つぅ!」

目の周りに、羽が生えた赤ん坊の姿が飛んで見える。

「ご、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」

慌てて直美は草太郎の傍による。

「あ....ああ」

「保健室に行ったほうがいいんじゃないの?」

隣で直美の親友の真知子が草太の顔をのぞきこんでいった。しかし、早く見つけなければ命が危ないので、無理をして素早く立ち上がった。

「平気。」

「美名月なら、理科室で見たよ」そう教えてくれたのは、通りがかりの見知らぬ少年である。何故かその少年の目は泳いでいる。

「サンキュー」そう言うと、理科室に向かった。

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