case.7-4

 あの子に書いてもらった楽譜で部内アンコンに出たときのあの曲をラルフに教えたり、うまいこと言ってラルフを生徒会に引き入れたりしているうちに、俺は生徒会長となった。何でも俺は学院内で、ユリウス先生を超える天才だと噂になっているらしい。真面目に勉強して、サックスの腕を磨いて、"フェアリーノート"を自由自在に操っていたら、いつの間にかそんなことになっていた。


 まあそれはどうでもいいんだがそんなことより、ここの生徒会は仕事が多すぎないか。自主性がどうとかいって何でもかんでも生徒にやらせすぎだろう。もっと楽をするためには生徒会の人数を増やすしかないんだが、一緒に演奏したい人がなかなかいないように、一緒に仕事をしたいような人もなかなかいないものだから、いまいち人材確保に踏み切れない。


 唯一の救いは、3年生になったときにユリウス先生が生徒会顧問に就任してくれたことだ。生徒主体とは言いながらも、ユリウス先生は何だかんだと俺たちの手助けをしてくれる。俺が今でも楽器を吹く時間を確保できているのは、先生のおかげと言えるかもしれない。しかしやっぱり、この先生のことはもっと前からよく知っているような気がしてならなかった。




 そんな違和感の答えは、ある日思いがけないところからやってきた。いつものようにサックスを吹こうと中庭に向かった俺は、すでに先客がいることに気がついたのだ。その子は軽やかに、高らかに、楽しそうにトランペットを奏でている。その柔らかな音色に俺は聴き惚れ、そして思った。ああ、これはあの子の音だ。見た目は全く違うし、楽器も違う。でも、俺があの子の音を間違うはずがない。


 俺はすぐにでもあの子と一緒に演奏をしたい衝動に襲われたが、それ以上に胸がいっぱいになってその場から動けなくなった。


 結局俺はそのままあの子に話しかけることもできず、演奏を終えて去っていく姿を黙って見送った。それからようやくまともな思考が戻ってくる。そもそもどうしてあの子がこんなところにいるのか。俺はおそらく火災で死んで生まれ変わったのだと思われるが、まさかあの子もそうなのだろうか。よくわからないが、理由がどうあれ、またこうしてあの子に巡り会えたことはただただ純粋に嬉しい。どうしてトランペットなのかは気になるところではあるけど。




 彼女の名前はリリー・テイラーといって、ユリウス先生の従兄妹であり、妹のような存在であるらしい。リリーのことを語るユリウス先生はすごく穏やかで、彼女をとても大切に思っていることが伝わってくる。これでリリーがあの子でなければ、俺はただ微笑ましい気持ちになってそれで終わっていただろう。


 しかしこの世界に生まれたのが俺だけではないという可能性に気づいてしまった今、俺はこの人が一体誰なのかがついにわかってしまった。あの子のことが大好きで、高校では隠していたつもりでも実は生徒には筒抜けで、一部からはシスコン教師なんて呼ばれていた、心優しき俺たちの先生。そうだ。ユリウス先生は、あの子のお兄さんだったんだ。




 ユリウス先生があの子のお兄さんだとして、俺はそれを本人に確認するかどうか迷ったが、とりあえずまずは日を改めて、あの子に話しかける機会を伺うことにした。万が一勘違いだった場合を考えると直接聞くという行為はリスクが高いが、あの子と演奏するのは正体を確かめなくたってできるからな。だから俺は授業の合間や放課後に、1年生が通りそうな場所へと足を運んではあの子の姿を探すようになった。時間割さえ確認すれば、いつどの辺りを通るかを予測することは簡単だ。


 思った通り、あの子を見つけるのは難しいことではなかった。しかし残念ながら、あの子の隣にはいつも仲良しの友達と思われる女の子がいた。俺は一応生徒会長であり、この学院ではまあまあ有名人であるので、さすがに人前であの子に話しかけるのははばかられる気がする。


 もともと知り合いであるならともかく、リリーとは初対面になるわけだからな。またこの前みたいに中庭でトランペットを吹いてくれればいいのだが、今のところはそんな様子もない。だからいつまで経ってもあの子に接触することができず、遠くからあの子を眺めるだけの日々が続くことになってしまった。


 これではあの子の音が聴けないから意味がない。つまらない。しばらくはそんな風に思っていたのだが。あの子やその周囲の状況を眺めているうちに、俺は奇妙な既視感に襲われた。いつでもあの子の近くにいて、あの子と楽しそうにおしゃべりしている一人の女子生徒。そんなあの子のことを遠くから気にかけるそぶりを見せる、一人の男子生徒。目の前で繰り広げられる光景にピタリと当てはまるような人物が、あの子の周囲にもいたような気がする。


 そんな既視感の正体を考えていると、やがて俺の頭には二人の後輩の姿が思い浮かんだ。一人はあの子がクラスで一番仲の良い友達だと言っていた篠原さん。それからもう一人は、あの子に好意を抱いていたと思われる男子、高橋である。


 その二人は自分の部活のちょっとした休憩時間なんかに、俺たちの練習を見にくることがあった。吹奏楽部は合奏こそ音楽室でやるのだが、個人練習の時間はどこで練習しようが自由だったのだ。だから、渡り廊下や校舎の外で楽器を吹けば、人目につくことも珍しくはなかった。そして二人の目当てはもちろんあの子であったが、基本的にいつも俺やユーフォの後輩が一緒にいたので、お互い知った仲になるのは必然であったといえる。




 生徒名簿を確認してみたところ、篠原さんはアリア・フローレス、高橋はアラン・ルイスハーデンという名前であることがわかった。そしてアランはこの国の王子様であった。……いや、知らなかったわけではない。生徒会長として、王子が入学してくることはちゃんと把握していた。ただちょっと、高橋と結びつかないだけで。


 それより、いつもあの子の側にいるのが篠原さんだったということは、俺はもう普通にあの子に話しかけてもいいということだろうか。学院の生徒が相手だと変な詮索をされそうだが、篠原さんなら理解がありそうだ。


 ただ、あの三人がお互いを認識しているのかはわからないから、そこが気になるところではあるな。少なくとも篠原さんと高橋はあの子があの子であるとわかっているんだろうが、あの子が今の状況をどういう風に思っているのかは読み取ることができない。とすればやっぱり、うかつに公の場で話しかけるのはやめておいた方が無難だろうか。


 しかしそれならば結局どうすればいいんだという話になるが、俺はもう三人まとめて生徒会に入れてしまえばいいのではと考えた。生徒会にはラルフの他にあと二人役員がいるけれど、この学院の生徒にしては感じの良い面々であるし、全員が常に生徒会室にいるというわけでもない。この世界とは違う場所の話なんて気軽にはできないにしても、同じ境遇の人間がまとまっていれば何かとやりやすいだろう。


 そして俺は何のためらいもなく、またあの子と一緒に演奏ができるようになるというわけだ。

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