case.8-2
「先輩? 魔物がどうかしました?」
「いや……確かに俺は、リオンとは全然違う行動をしているんだと思う。でもその、魔物に襲われてバッドエンドってやつ。あり得なくはない、かもしれない」
「え。先輩、まさか……」
「いや違う。俺じゃない。俺はそんなことしない。俺の得意魔法はシャボン玉だ。闇とは正反対だ」
「シャボン玉?」
「闇魔法ってつまり、魔物が好むような負の感情を増長するってことだろ? 俺は楽器さえ吹ければわりと幸せだから、そんな魔法は使えない。だが実は現在、紛れもない事実として、この国では魔物の数が増えている」
「!?」
「俺がどうして魔法省に呼ばれたか知ってるか? "FAIRY NOTE"が使えるからって、実力を買われて魔物退治をさせられてるんだ」
「そうだったんですか!?」
「待ってくれ。それ、教師の俺も初耳なんだが。てっきり、優秀すぎて魔法省から勧誘されて、卒業を前にしてすでに働かされてるものだとばかり」
「まあ間違ってはないですね。一応この魔物退治も魔法省の仕事なので」
「マジかよ……この世界では子どもに魔物退治させるのか……?」
「俺も同じ事を思ったよ。だがこんなこと、今までにはなかったみたいだ。魔物は放っておいても害のない存在だったはずなのに、今は人の手で数を減らさないと人間を襲いかねない状況らしい。こんなことが世間に知れ渡ったら大混乱が起こるだろうから、戦力集めにも慎重になっているようだ。この学院からは俺しか選ばれなかったのも、少しでも情報が漏れないようにするためだろうな」
「人数が多いほど、情報漏えいのリスクは上がりますもんね」
「本当は俺もこの件に関しては口止めされてるんだけど、さっきのバッドエンドの話を聞いてしまったらな。今回のことって、魔物が自然発生してるんじゃなくて、もしかしたら誰かが意図的にやってるって可能性もあるのか?」
そんなまさか。リオンがゲームと違ってまっとうに生きているからといって、世界が代わりのラスボスを用意したとでもいうのだろうか。リオンの代わりに、リオンがやるはずだったことを行っている人間がいる?
「というか、そんな大変なことになってるなら先輩は何で学院来てるんです? 魔物退治終わったってこと?」
「いや、俺一応まだ学生だから、魔法省が休みくれたんだよ。休みもらって学院来るとか意味がわからんけど。こっちが本業なのに。そもそも学院来れてなかった原因は魔法省なのに恩着せがましいし」
「じゃあ、今でも魔物退治は続いているってことっすか」
「ああ。もう随分な数を倒したはずなんだが、倒したら倒しただけ増えてるみたいでな。全くきりがない」
「篠原。これって、黒幕が誰かってことを除けばゲーム通りの展開なのか?」
「えっと、そうだね。確かに、リオンルートに入る前に、この国で魔物が徐々に増えつつあるって描写があった気がする。今がそうなのかもしれない」
全てのエンディングを見終えた後、共通ルートに伏線のようなテキストが追加されるのだ。そうしてリオンの分岐に入ることで、魔物の数は爆発的に増えることになる。
そんな魔物たちに対抗するのは、魔法省を中心とした、強い魔力を持つ国民たち。しかし、どんなに強い人間を集めたところで数は知れていて、魔物の圧倒的な数の多さに押し負けてしまう。そうして全員やられてバッドエンドというわけだ。
「全員やられてバッドエンドか。生き残れる気がしないんだが、どうすれば大団円エンドにいけるんだ?」
「リオンルートに入ってからの選択肢で全て正しいものを選ぶと、攻略対象4人全員の信頼度が上がります。それで、その4人とアリア、それからリリーも一緒に全員で演奏することで、絆の力によって強力な"FAIRY NOTE"を発動させることができるようになるんです。そうして全員の光魔法で闇魔法を打ち消して、国中の魔物を一掃するっていう感じですね」
「なるほど。一人での"FAIRY NOTE"は正直つまらないけど、皆で力を合わせて魔法を使うってのはなかなか胸アツだな。俺好みだ」
「先輩、誰かと一緒に演奏するの好きですもんね。あの子となら特に」
「一人より二人の方が楽しいし、どうせ演奏するなら下手なやつより上手いやつの方が当然いいからな。しかし、攻略対象4人っていうのは……先生のユリウス先生」
「おう」
「高橋のアラン」
「うす」
「あとは皆大好きNPCのラルフと……それからもう一人は会ったことないけど、確かノアって名前だっけ?」
「そうです。ヒロインの一つ下の後輩、ノア・リベラですね」
「篠原さんはもうそいつと知り合いなの?」
「いえ、私もまだ会ったことはありません」
「あ、俺1回だけ会ったことあります。何年か前に少し挨拶しただけっすけど」
「もしかして、リリーとノアが出会うあのシーン? アランの10歳の誕生日の」
「そうそう。そういえば、俺がリリーがあの子だって気付いたのもそのときだったわ」
「待ってくれ情報が多い。つまり、あの子はすでにノアと知り合いってことか?」
「多分。リリーとノアの出会いに俺は関わってないんで、実際どんな会話をしたかまでは知りませんけど。ゲームでは二人の交流は続いていて、学院でも普通に仲良しでしたよ」
アランの10歳の誕生日は国を挙げてのお祝いとなり、貴族たちがこぞって挨拶に駆けつけるのだが、権力に興味の無い子供にとってはどうしても退屈な時間となる。だからリリーは最低限の役目を果たした後、大人たちの世界から離れ、持参したフルートを吹いて時間をつぶすことにするのだ。
そして同じく退屈に感じていたノアがそんなフルートの音に気付き、その演奏に聴き惚れる。二人はそれを機にお互いの家を行き来し、一緒に演奏を楽しむような仲となるわけである。
「なら、アリアはどうやってノアと出会うんだ?」
「中庭でヴァイオリンの演奏をしていると、その音色に惹かれてノアがやってきます。アリアはリリーのことが好きだからか、演奏の感じもリリーと似たところがあるようで、それでノアに関心を持たれるんです」
「なるほど。じゃあノアを釣るために今から演奏するか」
「釣るって。しかも今からとか急ですね」
「だって、絆の力がないと全員死亡でバッドエンドなんだろ? 俺がいるから人数的にはプラマイゼロだけど、やっぱり怖いしノアも仲間にしといた方がいいだろ」
「まあ確かに。でも先輩はただ演奏したいだけですよね」
「そうともいう」
ノアを仲間にしておいた方がいいというのには一理ある。ノアはオーボエの演奏がとてつもなく上手く、魔物に立ち向かうにあたって大きな戦力となることは間違いないからだ。しかしそろそろ時間も遅い。外で演奏していたところでノアが通りかかるとは思えないし、何より先輩が演奏に満足するまで付き合える自信が私にはない。
「……なあ、一つ気になったんだが」
「何ですか、先生」
「俺もまだノアとは関わってないからわからないんだが、ノアってNPCなのか?」
「え?」
「いや、このゲームの主要キャラはもう出尽くしてるけど、ほぼ転生者だったろ。まあラルフは違ったけど。でも確率的に、もしかしたら、ノアも転生者ってこともあり得るんじゃないかと思うんだが」
「言われてみればそうですね。高橋、ノアと会ったんだろ。どうなんだ?」
「いやどうなんだと言われても……本当に一瞬会話しただけなんで、正直わからないっす」
「そうか。じゃあやっぱりまずは演奏で釣ってみるしかないな」
「でも、もし仮に転生者だとしたら、私が演奏したところで釣れるんですかね。そもそもゲームを知らないかもしれないですし」
「その場合、リリーとも会ってないかもしれないな」
「あー。じゃあまずはあの子にノアのこと聞いてみるか。というか、今さらだが何であの子はこの場に呼んでないんだ? このゲームに一番詳しいの、あの子だろ?」
「それは、まあ。何となくあの子にはメタ発言しにくいというか」
あの子はトランペットを吹いている事を除けば、基本的にゲーム通りのリリーとして振る舞っている。もともと二次元が好きな子だし、ゲームの世界に転生なんて、あの子にとってはテンションが上がって仕方がない案件なのではないだろうか。そう思うと、例え私たちの正体に気付いているのだとしても、彼女から言ってこない以上はこちらからうかつなことは言えない。夢を壊すようなマネはできない。
私たちが思っていたことを説明すると、先輩は納得したように頷いた。
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