case.10-1
「あれ? いつの間にか暗くなってる」
皆で全員死亡のバッドエンドについて語り合ってからというもの。俺は毎日のようにあの子を誘っては、最後の攻略対象・ノアを釣るために中庭で演奏をするようになった。篠原さんにはどうせあの子と一緒に演奏したいだけだろうと言われたが、もちろんその通りである。これまで散々魔物退治をさせられたんだ。これくらいのご褒美があってもいいだろう。
ちなみに、ラルフが時々寂しそうにしているのを見かけるたびに「あ、ラルフも誘えばよかった」と思うのだが、気付くと俺はあの子との演奏に夢中になっているので、最近はあまりラルフと演奏できていない。全く、こっちから声を掛けなくても、遠慮せずに混ざってきてくれていいのに。こういうところは真面目というか堅物というか。まあ、目的がノアである以上は、ラルフがいない方が結果的にはいいのかもしれないが。
そんなふうにあの子との日々をすごしているうちに、待ち望んでいたノアがついに現れた。それは、例のオープニング曲を演奏しているときのことだった。息を切らせてどこからか走ってきたかと思えば、喜々としてトロンボーンを取り出し、俺たちと一緒に演奏しだす。なんでこいつ、この曲を知ってるんだ……なんて、白々しいか。これは、俺と後輩とアンサンブルをするために、あの子が考えてくれた譜面。それを当たり前のように吹いているというならば、答えは一つしかない。
ノアの中身は俺たちの可愛い後輩、雨宮だったのだ。
せっかくなので、他のサントラも吹いてみる。すると、二人はなんなくついてくる。打てば響くような感覚が気持ちいい。やっぱりこの三人で演奏するのは楽しいや。しかし、だからといって熱中しすぎるのはよくないか。高橋なんかは俺たちを評して音楽バカなんて言ったりするが、音楽のことになると周りが見えなくなるというのは確かにその通りかもしれない。ふと気付けば、辺りはすっかり暗くなっていた。
本当はもっと演奏していたかったが、時間も時間なのでノアと一緒にリリーを女子寮まで送る。ノアはとても名残惜しそうにしていたが、俺はリリーの背中が見えなくなったことを確認すると、ノアの腕を掴んでにっこりと告げた。
「よし、じゃあ行くか」
「……え?」
ノアは間の抜けたような返事をしたが、俺は気にせずその腕を引いて、教師たちが生活する寮へと真っ直ぐに歩き出した。
「こんばんは」
「ようこそいらっしゃいませー」
職員寮にある先生の部屋にやってくると、約束したわけでもないのに全員しっかりそろっていた。やっぱりノアが釣れた様子を見てたか。
「ほーらノアくん、こっちにおいでー。おいしい緑茶があるよー」
「は、はあ」
この国の王子、アラン・ルイスハーデンが、一人の後輩を歓待し、猫なで声を出している。どうやらノアの中身にも気付いているようだな。雨宮は高橋に対して塩対応なところがあったから、どうにかして好感度を上げたいのかもしれない。しかし、そんな雨宮がこの王子の中身を知るはずもなく、王族からの好待遇ぶりにただただ困惑している。君たちとりあえず自己紹介したらいいんじゃないかな。
「ほらほら。お茶なら俺がいれてやるから、お前ら全員座ってろ」
「えっと、ユリウス先生、ですよね。なんなんですか、この集まりは」
「何だ。そいつから話聞いてないの?」
「問答無用で連れてこられたんですけど……」
「その方が早いと思ったので」
「お前ね……あー。そいつが誰かはわかってるんだよな」
「……初対面の全く知らない人ですけど」
「じゃなくて」
「……部長?」
「雨宮!」
「わ、ちょっ」
俺以外誰だかわからない状況で、前の世界のことを言っていいのかわからないという迷いはあったようだが、それでも明確に俺を認識してくれたのが嬉しくて思わず抱きついた。雨宮は嫌そうに押し返すが、本気じゃなさそうなので離してやらない。
「あはは、そうそうそれ。実は俺らも同じなんだよ」
「同じって……え、まさか、高校の?」
「そ。誰だと思う?」
「えー……?」
先生からの問いかけに、雨宮は小さく唸る。まあ、一緒に演奏した俺やあの子はともかく、いきなりこいつは誰だなんて言われたってわかるわけがないよな。
「……そういえば僕、初めて王子に会ったときになぜだかもの凄くイラッとしたんですよね」
「え」
「ぷっ。潜在的に拒否されてるじゃん、高橋」
「高橋、先輩? あ……もしかして篠原先輩ですか!?」
「久しぶり、雨宮くん」
「ならそっちの先生は……」
「どうも、あの子のお兄さんです」
「シスコン結城先生……」
「お前もか。まさか俺、全校生徒からそう思われてたのか……?」
残念ながら、先生がシスコンであるという事実は、全校生徒が知っていたと思う。先生はどの学年とも交流があって、誰からも好かれていたからな。シスコンと知れ渡った上でそれでも慕われていたのだから、むしろ誇ってもいいのではないだろうか。
「というか、皆さんまさかあの地震の日に死んだんですか? 何で逃げなかったんです?」
「それブーメランだぞ」
「はあ。高橋先輩に言われるのは何だか癪ですが、まあそうですね。僕は図書室で身動きが取れなくなってしまったので」
「は? お前まさか、あの子と一緒にいたのか?」
「一緒っていうか、まあ。でも僕の力ではどうにもなりませんでした。先生なら助けに来てくれるかなってちょっと期待したんですけど」
「いや、俺も図書室の入り口までは行ったんだけどな。ドアが開かなかったんだ。それでそのまま倒れた」
「私も図書室に向かいましたけど、たどり着く前に力尽きました」
「同じく」
「俺は真っ直ぐ音楽準備室に向かった」
「「「「あー」」」」
「いやいやいや。何で皆図書室行ってるんだ。いや、俺だってあの子が図書委員だったってことはもちろん知っているが。昼休みの委員会当番なんて普通把握してないだろう」
「僕は普通に把握してましたけど。先輩のことは全部知っておきたいので」
「俺は妹のことなら何でも把握している」
「親友のことなので当然把握してます」
「好きな子……い、いや。俺は別に、把握はしてないっす……」
絶対こいつも把握してたな。
「他所の委員会当番なんて知らない方が普通だとは思うが。このメンツだと俺が薄情みたいになるな」
「とか言って、部長だって先輩と一緒に演奏するためなら、時間を捻出する努力は惜しまないじゃないですか。部長もこっち側の人間ですよ」
「うん? あの子のために我が身を削るのは当然のことだろ?」
「……部長のそれって本当に無意識の天然なんですか? 計算ではなく?」
「?」
「あ、いやいいです。部長って眼鏡かけてないと部長感ないですね。あといい加減離れてください」
「話の反らし方下手かよ」
「うるさいです高橋先輩」
「眼鏡か。幸いなことに、こっちの世界では視力落ちてないからな」
「まあ、ゲームのキャラクター的にも、眼鏡はラルフだけですからね」
「……ゲーム?」
「あ、そっか。そこから説明しないといけないのか」
篠原さんの言葉に俺たちははっとした。雨宮とは何度も一緒にオープニング曲を演奏したが、さすがにこのゲームをプレイしたとは思えない。物語の大まかなあらすじならあの子から教わったが、ヒロインが悪役令嬢にいじめられるというメインっぽいところは目の当たりにしていないだろうし、ここが何の世界か気付くタイミングもなかったはずだ。
あの子が好きな乙女ゲーム「FAIRY NOTE」という作品のこと。そして、全員死亡のバッドエンドなんてものが存在する隠しルートのこと。わかっている限り全て、これまで起こったあれこれを含め、篠原さんが雨宮にわかりやすく説明する。転生したのがゲームの世界だなんて突拍子もないこと、普通なら信じられないような気もするが、静かに話を聞いていた雨宮は案外落ち着いた様子だった。
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