case.10-2

「なるほどそういうことですか」

「雨宮くん、すんなり受け入れたね」

「これでも驚いていますよ。でもそもそも、気付いたら知らない世界にいたって時点で驚きは限界値に達してるので、それを超える驚きはもうない気がします」

「それは確かに。死んだと思ったら赤ちゃんになってたわけだもんね」

「それに、先輩を見ていて僕も思うところがあったというか」

「あの子のこと?」

「ええ。初めてリリーという人に出会ったとき、彼女はフルートを吹いていました。僕はその音を聞いてすぐに先輩だと気付いたし、先輩も僕が誰かということに気付いてくれたとは思います。でも、先輩はリリーとしての態度を崩そうとはしませんでした。だから僕も、何となく元の世界のことは言い出せなくて。今思えば、フルートを吹いていたのも、リリーとしての態度も、全てはゲームに沿っていたということだったんですね」




 そうか。リリーはゲームだとフルート奏者だということは聞いていたが、本当に吹いていたのか。あの子のフルート、とても聞いてみたいんだが。




「でも、そのバッドエンドってやつ、相当やばいですね。僕たちの演奏で本当に回避できるんですか?」

「こっち見て言うな。気持ちはわかるが、これでも俺は王族として生まれたわけだからな。ヴァイオリンの英才教育なめるな」

「へー」

「お前、吹奏楽外の楽器に興味なさすぎだろ……」

「高橋に興味がないんじゃない? 雨宮くん、私もかなりヴァイオリン上達したと思うよ」

「ヴァイオリン弾けるようになったんですか。凄いですね、篠原先輩!」

「この態度の差」

「ちなみに先生は何を演奏するんですか?」

「俺はヴィオラだ。これでも学生時代にギターを弾いていたことがあるからな。弦楽器には馴染みがある」

「そうだったんですか。先生ってわりと何でもできますよね」

「俺もただのシスコンじゃないってことだな。ちなみに、生徒会副会長のラルフはトランペットだ」

「え、まさか先輩がトランペットにしたのって……いや、考えるのやめよう」




 どうやら雨宮もピンときたようだが、信じたくない気持ちはわかる。




「まあとにかく、私と高橋、それから先生はゲーム通りの楽器を選んでいて、部長さんと雨宮くんとあの子は違う楽器を選んだってことだね。全く、吹奏楽部は自由人ばっかだな」

「だってやっぱり好きな楽器吹きたいですし。本当はユーフォがよかったですけど、どこにも売ってなかったので、もともと吹いていたトロンボーンに」

「俺もサックス以外を選ぶっていう選択肢はなかったな」

「"FAIRY NOTE"という魔法に必要なのは楽器の演奏技術ということなので、ゲームと違う楽器でも別に問題ないですよね。僕はそんな魔法使えないですけど」

「いや、雨宮もすぐに使えるようになると思うぞ。俺、魔法のことなんて全く意識してなかったのに勝手に発動したし」

「え、なんかやだな……。先生たちも"FAIRY NOTE"使えるんですか?」

「俺は使える。高橋と篠原はまだだな」

「そうですか……本当にバッドエンド回避できるんですか?」

「ま、まあ、ゲームでも絆の力で発動したわけだし、大丈夫なんじゃないかな」

「大丈夫じゃなければまた皆で仲良く死亡ってわけですね。とりあえず、そうやって魔物を一掃するってことはわかりました。それで、隠しキャラの心を救うっていうのはどうやるんですか? 首謀者をどうにかしないと、どんなに退治したところで魔物は無限に増え続けるんですよね?」

「そういえば、魔物のインパクトが強すぎて、俺たちもそこら辺ちゃんと聞いてなかったな。隠しキャラとの対決ってどんな感じなんだ、篠原」

「それは……あ」

「どうした」

「やばい」

「え?」

「無理かも」




 高橋も先生もゲームをプレイしているが、隠しルートまではやっていないそうなので、そこまで詳しいのは篠原さんしかいない。しかしどうしたことか、篠原さんはさっと青ざめると、手で口元を覆うようにして俯いてしまった。



「おい、どうしたヒロイン。大丈夫かヒロイン」

「ごめんバッドエンド回避不可かも」

「え、ちょっ」




 この世の終わりとでもいうような雰囲気を漂わせ始めた篠原さんに高橋は慌て、たどたどしい手つきでその背をなでる。俺のキャラクターはそんな、絶望するほどにやばいのだろうか。部屋の窓をかたかたと揺らす風が、この場の緊迫感を引き上げていく。


 皆、何も言うことができず、固唾をのんで見守る中、やがて篠原さんは俯いたままぽつぽつと語り出した。




「"FAIRY NOTE"で魔物たちを倒した後に、元凶であるリオンと対峙するわけだけど」

「おう」

「そんな凶行に及ぶようなやつに言葉が通じるわけもなく」

「そうだよな」

「再び皆の"FAIRY NOTE"で光魔法を放って、リオンの心の闇を浄化しようとするんだけど」

「なるほど考えたな」

「それもうまくいかず」

「うまくいかないのか」

「楽器ではダメだと悟ったヒロインは、ふと考えるわけよ。音楽に魔法を乗せることができるなら、歌にも魔法を乗せられるんじゃないかって」

「歌?」

「相手の心の闇を浄化するってことは、こちらの心の光を見せる必要があるわけでしょ。で、歌なら自分自身を楽器にするようなものだから、ヴァイオリンを弾くよりもダイレクトに心が伝わるはずだっていう理屈」

「えーっと?」

「そうか。魔法を使うには杖のような、魔力を流す媒介が必要で、最強の"FAIRY NOTE"ですら楽器っていうワンクッションが必要になるが、歌なら自分の声に直で魔力を流し込める。さらにそれが精神に作用するような魔法とくれば、心も一緒に乗せてさらに威力を強化できるってわけか」

「そういうことです。さすが部長さん。隠しルートをプレイした私より解説がわかりやすい」




 もちろん俺のサックスの演奏にだって心は乗っているはずだが、楽器の音と自分の声、魔力を込める上でどちらの方が優勢かと言われれば、やっぱり声なんだろう。なんたって、自分の体を共鳴させて発するわけだからな。そりゃあそっちの方が、体内を巡る魔力も存分に流し込めるってものだ。



「しかし、その方法はヒロインがその場でとっさに思いついたってことだよな。考えてみれば当たり前の理屈なのに、なんで今まで歌で"FAIRY NOTE"を発動させようって考える人間が出てこなかったんだ?」

「それはまあ、"FAIRY NOTE"は古くから伝わる歴史ある魔法だから、改変しようなんて誰も考えもしなかったんじゃないですかね。あとこれ、ゲームですから。ヒロインが凄いことやってのけた方が断然盛り上がります」

「なるほどそれなら仕方ない」



 そうだよな。乙女ゲームに関してそんなに詳しいわけではないが、主人公に自分を重ね合わせて楽しむっていうのはフィクションの定番だもんな。ヒロインにそういう役割が与えられるというのも納得だ。




「というわけで、リオンと和解するにはアリアの歌声で心の闇を癒やす必要があるんですけど、残念ながら私はそんなに歌が得意じゃないです。はい、詰んだ」

「篠原ってそんなに歌下手だっけ? クラスの皆でカラオケ行ったときはそんな印象受けなかったけどな」

「私だって別に自分がひどい音痴だと思っているわけではないけどさ。カラオケはエコーで数割増し上手く聞こえるでしょ。その場の雰囲気もあるし。でも"FAIRY NOTE"の発動条件は、大量の魔力で、完璧な技術で、美しい演奏を奏でること。つまりそれを歌でやるってことは、誰もが聞き惚れるような素晴らしい歌声を披露しなければならないってこと。そんな凄いリサイタルを? 一人で? 世界の命運を背負って? ソロでやるの? 無理だよね!?」

「ごめん俺がわるかったから落ち着いてくれ」

「まだ部長さんがやった方が成功する確率高いわ」

「ん、俺?」

「吹奏楽部って、練習の一環として自分の演奏する旋律を歌ったりしてましたよね」

「それは、まあ」

「歌詞がある歌とは違うかもしれませんけど、部長さん普通に上手かったじゃないですか。なんなんですか。楽器が上手い人は歌も上手いんですか」

「いや、腹式呼吸とか音程とか表現力とか、そういう意味ではそうかもしれないけど」

「無意識に"FAIRY NOTE"ができたんだから、歌でだっていけますよ。絶対私よりいけます」

「期待してもらえるのは嬉しいけど、そもそもその、歌で癒やすはずの隠しキャラが俺なわけで」

「あ」




 そう。この世界に魔物が増えているというのは事実であり、状況が隠しルートと一致しているのは確かなのだが、結局のところ原因がなんなのかという部分はまださっぱりわかっていないのだ。このメンバーならきっと魔物たちを一掃できると思うけれど、俺がリオンである以上、絶つべき根元は一切不明だ。



「隠しキャラの俺がやるはずだったことを誰かが代わりにやっているのか。それとも、魔物が増えているのは人為的なものではなく、ただの自然現象なのか」

「前者ならゲームと同じで歌が必須だけど、後者なら根絶やしにすれば終わりっすかね」

「場合によるが、確かに後者の方が楽そうだな。仕方ない。あわよくばこのまま学院に居座ろうと思ってたんだが、それを探るためにもそろそろ魔法省に戻るか」

「でも大丈夫なんですか部長」

「もちろん危険はあるだろうが、これまで何とかやってきたし大丈夫だろ。心配してくれてありがとな、雨宮」

「いや、それもなんですけど。ここ数日、毎日のように先輩と演奏してたんですよね。そんな幸せを味わった後だと、一日でも離れたら禁断症状出ません? ちなみに僕なら耐えられないです」

「うっ、確かにつらい、が、皆の命が懸かっているし……やるしかない……」

「本当につらそうだな」




 先生の労るような視線が心に突き刺さる。先生も妹と離れるなんて考えただけでつらいはずなので、もしかしたら俺の気持ちがわかって同情してくれているのかもしれない。


 そうだ。考え方を変えよう。確かにあの子としばらく演奏できなくなるのはつらいが、少し我慢して魔物の侵攻がいよいよやばくなれば、皆の演奏で"FAIRY NOTE"発動という胸アツ展開が待っているじゃないか。もちろんそんな状況になるってことは死と隣り合わせの所までいくってことではあるが、もう俺たちはすでに死んでいるんだと思えば気持ちも軽くなるってものだ。


 ……いや。やっぱ死ぬのは普通に怖いわ。もう二度と演奏できなくなるなんて無理だ。そっちかという突っ込みが聞こえてきたような気がするがもちろんそっちだ。



 うん。未来のためにがんばろ。

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