case.6-3

 ラルフがどんな処罰を提案するかはわからないので、そこら辺の軌道修正はアリアが担うことになった。カトリーヌがやったこと(やってないけど)はわりと普通に犯罪なので、大々的に罪に問われる可能性も十分にあり得る。でも魔法省になんて引き渡してしまったら、今回のことを調べ直されてしまうかもしれない。それは非常にまずい。そんなことになったらいろいろばれて、逆に俺たちが捕まるかもしれない。


 しかし、直接的な被害者であるアリアの訴えならば、ラルフだって聞き入れてくれるはずだ。確かにカトリーヌは悪いことをしたが、あくまで内々に、学院内で処罰を。カトリーヌのためではなく、私を守るためにもぜひそうしてほしいというアリアの訴えはとても説得力がある。


 ポイントは「私のために」というところだ。いくら心優しきヒロインとはいえ、被害者のアリアがただカトリーヌを庇うと不自然になる。しかし、学院内の問題にとどめることがアリアのためになるのだという訴えならば、すんなりと受け入れやすい。そして俺たちが期待した通り、どうやらラルフはそんなアリアの考えに納得してくれたようだった。









 人払いをした教室で、カトリーヌ・ガルシアと対峙する。アラン、ユリウス、ラルフ、そしてヒロインのアリアという、ゲームの主要キャラが勢揃いしている状況に、カトリーヌはどうやら混乱しているようだ。


 まあ無理もない。あいつからすれば、最悪の結末を迎えないために悪役令嬢と呼ばれるような行動は一切せず、王子の婚約者として非の打ち所のない振る舞いを完璧にこなしていたんだからな。攻略対象たちから冷たい視線を浴びるような覚えなんてないはずだ。しかも時期としてはまだ、ゲームのストーリーは始まってすらいない。なのに一体どうしてこんな状況になっているんだか。


 しんとした空気の中で、ラルフが小さく咳払いする。そうして我らが生徒会副会長様は、淡々とした調子でカトリーヌへと語りかけ始めた。




「カトリーヌ・ガルシア。君は公爵家の令嬢として恥ずべきところのない立派な人間であり、周囲からの信頼も厚く、王子の婚約者としても申し分のない女性であると誰もが信じて疑わなかった。しかしまさか、裏であんなとんでもないことをしでかしていたとはな」

「あの、おっしゃっている意味がよく、わからないのですが……」

「残念だが、とぼけても無駄だ。君はアランとアリアの仲を必要以上に邪推し、嫉妬した。まあ、百歩譲ってそれはいい。アランとアリアの間に友情以上の感情はないとはいえ、二人の時間が増えていたのは事実だからな。アランがアリアにヴァイオリンを教えていたというのは聞いているし、俺も二人にはいろいろ生徒会の仕事を振ってしまった」

「た、確かにアリアさんに対して嫉妬の感情がなかったといえば嘘になります。しかし、」

「しかし、その後が問題だった。君がアランと誠実に向き合ってさえいれば、アランが君のことを婚約者として大切に扱っていることは一目瞭然だったはず。だが、君はそんなアランのことを信用せず、アリアのことを完全に敵視するようになってしまった」

「何を、言って……」

「他人の感情を増幅する魔法具を備品室から盗み出し、君を慕う友人たちに使用してアリアへの憎悪を煽った。アリアはいつも笑顔で生徒会の仕事をこなしてくれるが、さすがに日に日に元気がなくなっていったよ。君が差し向けてくれた女子生徒たちのおかげでね」

「そんなっ、私は、そのようなことは全く……!」

「おっと。おとなしくしてね」




 そんなことはしていないと今にも暴れ出しそうなカトリーヌを、先生が背後から取り押さえる。そんなカトリーヌの様子にアリアがビクッと体を震わせたので、俺は彼女を気遣うように背中に手を添えた。はい、名演技。悪役令嬢は何をやっても悪役令嬢でしかなく、メインヒーローは結局ヒロインを取るのだ。そんなどうしようもなくつまらない、夢も希望もない現実にショックを受けるがいい。


 お前は実際うまくやったと思うよ、倉田。でもな。この世界に転生したのが一人だけとは限らなかったっていうのは大きな誤算だったな。人生そううまくはいかないもんだ。見に覚えのない罪で非難の視線を浴びせかけられるのはさぞつらいだろうが、それも身から出た錆だと思って甘んじて受け入れてくれ。お前が今のような真っ当な振る舞いを前世でもしていれば、きっとここまで大掛かりなことにはならなかったんだから。



「学院の物を無断で持ち出したのは立派な窃盗、魔法具で他人を操る行為は一種の洗脳と言えるし、一人の人間を敵と定めて大人数で攻撃するなんて言語道断。しかもその攻撃に関して、直接的には自分の手だけは汚さないときた」

「違う。私はそんなこと、していない!」

「言いたいことはそれだけか。否定の言葉しか出てこないとは、情状酌量の余地もないな、カトリーヌ・ガルシア。残念ながら君のような人間を、これ以上この学園に置いておくことはできない。本日付で退学処分を命じる。荷物をまとめて出ていきたまえ」

「っ……」




 副会長の言葉に茫然自失となるカトリーヌ。追い打ちをかけるようで悪いが、一応俺からも直接言葉をかけておきたい。結局ずっと俺だと気づかずに、まだワンチャンあるかもとか思われても困るからな。


 だから俺はゆっくりとカトリーヌに歩み寄り、高橋紘として倉田麗奈へと小さな声で呟いた。




「悪いな。お前が邪魔なんだ。消えてくれ……倉田」




 こうしてカトリーヌ・ガルシアは学院から去り、俺との婚約も破棄される運びとなった。突然の退学通知でしばらくは学院もざわついたが、そこはさすが貴族が集まる場所というかなんというか。皆あまり余計な詮索はしたくないようで、問題が表面化することはなかった。


 退学が決まったのが3学期というのもよかったのかもしれない。卒業シーズンは何かと忙しいし、学校なんて新年度になればガラッと空気も変わるからな。俺たちは人が一人消えた学院で何事もなかったかのように日常を過ごし、何事もなく2年生へと進級したのだった。









 ある日の放課後。アリアは生徒会室の窓から中庭を見下ろし、リリーがトランペットを吹くのを眺めていた。しかし、なぜだか知らんが遠い目をしている。これはどう見ても大好きな親友を眺める顔ではない。一体どうしたというのか。




「篠原。変な顔してどうした」

「いや。あの子が吹いてる曲さ、なんか聞いたことない?」

「ん?」




 風に乗って流れてくる音色に耳を澄ます。すると確かにその旋律には聞き覚えがあった。




「これってもしかして、『FAIRY NOTE』のオープニングか」

「そう。あの子さっきからずっとエンドレスであれ吹いてる」

「へー。なにか問題あるのか?」




 ゲームの中でゲームのキャラクターがゲームの音楽吹いてるなんて完全にメタである気がしなくもないが、別に悪いことではないはずだ。これは本当にもともとこの世界にある曲で、誰でも知ってるという可能性もなくはないし。


 ……いや、ないな。他の人が演奏してるのとか聞いたことないし、楽譜とかも見たことない。やっぱこの曲知ってるのは現世でゲーム知ってるやつだけだわ。




「あの子はこのゲームが大好きだったでしょ。だからそんな世界に転生したと知って、ゲームのシナリオを生で見れる、体験できるってわくわくしてたんじゃないかと思うわけよ」

「まあそうかもな」

「でももうゲームのシナリオ終わっちゃったじゃん」

「俺らで勝手に終わらせたもんな」

「時期的に考えて、本来ならこれからゲームが始まるはずだったわけで。そんなタイミングで、あの子今どんな気持ちでオープニング曲吹いてるんだろうって思うと、なんかさ……」

「ああ……」




 篠原の言わんとすることを理解し、俺も思わず遠い目になる。あの子からすれば「なんとなくアランルートっぽい展開で悪役令嬢が断罪されたけどアランとアリアがくっつく様子はないし、そもそもゲーム開始は2年生だったはずなのになんかもう本編終わってしまったんだけど。これから何するの」って感じだろう。本来のゲーム開始のタイミングである今、オープニング曲を延々と吹き続けているあの子の胸中やいかに。


 何とも言えない気持ちでそんなことを考えていると、そのオープニング曲にハモるようにして新たな音色が加わった。いつの間にやらラルフがやってきて、リリーと一緒に演奏している。知らない曲でもすんなり演奏に混ざれるなんて、さすがは副会長だな。表現やフレーズ感、どこをとってもリリーの演奏と完全に調和しているし、ちょっとした合いの手までこなしている。マジかよ。知らない曲をここまで完璧に吹けるなんてどんだけ超人なんだよ。


 そう、完璧。完璧……いや、ちょっと完璧すぎないか。さすがの副会長でも無理だろ。どう考えてもこれは曲を知ってるやつの演奏だ。どういうことだ。まさか副会長は知ってるのか。このゲームのオープニング曲を。




「ねえ。この曲知ってるのって、このゲームを知っている人だけだよね」

「そうだな」

「そういえばあの子、吹奏楽部の空き時間にゲームの曲とかアニソンとか吹いて気分転換してるって言ってたわ」

「大事だよな、気分転換」

「あの子と同じ楽器の人とか、あの子を可愛がってた部長さんとかなら、きっとあの子が吹いてたいろんな曲を耳にしてただろうね」

「……」




 リリーと楽しそうに演奏する副会長の姿が、再び例の吹奏楽部部長と重なる。


 おい。やっぱりあの部長、死んでんじゃねーのか!?

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