case.6-2

 音楽祭当日はアリアとリリーと演奏を満喫し、最後にダメ押しでカトリーヌの取り巻きたちに絡まれるという布石を打って、その翌日を勝負の日とした。先生にラルフが通りそうな経路を絞り込んでもらい、目に付きそうな場所でスタンバイする。お通夜状態の空気を保ったまま待ち続けるというのはなかなか苦行だったが、それもこれもラルフを完璧に騙すだめだ。


 あ、騙すって言っちまった。違う違う。ラルフに味方になってもらうため、だ。やってることがやってることなので、せめて言葉選びだけでもいい感じにしておきたい。


 そしてそんなことを考えているうちに、ついにラルフはやってきた。




「先生、何かあったのですか」

「ラルフか。それがちょっと厄介なことになってね」




 リリーのおかげで、ラルフは完全にアリアを心配する体勢になっている。ラルフにどのように説明するかは、この日のために打ち合わせ済みだ。まずはアリアから事情を打ち明け、途中で耐えきれなくなって言葉を詰まらせる。そうやってことの悲惨さを演出しつつ、言葉を引き継いだ俺がカトリーヌという婚約者の存在について深刻に語る。


 だが、ここで焦ってはいけない。俺はこれでも思慮深く、笑みを絶やさず、常に民のことを思っている素晴らしい王子様ということになっている。中身がどうあれ、こんな大層な肩書を持っている以上、婚約者のことだって当然尊重し、大切に扱わなければならない。アランはカトリーヌのことを信じており、今回のことはあくまで悲しいすれ違いなのだ。アリアへの攻撃も、カトリーヌの友人が彼女を慕うあまりに暴走してしまっただけ。


 だからアランは言葉を尽くし、礼を尽くし、婚約者に誠心誠意向き合う姿勢を見せる……という練りに練った設定を、あたかも事実であるかのようにラルフに訴える。真剣に話を聞いてくれているラルフを見ると、正直心が痛くなる気がしなくもない。だが事前準備の甲斐もあって、ラルフは俺たちの言葉を疑うことなく受け入れた。




「これからどうする。俺に何かできることはあるか」

「そうですね……とりあえずもうすぐ冬休みなので、実家に帰ればアリアは安全です。その間に改めて、カトリーヌ嬢と腰を据えて話してみたいと思います。カトリーヌ嬢の友人たちの行動は、純粋にカトリーヌ嬢を慕ってのもの。誠心誠意、正直な気持ちを伝えればきっとわかってくれると思うのです」

「そうだな。平和的に解決できるならば、それが一番いい」




 ラルフの優しげな表情に、また心が痛くなる。ごめんなラルフ。悪いが、冬休みにカトリーヌとじっくり話し合いなんてする予定はない。まあ大切な婚約者なので、カトリーヌの家に顔を出して挨拶くらいはするが、それだけだ。一応そこでちゃんと会話はするので、完全に嘘とは言い切れない。なんて逃げ道を作る俺を許してくれ。









 新学期。いよいよ計画も最終段階だ。これまでのことはカトリーヌが裏で糸を引いた結果であり、全てはカトリーヌの悪意によるものだという事実をついに明かさなければならない。ここで失敗すると何もかもが水の泡となってしまうので緊張するが、学院で久しぶりに会ったラルフは真っ先に俺に冬休みのことを尋ねてくれた。どうやらずっと心配してくれていたようだ。もう完全に俺たちを信じて、味方でいてくれるのだということが伝わってくる。


 なんか本当、ごめん。実際はカトリーヌにできる限りの言葉なんて尽くしてない。でもこれで最後だから。そして結果的にはこれがリリーの前世の敵討ちになるから。




 そんなこんなで冬休みが明けてから数日後、アラン(俺)、アリア(篠原)、ユリウス(先生)、ラルフ(NPC)が偶然(?)生徒会室に集まった。今こそ絶好のタイミングだ。


 先生が俺と篠原にアイコンタクトを送る。俺たちは小さく頷き、内心で気合を入れた。




「アラン、カトリーヌ嬢との話し合いはうまくいかなかったようだね。どうやらアリアへの嫌がらせは続いているらしい」

「俺は、誠意を持って彼女と向き合ったつもりなのですが……」

「君はできる限りのことをやったと思うよ。しかしここで残念なお知らせがあります」




 他人の感情を増幅する魔法具というものを見つけたのは本当に偶然だった。それもこれもカトリーヌがわざわざ乗り込んできてくれたおかげだと思うと、なんとも皮肉な話だ。普段ならなかなか入らない備品室に、わざわざ先生を連れ込んだのが悪い。いや、それでピンポイントで効果的な魔法具を見つけてしまう先生のほうが凄いのか。


 最初はカトリーヌが取り巻きに命令して、無理矢理アリアに嫌がらせをさせていた、という筋書きを考えていたのだが、正直これだとインパクトが弱い。ゲーム通りなら嫌がらせに暴力、アリアは散々ひどいことをされるから十分すぎるほどインパクトがあるのだが、今回はそこまでしてないからな。へたすると厳重注意くらいで済んでしまう可能性もある。


 でも、相手の意思に関係なく、魔法具で操って悪さをしたということなら、それは相当悪どい所業だ。悪いのはカトリーヌただ一人ということになるし、窃盗に悪意ある魔法具の使用と、処罰の理由もいろいろ付けやすい。結果的にではあるが、カトリーヌのおかげで申し分ない筋書きが完成したというわけだ。




 カトリーヌが備品室で先生と話していたときに、とある魔法具に目を付けた。そんな根拠も証拠もない話、普段のラルフならばすぐには鵜呑みにせず、まずは事実確認から始めたかもしれない。しかし俺たちはこれまで何重にも布石を打ってきた。アランとアリアの交流。嫌がらせをうけ憔悴するアリア。アリアを心配するリリー。これらの行動が「カトリーヌは嫉妬している」という事実に説得力を与え、しかしそれでも最後まで婚約者を信じたアランは、結局裏切られる形となって絶望する。


 いくら真面目な副会長といえど、絶望中のアランに正論を振りかざすような真似はしないだろう。そんな思惑は当たり、俺たちは見事ラルフの同情を買うことに成功した。あとはカトリーヌを排除する流れに誘導するだけだ。




「処分はどうする。俺が生徒会長代理として魔法省に連絡して、すぐにでも婚約者殿の身柄を引き渡してもいいが」

「そう、ですね。こうなってしまった以上、しかるべき処置をしなければ」

「待ってください!」




 さて、俺たちはずっとカトリーヌ排除のために動いてきたわけだが、排除とは具体的にどういう状態を指すのか。ゲームでは打ち首、投獄、国外追放といったパターンがあったのだが、さすがにそこまでは求めていない。いくら前世であの子に嫌がらせをしていたとはいえ、死んでほしいとまでは思っていないからな。国家規模で罪に問うのもかわいそうだし。


 あの子が好きだと言ってる割には手ぬるいと思われるかもしれないが、実はそもそもあの子自身がそんなに気にしていなかったのだ。もちろん、何かにつけてつっかかってくる倉田を鬱陶しいとは思っていただろうが、あの子は興味の無いことに対しては無関心なところがあった。あの子にとっては嫌がらせなんて、アニメやゲームに比べれば取るに足らないことだし、倉田の相手をするくらいなら、吹奏楽のことを考えていた方がよっぽど有意義だと思っていたに違いない。


 まあ、自分にとっての利益を天秤に掛けた結果、俺からは距離を取った方が賢明だという判断になったようだったのは悲しかったが。いや、倉田がいないところでは普通に接してくれてたから希望はあるはずだ。多分。




 とにかく、実際は本人より周囲の俺たちの方がよっぽど気にしていたわけだが、当の本人が無関心を貫く以上、変に手出しをするわけにもいかない。関心を示さないことで倉田を余計苛つかせたのは間違いないはずなのだが、それでも気にしない姿勢を崩さなかったということは、よほど倉田に興味が無かったのだろう。


 まあ、あの子は吹奏楽部内ではかなり可愛がられていて、味方になってくれる人間がたくさんいたというのも大きかったと思う。特に吹奏楽部部長の鉄壁の守りは凄かった。本人には守っているつもりなんてなかっただろうが、部活の時間外でも一緒に演奏したがってよくあの子の側にいたから、結果的に最強のセコムになっていたのだ。


 妹の危機にも関わらずあのシスコン教師が静観していた理由もここにある。いくら自分本位なところがある倉田とはいえ、さすがにあの先輩と一緒にいるあの子にどうこうすることはできない。あの人はただの音楽バカなわけではなく、成績優秀、運動神経抜群なんてハイスペックを誇っていたため、男女問わず一目置かれていたからな。あの子は意図せず、ヒエラルキーの上位に君臨するような先輩の庇護下に入っていたというわけだ。


 だからあの部長の目が届かない教室こそが、倉田にとってあの子に最もちょっかいを出しやすい場所であり、そんな倉田の様子を何度も目撃する羽目になった俺や篠原の方が、よっぽど倉田に負の感情を募らせてしまったわけだが……まあとにかくそんなわけで、俺たちは話し合いの末、カトリーヌの学院退学を最終目標として定めることにした。学院からさえいなくなればそうそう会うことはなくなるだろうし、俺の婚約だって自動的に破棄の流れになるはずだ。


 このことによってカトリーヌの経歴に傷は付くが、人生が破滅するほどのことではないと思うし。ここがいい落としどころだろう。

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