case.7-5

 リリー、アリア、アランの三人を生徒会に入れたいという話をしたら、ラルフは突然どうしたとばかりに驚いた顔をしたが、後輩ができるのは嬉しそうな様子であった。ラルフも案外可愛げがある。そして、どうやってあの子たちを引き入れようかと考えているうちに、俺は魔法省へと招集されることになった。何を言っているかわからないと思うが、俺にもよくわからない。


 何でも、この国の領土内にあるとある森で魔物が大量発生していて、それを討伐するのを手伝ってほしいとのことだ。本当に何を言っているのかわからない。この世界では子供に魔物の相手なんかさせるのか。平和な国だと思っていたのに、とんだ勘違いだったようだな。そう思ったけれど、どうやら今回のようなケースは極めて稀なことのようである。


 まず、魔物というものは確かに存在はしているが、基本的には放っておいても害がないような少数勢力らしい。だからこれまで俺も、魔物がいるという現実自体を意識したことがなかった。しかし、なぜだか最近は急激に数が増えつつあって、このままでは人々が暮らす区域まで押し寄せてくる可能性があるそうだ。


 確かにそれは大変なことだ。きっと魔物なんて見たこともない人がほとんどだろうに、そんな得体のしれないものに突然襲われでもしたら、きっと俺たちはひとたまりもない。


 だが、そうはいってもだ。それでどうして俺が呼ばれなければならないんだ。国中から力のある人間たちを集めるのはわかる。でも俺はただの魔法学院の生徒だぞ。それなのに、学院一の"フェアリーノート"の使い手で? 俺ほど心強い戦力はいないからって? いつの間にか俺は物凄い重要人物になってしまったようで、逆に恐怖すら感じるんだが。




 正直言えば気は乗らない。しかし俺に拒否権なんてあるはずもない。仕方がないから魔法省の要請に従い、俺は国のために魔物の討伐に励むことにした。当然シャボン玉なんか出してもどうにもならないので、炎や風を使っての攻撃魔法として"フェアリーノート"を発動させる。


 俺は楽器を吹くのが好きだ。しかし、こんなにも楽しくない演奏は初めてだ。これが結果的に大切な人たちを守ることに繋がるとわかっているから頑張れるが、そうじゃなかったら発狂していたかもしれない。魔物なんかさっさと根絶やしにして、この苦痛な作業を早急に終えたい。


 しかし、討伐した分だけ新たに増えているのか、魔物の数はなかなか減る様子を見せなかった。俺は確かまだ魔法学院の3年生のはずなんだが、完全に魔法省の人間としていいように使われている気がする。もしかして、学院を卒業したら俺はこのまま魔法省に就職するんだろうか。いや、そもそも俺はちゃんと学院を卒業することができるんだろうか。


 しかも俺がこんな事になっている間に、アランとアリアが生徒会の一員になったという報告がラルフからきた。ユリウス先生の推薦だそうだが、リリーが入ってないところに意図を感じてしまうな。あの子絡みで何か起こっているということならぜひ俺も混ぜてほしいんだが。









 魔物を討伐する日々が続く中でようやく長期の休みがもらえた頃、季節はすでに冬になっていた。つまり冬休みだ。なんだ、結局学院には行けないじゃないか。わざとなのか。


 仕方がないので俺はとりあえず、何でもいいから楽しい演奏をするためにラルフのところに行くことにした。俺がいなくなったせいでラルフにはたくさん迷惑がかかっているだろうが、俺も大変な思いをしているので、どうか労ってほしい。




「やあラルフ。久しぶり。一緒に楽器吹こう」

「は? 会長?」




 突然やってきて何を言っているんだこいつはとか思っているんだろうが、俺はめげないぞ。魔法とか関係ない、普通の演奏に飢えすぎてどうにかなりそうなんだ。頼むから俺に音楽を浴びさせてくれ。そしてそんな俺の様子を察したのか察していないのかはわからないが、何だかんだ言いつつもラルフはトランペットを持ってきて、俺との演奏に付き合ってくれるので大概優しい。


 そうして何時間か一緒に楽器を吹いた後、さすがに疲れてきたので休憩していると、ラルフが何でもない調子でヘビーな話題をぶっこんできた。




「そういえば会長、アランとアリアのことを気にかけていましたよね」

「ああ。学院を離れている間に生徒会入りしてしまったから、どんな調子かと思ってね。俺、結局まだ話したことないし」

「話したこともないのにどうしてそんなに気に入っているのか、疑問なんですけど」

「気に入っているというか……気になるというか?」

「はあ。まあいいですけど。どうやらアリアが一部の女子生徒から嫌がらせを受けているみたいです」

「え、なんて?」

「アランの婚約者殿がアランとアリアの仲に嫉妬していて、それを知った婚約者殿の友人たちがアリアに敵意を抱いたようで」

「なんだそれ。アリアは大丈夫なのか。……いやでも待てよ。その話、どこかで聞いたことあるな」

「は?」




 前にあの子がはまっているというゲームのオープニング曲の楽譜を書いてもらったとき、曲のイメージを膨らませるために必要かと思って、物語の大まかなあらすじを聞いてみたことがある。確か、ヒロインは庶民階級の女の子。類稀なる魔力量を持った彼女は貴族の学校へと入学することになり、そこで出会った王子と仲良くなるんだったか。


 そしてその王子の婚約者に嫉妬されて、壮絶ないじめを受けることになり、選択肢によって好感度が高くなった男性キャラクターと協力して逆境を跳ね除ける。見事その婚約者、つまり悪役令嬢を断罪することができればハッピーエンドというわけだ。


 あの子に教えてもらった公式ホームページでは、あらすじやキャラクター紹介、オープニング映像なんかも見ることができた。そこから得た情報によれば、ヒロインの名前はアリア・フローレス。そして王子の名前はアラン・ルイスハーデン。


 そうだ。つまりはそういうことなのだ。アリアに嫉妬したアランの婚約者が、アリアに嫌がらせ。まさにあの子が言っていた通りの展開になっているじゃないか。つまりここはあの子が好きなゲームの世界。「FAIRY NOTE」の世界だったのだ。どうりで"フェアリーノート"という言葉に聞き覚えがあったわけである。


 しかも今思えば、このラルフにも見覚えがあるぞ。間違いなくこいつもゲームのキャラクターだ。そうか。そうだったんだな。




「なるほどそういうことだったのか」

「会長?」

「なあラルフ。君、生徒会長やらないか?」

「はあ。丁重にお断りします」

「え、断るの?」

「それより早く学院に戻ってきてください」




 キャラクター紹介ではラルフの肩書きが生徒会長だったような気がするんだが、違っただろうか。まあ本人が嫌ならそれでいいけど。


 それにしても、アランにアリア、それからユリウス先生、リリー。公式サイトに乗っていた主要キャラは皆中身が俺の知っている人のようだが、ラルフは純粋にこの世界の人間っぽいな。それから主要キャラと言えば悪役令嬢のカトリーヌ・ガルシアもだが、あれってもしかして俺の義妹じゃないだろうか。一緒に過ごしたのは幼少期の短い期間だけであり、その後は交流がなかったから、婚約相手がアランだとかそういうことは全く知らなかった。もうほとんど他人のようなものとはいえ、俺の身内が申し訳ないな。




 まあこの世界が「FAIRY NOTE」だとわかったところで、俺はゲームをプレイしたわけでもないから細かいことはわからない。俺自身もゲームのキャラクターではないようだし、いろいろ考えたって仕方がないか。とにかく今は、目の前のやるべきことに集中しよう。


 ラルフには申し訳ないが、魔物たちのせいで魔法省はまだまだ俺を手放す気はなさそうだ。

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