case.8-1
「とまあ、俺が死んでからの経緯はだいたいそんな感じかな」
あの後、延々とゲームのオープニングを吹いていた三人が演奏に満足するのを見計らい、私たちは生徒会長、いや、吹奏楽部の部長、片桐俊樹先輩を拉致して先生の部屋へとやってきた。片桐先輩は「FAIRY NOTE」をプレイしたわけではないものの、あの子から大まかなシナリオは聞いたことがあったので、すでにここがゲームの世界であるということは把握できているらしい。
「それにしても、この世界に緑茶なんてあったんですね。俺、初めて飲みましたよ」
「ああ。なかったから俺がそれっぽいのを栽培した」
「え……先生って、シスコンの印象が強いせいで忘れがちですけど、何気に多才ですよね」
「え、お前も俺のことシスコンって思ってたの。あの子と違う学年にも筒抜けなの?」
先生は相変わらず甲斐甲斐しく、お茶をいれてお菓子を出してくれるのだが、まさかのこのタイミングで前に私が思い浮かべた疑問が解消された。このお茶、先生が育てたのか。ないなら作ればいいというその発想がもう凄い。そしてめっちゃおいしい。先生は一体何を目指しているんだろうか。
それにしても片桐先輩、普通に馴染んでいるな。見た目はあの、艷やかな黒髪に赤い瞳、全身に影を背負ったような、カトリーヌ以上にやばい人格をしているはずのラスボス隠しキャラなのに。今ここにいるリオン・バウムはどこからどうみても好青年だ。ガルシア家でカトリーヌに嫌がらせをされることはなく、別の家でも優秀な人間として扱われ、本当に真っ当に生きてきて立派な生徒会長にまで上り詰めたということか。
「それにしても、篠原さんと高橋は、ゲームキャラになってしまったせいでいろいろ大変だったみたいだな。あ、そうだ。実は悪役令嬢のカトリーヌって、俺の義妹なんだよ。今はもう交流がなくてほとんど他人とはいえ、身内が迷惑かけて悪かったな」
「あ、はい。いえ」
「なんかカトリーヌとは仲良くできないなと思っていたけど、あの子が悪役令嬢って呼んでたキャラだと後から気付いて、すごく腑に落ちた。でも、こういう言い方をすると不謹慎かもしれないけど、俺自身はゲームキャラじゃないみたいでよかったよ。実際にプレイしたわけじゃないから細かいことはわからないけど、面倒事に巻き込まれたくないし」
「「「あー……」」」
「え、何。なんで一斉に視線そらした」
先輩はこの世界のことについて自分の中で納得しているようだけど、ゲームをしてないせいで多分いろいろ間違っている。まず、アリアである私はゲーム通りにカトリーヌに嫌がらせをされて苦労したと思っているようだが、本当にゲーム通りならば時間軸がおかしいことに気付くはず。おそらく先輩は、それがアリアが2年生のときに起こる出来事だということを知らないのだろう。
おかげで、カトリーヌの暴走から退学までの一連の流れに関して、不信感などは全く抱いていない。仮にも生徒会長なら、生徒が退学になれば何かしら思うところもあるはずだが、先輩の中では1人のNPCがゲーム通りに罰を受けただけということで自己完結したようだ。
ちなみに先輩は倉田との接点がほとんどなかったから、カトリーヌの中身には気付いていないのだと思う。先輩はあの子と演奏するのが大好きではあったけど、さすがの倉田も先輩の前であの子に何かするほどバカではなかったので、あの子にちょっかいをかける面倒な存在がいたことを先輩は知らないのだ。
いや、もしかしたら察してはいたかもしれないけど。先輩もあの子もそんなことより吹奏楽の方が大事な音楽バカなので、わざわざ倉田に時間を割くようなことはしなかっただろう。
まあとにかくそういうわけで、カトリーヌについて先輩が間違った解釈をしているという事実には疑う余地がない。そうとわかっててそれを指摘しないのは、騙しているようで申し訳ない気持ちにはなる。しかしこの件に関してはそのまま勘違いしておいてもらったほうが、こちらにとっては都合がよさそうだ。私たち、普通に考えればかなり悪い事したもんね。今さら全てを告白したって、誰の得にもならない。
それにしても、倉田を知らないはずの先輩がカトリーヌと仲良くできなかったというのは、もしかしたら無意識にあの子の敵だということを感じ取っていたんだろうか。何か怖いな。そういうセンサーでも付いてるんだろうか。
それから、これは当然といえば当然のことだけれど、先輩は隠しキャラの存在を知らないために、自分もゲームキャラだということに気付いていない。面倒事に巻き込まれたくないという気持ちはわかるが、本来ならリオンは面倒事しか起こさない。残念ながら、先輩にとっていいキャラクターであるとは言えないだろう。
まあ、先輩がリオンである以上は変なことにはならないはずだから、このことも言わないでおいてあげた方が先輩のためだろうか。でも、私も高橋も先生も、先輩からあからさまに目をそらしてしまったので、やっぱり何でもないとは言いづらい空気になってしまった。
「え、本当に何。不安を煽らないでほしいんだが」
「あー。先輩。ドンマイっす」
「だから何が」
「篠原によると、このゲームには隠しキャラがいるらしいんですよ。ちなみに名前はリオン・バウムとかいうそうです」
「……俺の名前と一緒なんだが?」
「一緒ですね。ドンマイっす」
片桐先輩が頭を抱えた。それなりに重いはずの真相を先輩相手でもさらっと言えてしまう高橋のコミュ力を、私は尊敬する。
「……ねえ篠原さん。リオンってどんなキャラ?」
「えっと、そうですね……やばいキャラです」
「やばいの?」
「やばいです」
「俺、やばい? ゲーム通りに行動しちゃってる?」
「いえ。先輩はリオンとは全く違う人生歩んでますね」
「本当に? 俺、大丈夫?」
普段は落ち着きのある人だけれど、さすがに不安そうな様子だ。でも私は知っている。先輩の不安とはつまり、これからも楽しく楽器が吹けるのかどうか。その一点に尽きるのだということを。この人本当にぶれないな。
「大丈夫です。まず、リオンの得意楽器はヴァイオリンです」
「弦楽器か。残念だが俺は木管楽器しか吹けない」
「両親を亡くしてガルシア家に引き取られたリオンは、身分が低いためにカトリーヌから嫌がらせを受けます」
「確かにカトリーヌとは義兄妹になったけど、ほとんど関わらなかったな」
「自信も生きる意味も喪失したリオンは別の家に預けられることになりますが、そこでもひどく厄介者扱いをされて、家族ぐるみの嫌がらせを受けます」
「嫌がらせどころか、高名なサックス奏者の指導を受けさせてもらったぞ」
「その後、学院への入学でやっと家から逃げられると思いきや、自分を見下しているような気がしてならない貴族の空気に馴染めず、ほとんど不登校になります」
「貴族の空気に馴染めないっていうのは同意だな。でも気付いたら生徒会に入っていたから、不登校になる暇はなかった」
「リオンはついに何もかもが嫌になり、全てを破壊することにします。国の外れにある魔物が住む森で闇魔法を使い、少しずつ魔物の数を増やし、最終的には国中の人間を襲わせて全員死亡でバッドエンドです。ただし、ヒロインたちが力を合わせてそれを防ぎ、リオンの心を救うことができれば大団円になります」
「何それ怖っ。でも俺は不登校にはならずに生徒会長になったし、今では魔法省に呼ばれて……ん? 魔物?」
リオンがいかにやばいキャラなのかを簡単に説明したが、やはり、片桐先輩はリオンとは全く違う道を歩んでいるようだ。どうやら最終ルートに進むことはなさそうで、少しホッとする。しかし、当の先輩は引っかかることでもあるのか、何やら思案顔になってしまった。
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