case.11-3

 私たちは改めて楽器を構え、お互いの顔を見合わせる。部長さんの演奏は鳴り止む気配がない。一瞬でも気を抜くと、一気に魔物に襲いかかられてしまうのだろう。逆に、攻撃態勢の整っていない私たちがまだ危ない目に合っていないのは、部長さんの方に魔物たちが集中しているおかげとも言える。魔物を生み出してる男も部長さんに熱烈な視線を向けていて、こちらに気づく様子はない。というかあの男、なんであんなに部長さんばっかり狙ってるんだろう。やっぱり、部長さんが一番強いからかな。


 まあとにかく、今がきっと絶好のチャンスであることは間違いない。先生が一つ頷く。部長さんの音を聞きながらタイミングを図る。皆、一斉に息を吸う。そして……。


 今まで一度も全員で合わせたことのないはずのその音は、部長さんの演奏に寄り添うようにして完璧に調和した。


 優しく綺麗なメロディーラインを奏でるヴァイオリンと、そのメロディーに厚みと奥行きをもたらすヴィオラ。心地よい旋律に、キラキラと華やかな彩りを添えるトランペットやサックス。そして、それらを重厚な低音で包み込んで支えてくれるトロンボーン。部長さんがこちらに気づいたことで、演奏はさらに一体となってどんどん広がっていく。部長さんの周囲の光の粒も、どんどん輝きを増していく。そんな輝きに呼応するように、私たちの周囲にも光の粒が舞い踊る。


 そうか。これが演奏に魔法を乗せるということなんだ。この音そのものが、すでに光魔法になっているんだ。部長さんが一人で演奏しているときは、サックスの音色が届く範囲で魔法が効いているようだった。しかし7人が揃った今、7人の演奏が合わさった今、光の範囲はどんどん遠くまで広がりだした。魔物たちはいまだに増え続けている。でも、どこまでも広がる光魔法のおかげで、次第に消滅のペースが上回っていく。もしかすると、他の場所で戦っている人たちの演奏さえも取り込んで、この"FAIRY NOTE"の威力は史上最大のものとなっているのかもしれない。




「なんなんだ……これは一体、どういうことだ……!」




 思いも寄らない事態に、魔物を増やしていた例の男がヴァイオリンの音色を強めるが、たった一人で私たちの演奏に敵うわけもない。光の力は闇の力を完全に上回り、やがて地上を覆い尽くさんばかりに増え続けた魔物たちの姿は、跡形もなく消えていった。




「俺たち、やったのか?」




 まるで、夢でも見ているかのような光景だった。魔物が消えると、周囲には無数の光の粒しか見えなくなる。どこを見ても光、光、光。それは決して目を覆いたくなるような眩しさではなく、心が洗われるような優しい光だ。私はいつしか演奏をやめ、呆然とそんな景色を眺めていた。そんな景色に魅了されていた。おそらく他の人たちも、私と同じような心地でいたのだと思う。気づけば演奏は止み、凛とした静けさに包まれていた。


 そんな優しく美しい光の粒たちも、やがて空気に溶けるようにして消えていく。演奏が止まり、魔力の供給がなくなったのだから当然だ。しかし、それでもなお、私たちは身動き一つせず立ち尽くしていた。あの美しすぎる光景の余韻が抜けなかった。




「あ……」

「っ、リリー!」




 魔物の一掃に成功し、ふと体の力が抜けたのか。ふらりと倒れ込みそうになったあの子の様子に、私たちは唐突に現実へと引き戻される。一番近くにいたラルフが咄嗟に手を出したので、あの子が地面に衝突することは避けられた……と思ったら、あの子の体を支えたのは部長さんだった。え、いつの間にこっちまで来てたの。ついさっきまでもっと離れた場所にいたよね。




「大丈夫?」

「ぶちょ……会長」

「君たちのおかげで魔物を一気に倒すことができたみたいだ。ありがとう。でもさ、俺だけちょっと孤独だったんだけど。確かにアンサンブルではあったけど、俺だけ距離があって寂しかったんだけど。どうせならもうちょっと側に来てほしかったんだけど」

「いや、だってぶちょ、会長。魔物に囲まれてましたし。あんなの近づけませんし」

「それはまあ、そうなんだけど……」 




 この7人での演奏を誰よりも楽しみにしていたと思われる部長さんは、どうやら私たちとの距離感にご不満があったらしい。確かに一人だけ離れた場所にいたのは事実だ。でもあの状況では仕方がない。結果的には絆の力で"FAIRY NOTE"発動という胸アツ展開を実現することができたわけだし、もうそれでいいと思う。




「こらこらお前さんたち。魔物の驚異が去ってすっかり気が抜けたようだが、まだ終わってないぞ。あれ、ラスボスだろ」

「あ、そうでした」




 おっと。黒いもやもやたちがいなくなったことで私もかなり安心してしまっていた。でもそうだよ。部長さんが戦っていた相手、まさかの魔物全滅に茫然自失となっているようだけど、あの人をどうにかしないことにはまた同じことが繰り返されてしまう。




「で、誰なんだあれ」

「あれはウィルです」

「いや誰だよ」




 どうやら部長さんはあの人のことを知っているらしい。しかし、ゲームの登場人物でないことは間違いない。マジで誰。




「え、先生知らないんですか? 皆も?」

「えーっと」

「なんだ。ゲームには出てこないのか。あれ、俺が前に世話になっていた家の長男です。あ、ガルシア家じゃない方の」

「え?」




 ゲームでのリオンはまず、最初に引き取られた家で悪役令嬢にいじめられ、その後、別の家では家族ぐるみでいじめられる。でも部長さんは、いじめられるどころか質の高い教育を受けさせてもらったと言っていた。そんな家の、長男? それがこの事態を引き起こした犯人? この隠しルートの黒幕?




「つまりあの人、かなり身分が高い、上流階級の人間ってことですよね。なんでそんな人が?」

「あー。それが……」

「? なんか言いづらそうですね」

「いや、まあ、なんというか……」




 仮にも立派な貴族が黒幕だなんてどうにも結びつかなくて思わず質問したのだが、部長さんはなぜか答えを言いよどむ。この反応、あの男がラスボスとなった原因をすでにわかっているようだ。しかしどうにもはっきり答えてくれない。そんなに言いづらい内容なんだろうか。




「実は」

「実は?」

「その」

「はい」

「嫉妬、みたいで」

「……はい?」




 皆の視線が部長さんに集中する。そんな視線に耐えかねたか、やがてぽつりぽつりと話しだしてくれたのだが、今度は恥ずかしそうにもじもじしだした。え、嫉妬って何。




「えっと、リオン」

「はい、ユリウス先生」

「嫉妬というのは、誰が、誰にだ」

「ウィルが、俺にですね」

「それはなぜだ」

「俺が優秀すぎるからですね」


「生徒会長」

「なにかなアラン」

「会長が優秀だとなんであいつが嫉妬するんですか」

「自分が誰よりも優れていると思いたかったんだろうね」

「でも見た感じあいつの方が年上ですよね」

「4つくらい上だったかな」

「なら学院もかぶらないし、比べる場面なんてないですよね」

「それが普通に比べられてたみたいなんだよね」

「どういうことです?」

「俺、あの家ではかなり厚遇を受けたって言ったよね。教育的な意味で」

「高名なサックス奏者の指導を受けさせてもらったとか言ってましたね」

「そう。それで、他人の俺にそんな教育を受けさせてくれるような家だから、実の子どもであるウィルは当然、生まれたときから物凄い教育環境が整ってたわけで」

「まあ、そうでしょうね」

「でも、俺の方が優秀だったわけで」

「はあ……。え、まさか」




 それはつまり。その家の両親とかが部長さんと実の息子を比較して。部長さんの方が優秀であると認めたということだろうか。




「なんか、事あるごとに言われてたみたいなんだよね。お前よりリオンの方が勉強ができる。お前よりリオンの方が演奏がうまい。この家の長男ならもっと頑張りなさい。みたいな」

「うわ……それはきつい」

「それでずっと不満が溜まっていて。やっと俺が出ていって清々したと思ったら、俺は1年生のうちに"FAIRY NOTE"を使えるようになるし、生徒会入りもして学院一の天才とか呼ばれるようになるしで優秀な噂が絶えることはないし。それで、いつまで経っても比較され続けるのにうんざりして、いろいろ耐えきれなくなったウィルはついに爆発してしまった。みたいな」

「……」




 なるほどなるほど。確かにもともとは出来の悪いリオンをいじめるような家族だし、そのリオンが優秀とくれば息子に矛先が向いてしまうのもわからないではない。そして、リオンを見下すはずであった長男は、逆に見下される立場となってそれが逆恨みに発展した、と。いや、もちろん部長さんは他人を見下したりなんてしないだろうけど。向こうからすれば部長さんの気持ちなんて関係なく、あいつのせいで、あいつさえいなければ、なんてはた迷惑な考えに囚われてしまったというわけだ。


 まあつまり。結論を言うならば。




「結局、隠しルートのフラグ立てたのあんたかよ!」

「ちょ、やめて。実は俺も薄々そんな気はしてたけど、やめて。俺は別に悪くない。悪くないよね!?」

「ああ悪くない。悪いことはしていない。でもやっぱ元凶はあんただわ!」




 思わずといった調子で、高橋は部長さんの胸ぐらを掴んで前後に揺らす。そう、部長さんは悪いことはしていない。それはわかっている。でもやっぱりこの世界はどこまでいっても、結局はゲーム通りに進んでいた。リオンがどんなにいい人間になっても、私たちにとって大切な仲間であっても、この世界を揺るがす事態を引き起こしたのはどうあがいてもリオンであった。

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