case.6-4

「先生! 先生!」

「せんせー。おーい、シスコン教師ー」

「だからシスコン教師って呼ぶなって」




 俺と篠原は慌てて振り返り、奥で書類整理をしていた先生を呼ぶ。




「なんだ、そんなに慌てて」

「おいやっぱ部長死んでるぞ」

「は?」

「ほらあの副会長! やっぱり吹奏楽部の部長さんですよ!」

「何言ってんだよ。ラルフはNPCってことになっただろ」

「そうですけど! でもこの曲知ってるなんて、やっぱり転生者としか!」




 俺たちの呼びかけに訝しげな顔をした先生は、こちらにやってくると同じように窓からリリーとラルフを見下ろした。




「まあ確かにこの曲は聞き覚えがあるけど」

「そうでしょ!?」

「でもリリーはラルフと仲が良いし、あの子がこの曲を教えだけじゃないか?」

「それはそうかもしれませんけど。でも、あの子はいつもゲーム通りのリリーとして振る舞っているし、世界観を大事にしているように思います。NPCにそのゲームのオープニング曲を教えるような真似なんてしますかね」

「トランペット吹いてる時点でゲーム通りではないけどな」

「それは言わない約束」




 約束した覚えはない。




「言われてみれば、俺の妹がそんな世界を壊すようなことするわけがないか。そもそもこの世界でこの曲を吹くつもりなんてなかったんだろうし」

「それなのについ吹いちゃってるってことは、内心ではゲームとは違う展開に結構動揺してるってことか。なんかすげー申し訳なくなってきたな。まあだからといって他にいい方法があったかっていうと、全く思いつかないけど」

「私たちは私たちにできる最善をしたんだからいいんじゃない? いくらあの子が期待していたとしても、私にはヒロインとして攻略ルートに入るとか無理」

「だろうな」

「それより結局ラルフはどっちなわけ。NPC? 転生者?」

「NPCなんじゃないかな」

「でもだとしたら……ん? ……ん!?」




 その瞬間、空気が固まった。なぜかって、篠原の疑問に答えたのは俺でも先生でもない、今までその場にいなかったはずの、全く見たこともない人間だったからだ。




「え、誰」

「お前、リオンじゃないか。いつの間に戻ってきたんだ」

「は、え、誰」




 先生はどうやらこの人のことを知っているようだが、俺はもはや誰としか言うことができない。そして篠原はというと、何か思うところがあるのか顔を驚愕に染めてあんぐりと口を開けている。おいヒロインがそんな顔していいのか。先生もさすがに驚いていたようだったが、改めてユリウスの顔をすると俺たちにその人を紹介してくれた。




「彼はリオン・バウム。この学院の生徒会長だ」

「生徒会長!?」

「!?」

「こんにちは。一応、初めましてと言っておこうか。君たちの話は聞いているよ。俺の不在でいろいろ迷惑をかけたかもしれないが、生徒会に入り、ラルフを支えてくれてありがとう」

「あ、いえ。そんな」

「そういうわけで、俺はちょっとあの子たちに混ざってくるよ」

「え、え?」




 何がそういうわけなのか全くわからないが、生徒会長はもう話すことはないとばかりに、さっさと踵を返して生徒会室から出ていってしまった。一体何なんだ。さっきから何も言わない篠原の方を見てみれば、驚いた顔のまま口をパクパクしている。本当にどうした。




「おい篠原。大丈夫か?」

「大丈夫かって、むしろ高橋はあの人見て何も思わなかったわけ!?」

「な、なんだよ。あの人に何かあるのか?」




 篠原が俺の両肩を掴んで揺さぶってくる。こんなに取り乱すなんてよっぽどの理由があるんだろうが、あいにく俺には全く思い当たらない。そして揺さぶるのやめろ。




「先生が知らないのは仕方ないけどお前は知ってろよ!」

「おい口が悪くなってるぞ。なんだよまさかあの人ゲームキャラなのか?」

「攻略対象4人の全てのエンディングを見ることで初めて開放される最終シナリオ! 選択肢を一つでも間違えれば即アウトの超難関ルート! そのルートに入ることで初めて登場するラスボス! 隠しキャラのリオン・バウムでしょ!?」

「は!? 俺そんなルートやってない……というか、存在知らなかったわ」

「へー、そんなルートもあるのか。でも俺、リオンが1年生のころから知ってるけど、全然ラスボスには見えないんだが」

「ええ。私も印象が違いすぎて驚いています。リオンはもっと影があるというか、闇落ちしてカトリーヌ以上にやばいことをしでかすようなやばいキャラなはずなのに、まず生徒会長やってるのがおかしい」




 そのとき、エンドレスで繰り返し奏でられていた「FAIRY NOTE」のオープニングが唐突に乱れた。思わず吹き出して変な音になってしまったような、あの子にしては珍しいミスの仕方だ。


 反射的に窓の下を覗き込むと、そこにはさっきまでここにいたはずのリオン・バウムがサックスを構えて立っている。そして何食わぬ様子で楽器を奏で出したかと思うと、リリーもラルフもとりあえず考えるのはやめたのか、やがてさっきよりもより重厚な旋律でオープニングの音楽が流れ始めた。




「オープニング、三人で演奏し出したぞ」

「三人で演奏し出したね」

「三人ともさすが、うまいな」




 俺たちは遠い目をして、しばしその音楽に聞き惚れる。しかしいつまでも現実逃避をしているわけにもいかない。今のうちに事実を把握しておかないと、何かそこはかとなく怖い気がする。




「とりあえず、その最終ルートってどんなやつなんだ?」

「まずリオンはカトリーヌの義理の兄なんだけど」

「待ってくれいきなり頭が追いつかない」




 カトリーヌの義理の兄? そんなの聞いたことないんだが。俺、確かこの前まで婚約者だったよな。違ったっけ。




「カトリーヌとリオンは遠い親戚で、幼いリオンの両親が事故で亡くなったことをきっかけに、カトリーヌの家で引き取ることになるの。でも、カトリーヌってワガママ放題の甘えたお嬢様だから、突然できた兄にいい感情を持たないのね。もともとリオンの家のほうが身分が下というのもあって、実の娘であるカトリーヌと他人であるリオンを両親が同等に可愛がるのが気に食わないっていうか」

「あー。想像つくわ」

「それで、リオンの方にも自分が部外者だという引け目があって、カトリーヌに対して強く出ることができなくて。だからカトリーヌがリオンを邪険に扱うのにも歯止めがかからなくて、リオンは精神的に追い詰められていくの」

「つらい……聞いてるだけでつらい……」

「カトリーヌとリオンは仲良くできないという事実を両親もさすがに察して、リオンはやがて別の家に送られることになるんだけど……」

「待って。その先聞くの怖い」

「新たな家ではその家の子供どころか両親からも邪険にされて虐げられて、ついに心はポッキリと折れてしまうわけ」

「あぁぁぁ。やっぱりぃぃぃ」




 カトリーヌはアランを散々振り回し、ヒロインを悲惨な目に合わせるから悪役令嬢と呼ばれるのかと思っていたが、理由はそれだけじゃなかった。俺が知らない過去にも実は、とんでもないことが行われていたようだ。いやでも待てよ。リオンの闇落ちのきっかけがカトリーヌにあるってことは。




「中身が倉田であるカトリーヌは当然、義理の兄にも完璧な外面で対応していたはずだよな。ってことは、カトリーヌが悪役令嬢じゃなかったから、リオンもラスボスにならず立派な生徒会長になったってことか?」

「そういうこと、なのかな」

「いや、それもあるかもしれないが、もう一つ重要な事実があるだろ」

「重要な事実?」

「さっきから流れているこの曲。リオンは当たり前のようにゲームのオープニングを吹いているし、何よりその前に俺たちに向かって言っていた台詞だ」




 結局ラルフはどっちなのかというアリアの問いに対する答え。リオンは確かに「NPC」であると言った。ということは、つまり。




「最初に思った通り。やっぱり生徒会長こそが、吹奏楽部の部長だったみたいだな」

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