case.8-3
「じゃあ俺からも何も言わない方がいいか。一緒にあの曲吹いたから、確実に俺だとわかったとは思うけど」
「そういえば、ラルフにオープニング曲を教えたのって先輩ですか? 私たち、おかげでちょっと混乱したんですけど」
「ああ。ラルフは俺がこの世界で一番気に入った人間だからな。いろいろ教えてやりたくなったんだ」
「あの子も混乱したかもな。一人でオープニング曲吹いてたら、曲を知らないはずのラルフが混ざってくるし。しばらくするとこのタイミングで出てくるはずのない隠しキャラが現れて、なぜかそいつも混ざってくるし」
「あはは。確かに俺を見た瞬間、凄いびっくりしてたな。でも、俺がサックスを吹き出したらすぐに落ち着いたし、俺があの子の音を聴いてあの子だとわかったように、あの子も俺の音を聴いて俺だとわかってくれたんだと思う」
「そこら辺の感覚、俺にはよくわからないんですけど。楽器が違ってもわかるもんなんすか?」
「もちろん、楽器が違うんだから音も違う。でも、俺はアルトサックスとテナーサックスだからな。音域が違うだけでほぼ同じ楽器だ」
「ならあの子は?」
「あの子はトランペットとユーフォニアムだから随分違うように思うかもしれないが、それでも金管という点では同じだから、どうしても吹き方が似てくる。音色はもちろんトランペットなんだが、それでもあの子がユーフォを吹いていたときのような、特有の柔らかい音をしているなって思ったよ。それから、音楽の解釈とか、表現の仕方があの子っぽいなとか」
「へー。俺もこの世界に来て、かなり音楽には慣れ親しんだと思っていたけど、そういう個性みたいなのはあんまり意識したことがなかったな」
「音楽はあくまで魔法の手段って意識が根強いから、そういう感性を育てるような教育には力を入れてないんだろう。こればっかりは感覚的に身につけるしかないさ。さっき篠原さんが言っていた、アリアの演奏の感じはリリーと似たところがあるからノアが関心を持つって話は、わかりやすい例なんじゃないか?」
「確かに。ヴァイオリンとフルートなんて全然違う楽器のはずなのに。ノアも音楽バカってことか」
「……フルート?」
「ああ、リリーはゲームではフルートを吹いてるんですよ。あの子はラルフと一緒に吹きたくてトランペットにしたみたいですけど」
「なんだと。いやでも、そういえばこの世界でユーフォって見たことないな」
「……言われてみれば私もないです。先生、この世界ってユーフォないんですか?」
「いや、存在はしているはずだ。参考書か何かに載ってるのを見たことがある。ただ、吹きたがる人間がなかなかいないせいで、楽器店では全く扱ってないみたいだな。この学院なら、探せばどっかにはあると思うが」
「そうか。それほどマイナーな楽器なら、親だって子どもに吹かせたくないだろうし、そもそも手に入らない。だからあの子は仕方なく楽器を乗り換えたってわけか。そう、仕方なかったんだ。決して俺がラルフに劣っているわけではない。いや、俺もラルフのことは大好きだが。でもあの子は俺の方が大好きなはずだ。俺が声をかけるといつも嬉しそうにしてくれるし」
「はいはいそうですね。きっとあの子は先輩と一緒に吹くのが大好きですよ」
言動だけ聞くと完全にやばい人だが、先輩はただ純粋に、あの子と一緒に演奏するのが好きでたまらないだけなのだ。だからどうか気持ち悪がらないであげてほしい。
ちなみに、先輩があの子自身のことを異性として意識しているのかどうかは、正直よくわからない。少なくとも本人にそんな自覚はないだろうが、それにしてはあの子に対してだけは異常に構いまくるような。これで好きじゃないならよっぽど音楽への愛が強いということか。
……あ、やっぱりちょっと気持ち悪いかもしれない。
そんなこんなで話は脱線し、バッドエンドがかかっているわりには緊張感のない話し合いとなってしまった。先輩以外はまだ実際に魔物を見たわけではないので、実感がわかないとも言える。とりあえずは先輩がリリーと一緒に積極的に演奏をし、ノアを釣ってみようということになった。もちろん先輩があの子と一緒に吹きたいだけである。
さて。果たしてノアは、どっちだろうか。
それから数日。生徒会室で仕事をする私たちの耳に、先輩とあの子の音が連日届くようになった。二人ともまるで吹奏楽部に戻ったようで、とても楽しそうだ。なんで先輩はそんなに暇なんだろうとも思ったが、いつの間にか生徒会長としてやるべき仕事はきちんとやっているから何も文句は言えない。一体どうなってるんだ。さすがラルフが尊敬する人物なだけのことはある、とでも言うべきか。
しかしそんなラルフは、リリーがすっかり生徒会長に懐いてしまったものだから、ちょっと寂しそうだ。かわいそうに。二人がラルフを仲間はずれになんてするわけがないのだけれど、集中しだすとのめり込んで周りが見えなくなるからダメだ。もっとラルフのことも誘ってあげて。
二人の音に耳を傾けながら書類仕事をしていると、ふと聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。そう、例のオープニング曲である。一度吹いたからもう吹っ切れたんだろうか。ゲーム音楽を演奏するのにもう抵抗はなさそうだ。しかしそこで異変に気付く。何だか、音の数が増えているような……。
ちょうど別の仕事でラルフが席を外したため、私と高橋と先生は無言で立ち上がって窓の外を見下ろした。そこに見えるのはサックスを吹くリオンとトランペットを吹くリリー。そして、なぜかトロンボーンを吹いているノア・リベラの姿だった。
「ノアがあの二人と一緒にオープニング曲を吹いている……?」
「これってつまり、オープニング曲でノアが釣れたってことか……?」
「ということは、ノアは……」
「え、誰? まさか知り合い?」
「メロディーを吹いてるならともかく、あの三人、パート分けして三重奏で吹いてるもんな。いきなりそんなことできるってことは、全員が譜面をわかっているってことか」
「……あ。思い当たるの一人しかいない」
「奇遇だな俺もだ」
「俺もわかった」
部長とあの子。音楽バカ二人に普通についていくような人なんて。そんなの。
吹奏楽部のあの子の後輩ぐらいしかいないじゃないか。
「……おい。今度はエンディング演奏しだしたぞ」
「ほんとだ。オープニングほど完璧にはパート分けされてないみたいだけど、それでも何となくいい感じにハモってるね。これもう完全にお互いの正体わかってるじゃん。お互いを知り尽くした演奏じゃん」
思い出されるのは、あの子と同じ楽器であの子にべったりだった1年生。先輩と同じく、あの子の音に惹かれ、あの子と一緒に演奏することを至上の喜びとしていた男の子だ。先輩と違った所といえば、先輩は無意識にあの子を構い倒しているのに対して、あの一年は自覚的にあの子について回ってるということだろうか。
こちらもまた、あの子を異性として意識しているのかはよくわからないが、あの子に彼氏ができようものなら相手の男を刺すくらいには慕っていたと思う。もちろん本当に刺すと思っているわけではない。多分。おそらく。
「どうする? 私たちも合流する?」
「いやー。あの三人が演奏に熱中しているところを邪魔するのは怖い。というかあいつがどういう反応するか怖い」
「吹奏楽部同士は音でわかり合えるみたいだけど、王子様の中身が高橋だなんてことはさすがに気づいてないだろうからね」
「それにあいつ、俺にちょっと冷たいし」
「高橋があの子を好きってことを感じ取って、敵認定されたんじゃない?」
「でも部長には敬意持ってるよな。片桐先輩だってあの子のこと好きなのに。どういう好きかは知らんけど」
「先輩は音が認められたんじゃないの。音楽バカ同士、通じるものがあったとか」
「音か。ということは、今の俺ならもしかしてワンチャンあるのでは」
確かに、ヴァイオリンの英才教育を受けた今の高橋ならば、あの三人に負けず劣らずいい演奏ができるだろう。しかし、残念ながら吹奏楽にヴァイオリンは存在しない。そして、あの後輩が愛しているのはあくまで吹奏楽であると思われる。
……つまりはそういうことだ。
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