case.6-1
全く悪事を働いていないカトリーヌ・ガルシアをどうやって排除するのか。先生の考えは至ってシンプルだった。本人が悪いことをしないのならば、悪事をでっち上げればいいのだ。……うん。一体何を言っているんだとは思う。仮にも教師が考えることじゃないし、王子がやるようなことじゃない。でも仕方がないよな。他にいいアイデアがあるわけでもないんだから。
ゲームだとカトリーヌは、自分を差し置いてアランと親密になるアリアに嫉妬し、陰湿ないじめを行うようになる。学院でそんなことをしていればすぐに誰かに気づかれそうなものではあるが、カトリーヌも身分の高い貴族令嬢だけあって頭は回る。アリアと直接対峙するときは絶対に人がこない場所で。少しでもリスクがある場合は自分は出向かず取り巻きたちを差し向けて。徹底的に対策を講じた上でアリアを追い詰めるのだ。
しかも、多少他の生徒に感づかれたところで、次期国王の婚約者であるカトリーヌに身分で敵う者はそうそういない。むしろそれはそれで牽制になるわけで、そんな計算づくで事態は動き続ける。せっかく知能が高いならもっと他のことに使えよって感じだよな。
で、そんな悪役令嬢の振る舞いをこの現実で再現するにはどうするか。先生の計画を簡単にまとめると、だいたいこんな感じだ。
①アランとアリアの親密ぶりをアピールして、カトリーヌの嫉妬心を煽る
②心が素直になる精神魔法をカトリーヌにかけ、取り巻きたちへ気持ちを吐露させる
③心が素直になる精神魔法を取り巻きたちにもかけ、アリアへの憎悪を煽っていじめに発展させる
④アリアが落ち込んでいる様子を見せつけ、ラルフに心配させる
⑤ラルフを味方につけ、カトリーヌを排除する流れに誘導する
人の心に作用する魔法なんて高度すぎて簡単にはできないが、学院で天才の名を欲しいままにした先生にかかれば造作もない。遠くからちょっとヴィオラを奏でるだけで、カトリーヌたちは面白いくらいに自分の心に嘘をつけなくなった。まあ、その効果のせいで本人が生徒会室に乗り込んできたという話には驚いたが、偶然先生しかいなかったおかげで問題にはならなかったし、ちょうどいい魔法具も見つかった。ラルフを抱き込むための方便にも説得力が出たので結果オーライだ。
そう。そのラルフこそがある意味、今回の計画において一番やっかいな存在だった。生徒主体の学院において、最高権力を持つのは生徒会長であるといっても過言ではない。もちろん教師や学院長、偉い人間なんて上を見上げればいくらでもいるのだが、学院内のことに限ればだいたいのことは生徒会に委任されている。つまり、生徒会長不在の今、副会長であるラルフの手に全ての権限が委ねられているというわけだ。
ラルフが黒と言えば黒だし、カトリーヌが罪を犯したと言えば当然、学院側はその言葉を信用する。そこに先生の口添えも加われば、改めて裏取りするなんてこともないだろう。ラルフがカトリーヌの悪事を確信した時点で、俺たちの勝ちは決まるということだ。
しかし、さすがは「真面目×天然」が売りの攻略対象と言うべきか。いじめの準備(?)が整ってからというもの、ラルフの目の届く範囲でアリアは項垂れたり、あからさまにため息をついたりといろいろしていたのだが、ラルフはなかなか踏み込んできてくれなかった。何かあったのかと一言聞いてくれればこちらも話しやすいのに。なかなか進展しない状況に、ついに篠原が頭を抱えてぶつぶつ何か言い出した。
「好感度……メニュー画面どこ……」
「何言ってんのお前」
「好感度が……足りない……」
「好感度?」
「ラルフルートでは……特定の場面で好感度が足りてないと……いじめに気付いてもらえなくてバッドエンド……」
「あー……」
心優しく健気なアリアは、嫌なことがあっても笑顔で頑張ってしまう。だから何かあったのではとラルフに自発的に思ってもらうには、ゲームでいうところの好感度パロメーターをそれなりに上昇させないといけないわけだ。そしてラルフルートをプレイしていない先生は、残念ながらこのことを知らない。
「でも下手に好感度上げてマジでラルフルートに入っちゃったら、それはそれで困るだろ。というかむしろ、一緒にトランペット吹いたりしてるリリーの方がラルフの好感度上げてね?」
「確かに。あんまりあの子を巻き込みたくないけど、方針変えるしかないかな……」
リアリティを出すために、アリアへのいじめは本当に行われるようにしている。もちろん大事になっては困るので、先生の監修の下ではあるが。監修の下のいじめってなんだ。白々しいな。精神魔法、何でもできすぎて怖い。
とにかく、実際にそういうことが起こっているということはあまりリリーには知られたくなかったが、こうなるともう、ラルフに心配してもらうにはリリーを経由するしかなさそうだ。まだゲーム開始時期ではないが、あの子なら何かしらシナリオが進行しているということは察してくれるだろう。そしてリリーがアリアを心配していれば、さすがのラルフも何かがあったと気付いてくれるに違いない。
もしラルフも転生者であるのなら、話はもっと簡単だった。実際、俺と篠原は、ラルフの中身が高校時代の吹奏楽部部長なのではないかと疑ったのだ。音楽バカなところや、あの子を可愛がる様子なんかがすごく似ていたからな。でも先生的には、あの部長が転生しているとすればそれは、現生徒会長である線の方が濃厚らしい。ラルフの前の生徒会長なんてゲームには出てこなかったし、この世界でもまだ会ったことがないからどんな人なのかは知らないが、先生が言うならきっとそうなんだろう。
しかもさらに言えば、部長はそもそも死んでない説すらあるようだ。うん。正直この件に関してはこれ以上探りようもない。ラルフに変なことを聞いて疑われても困るし、とりあえずラルフはNPCであるという前提で動くということで意見は一致した。
さて、リリーにアリアの現状を察してもらうにはどうすればいいか。アランとアリアの親密アピール大作戦のせいでリリーがアリアと過ごす時間が減っているため、まずはこれをどうにかしなくてはならない。そこで俺たちは、音楽祭を口実にリリーとの時間を増やすことにした。ルートによってはアリアと攻略対象が二人で演奏するのだが、三人で演奏するというのも悪くないだろう。俺個人としてもあの子と仲よくできる口実ができてラッキーである。
「まさかアリアとアラン様と一緒に演奏できるとは思っていなかったので、とても嬉しいです」
「俺もリリーと演奏してみたいと思っていたので、本当に嬉しいですよ」
「私もずっとリリーと演奏したかったの。音楽祭が今から楽しみね!」
生徒会の仕事は忙しかったが、時間を見つけてはリリーと合流して練習を重ねる。
「アリア、いつの間にかそんなにヴァイオリンの腕を上げたのね」
「リリーと一緒に演奏しても恥ずかしくないように、たくさん練習したの」
女の子たちがきゃっきゃうふふと戯れている様子はなんとも眼福だ。しかし、アリアはふとした拍子に暗い表情をするのを忘れない。不自然でないように。まるで、思わず嫌なことを思い出して無意識に表情に出てしまったかのように。
なんて演技派なんだ、篠原。俺、お前がそんな熟練した技を見せてくるとは思わなかったぞ。まあ、俺たちはずっとゲームのキャラクターを演じ続けているようなものだから、自然と身についてしまった技能とも言えるか。カトリーヌの取り巻きたちに呼び出される様子もさり気なく見せたりしているし、ゲームが動いているという事実がきっとあの子にも伝わっただろう。これでうまいことラルフの興味を引けるといいんだが。
そうして音楽祭が近づいてきた頃。もくろみ通りというか何というか、ラルフがついにリリーを心配して踏み込んだ質問をした。なぜ知っているかというと、俺たちにはリリーのストーk、いや、愛する妹を見守るためなら手段を選ばないアホな兄貴がついているから、とだけ言っておこう。
とにかくこれでようやく、ラルフをこちら側に引き込むための準備が整ったというわけだ。ラルフ自身が何かおかしいと気づいたことで、俺たちがこれから明かすでっちあげの事実をすんなりと受け入れやすくなったはずだからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます