蒼月寺騒動記 

赤沼たぬき

第1夜 大仏失踪

その晩、僕こと神土(かみつち)草(そう)太郎(たろう)は夢を見た。

全身金縛りで動けず、冷や汗が身体から流れ落ちる。そんな僕を、なんというかぁー異常に親父臭い金色の仏様が鼻糞をほじくりながら見ていた。

その仏の頭は、やはりパンチパーマをかけていて、今時、そんな髪型は関西のチャカ(専門用語で、拳銃の意味)持っている奴系だ。

『そこの小姓もとい、使い走りの少年よ』

仏のそんな声が聞こえてきた。


使い走り?使い走りって!

僕のそんな抗議の声を聞いたのか、仏は言いなおした。

『ごほん!乳子こと、少年よ。下等な人間などに名乗るつもりはないが、いたしかたがない。私は蒼月寺の華麗にして、唯我独尊。その名を釈迦牟尼だ。釈迦如来と呼べ』


....何故そんなにえらそうなのだろう?

言葉に出していないはずの草太郎のそんな疑問に、仏の声が返ってきた。

『私も、お前なんぞに頼みたくないわ!しかし、緊急時なのだ。私の写し身でもある仏像が、寺から盗まれてしまったのだ。信者から金を貰っているこの忙しい時期に。まったく!私を盗んだそのふとどき者の名は、美名月(みなつき)五(いつき)貴と申すもの。必ずその者から、我が仏を取り戻せ!....さもなくば、呪うぞ』

そう言い放つと、その妙な仏は去っていった。


「んー、鼻糞ほじんなぁー」

草太は寝言をいい、目を覚ますと、そこにはいつもの風景が広がっていた。

「…..しかし」

おかしいと思う。

草太郎の、内の家は、神社であって、寺ではない。仏とは無関係だ。内の家の日(ひ)高神社(だかじんじゃ)の神様は、メス狸の通称タヌタンである。


悩んでいる草太郎がふと、時計を見ると、丁度八時をさしていた。

「げ!!」

慌てて跳ね起きるが、妙に身体がだるくてへたりこんでしまう。きっと、悪夢のせいだろう。寝たはずなのに、身体が疲れていた。

立ち上がりかけて、ふと、襖に目を向けると、そこには血文字で「仏参上!!」と掻かれていた。仏がきたあの夢は正夢だったのか?いや、そんなわけがない。誰かが部屋に侵入してきていたのだ。朝からびびりまくりだ。

草太郎は駆け出し、同居人のもとへ向かった。


「梅さぁーん!!血が、鮮血がぁぁああああ」

廊下を走り、外を見ると、そこには七十歳の現役の巫女、魚影(ぎょえい)小梅(こうめ)が賽銭箱まわりを箒で丹念にはいていた。

「巫女」小梅もとい、梅さんは少し凶暴な人なのだ。

梅さんは早くに母親を亡くした、僕の面倒をみてくれた優しい人だ。


「んだよっ!人が掃除してんだって言うのに、てめぇはゆっくり起床か!てめぇ、華族なのかよ!?」

すさまじい勢いで小梅さんに草太郎は怒鳴られた。

....小梅さんは昔、極道妻だったらしい。過去はあまりきかないことにしている。


「梅さん聞いて!血、文字が、不吉な血文字が!」

「血文字?落ち着けよ」

慌てている草太郎に、小梅は冷静だ。


「うちの壁に血文字で、「仏参上!」って書かれていて」

「仏だとう?そんな縁起でもないこといいやがって!」

「しらねぇよ!ともかく俺の部屋の襖をみてくれ!」

「あっ、こら!」

梅さんの腕を強引に引っ張って、部屋に連れて行く。


草太郎の部屋の襖にはやはり、でかでかと禍々しい血文字で「仏参上!」と書かれていた。

「な、何だか分からないんだが、夢のなかに妙な仏が出てきて、蒼月寺のー」

そこまで言いかけて、草太郎は言葉を止めた。

「....草太郎」

小梅さんは眉間にしわを寄せた。

この日高神社で、蒼月寺のことは........一番言ってはならないこと。

次の瞬間、小梅さんに殴られるだろうと、身構えた。所が、梅さんは殴らなかった。

「....糞がき、この陽気な落書きはもういいから、早く学校へ行け!」

「な、なんだよ、それ!?」

「分かったから、さっさと行け!学校があるんだろうが!」

「そうだ、学校!」

足を車輪のように回転させて、草太郎は走り出した。

「梅さん、壁の血、ふいといてくれぇええええええ」

「んな事は自分でやれぁ!!」

怒鳴るが、草太郎の姿はもう遠くにある。


ぶつぶつぼやきながら、小梅は襖の血文字に向き直る。

「ほわちゃぁぁぁああ」

梅の渾身の蹴り、一撃を食らった襖は吹き飛んだ。

「たくっ!こんないたずらした奴ぁ、ぶん殴って、ひん剥いて、つるしてやる!」

壁を撤去しようと押入れに近づいたら中に、金色に輝くものを見つけて、小梅は立ち止まる。

「ん?なんだこりゃ?」

小梅は、その押入れにあるものを取り出した。

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