case.5-4

 新学期。もしかしたら会長が戻ってきているのではないかと少し期待したが、相変わらずあの人は魔法省で仕事をしているようだった。まさかこのまま卒業せずに就職する気だろうか。気になっていたアランの方は、「できる限りの言葉は尽くしましたが、わかってくれたかどうかは……」と不安そうな様子。どうやら目に見えた成果は出せなかったようである。これはもう駄目なのではないだろうか。


 アランはなんとか大事にならないようにと頑張ってきたのだろうが、アリアは相変わらず元気がない。アリアの元気がないとリリーも元気がない。アランと婚約者殿の問題に口を挟むのもどうかとは思うが、ここまでくればもう他人が介入してしまってもいいのではないだろうか。でないと、婚約者殿の友人たちのアリアへの攻撃はどんどんエスカレートしていくような気がする。




 かなり迷ったが、ちょうど生徒会室にアラン、アリア、ユリウス先生が集まっているときがあったので、タイミングを見計らってこれ以上は見過ごせないと三人に伝えることにした。しかし、俺が口を開く前に、先生が深刻な表情で口火を切った。




「アラン、カトリーヌ嬢との話し合いはうまくいかなかったようだね。どうやらアリアへの嫌がらせは続いているらしい」

「俺は、誠意を持って彼女と向き合ったつもりなのですが……」

「君はできる限りのことをやったと思うよ。しかしここで残念なお知らせがあります」

「?」




 ユリウス先生は懐に手を入れると、小さな壺のようなものを取り出した。微かに魔力を感じる。なにかの魔法具だろうか。




「これは、他人の感情を増幅する魔法具だ」

「感情を増幅?」

「この魔法具に魔力を込めながら言葉を発すると、その言葉には魔力が宿る。魔力が宿った言葉で話しかけることによって、相手の心を揺さぶるんだ。例えば、他人からちょっと悪口を言われたところで、普通の人間なら理性的に受け流す。しかし、魔法具で魔力を乗せた言葉での悪口だと、言われた相手は我慢ができない。烈火のごとく怒り狂うか、あるいは死ぬほど落ち込むか。反応は人それぞれだろうが、とにかく理性より本能が上回るっていう感じかな」

「それってもしかして、他人を操ることもできるのでは……?」

「そこまで万能ではないけれど、うまくやればそういう使い方もできるだろうね」




 ユリウス先生が、手に持っていた壺をコトリと机の上に置く。小さくて可愛らしい見た目だが、今の話を聞いた後だとおどろおどろしいものを感じてしまう。しかし、気になるところは別にある。なぜ先生は今このタイミングでこんなものを俺たちに見せたのか。




「それで、残念なお知らせとは?」

「この魔法具、学院の備品室に保管してあったんだけどね。実はもう一回り大きなサイズのやつもあるんだ。これは小さいから一人の相手にしか効果が無いけど、もう一つのやつなら複数の人間に同時に使うことができる」

「なんでそんな怖い道具がそんなところに置いてあるんですか」

「ここはそれなりに歴史ある学院だからね。古い道具の管理も、実は生徒会の仕事だったりするんだよ」

「あの、すみません。私、備品室はただの物置だとばかり思ってました」

「俺もです」

「二人はまだ1年生だし、詳しくは教えてなかったから仕方ないね。ラルフは生徒会長から何か聞いた?」

「そういえば、備品室には面白いものがいろいろあると言っていました。備品のリストも持っていたような気がします。しかし、それに関して特に何かするよう言われたことはありませんし、正直気にしたことがありませんでした。会長も、備品が紛失しなければいい、くらいのスタンスだったと思います」

「まあ管理が仕事とは言ったけど、誰がチェックするわけでもないしね。会長のスタンスで問題ないと思う。少なくとも、今まではそれで問題なかった」

「引っかかる言い方しますね」

「あんな物が散乱した倉庫みたいな場所から何かを盗っていく人なんて、少なくとも今まではいなかった。しかし、生徒会長不在が災いしたのかな。さっき言った、この壺より一回り大きいやつ。無くなってる」

「ま、まさか。それがカトリーヌ嬢の仕業だと……?」




 恐る恐る尋ねるアランに、ユリウス先生は難しい顔で頷く。これはなんというか。思っていたよりも深刻な事態なのではないだろうか。しかし、アランとアリアだって知らないことを、その婚約者殿が知っていたというのもおかしい気がする。それを指摘すると、先生は申し訳なさそうに話し出した。



「実は、カトリーヌ嬢がここに乗り込んできたことがあって」

「ここにって、生徒会室にですか?」

「あー。正確に言うと、目の前の廊下でうろうろしてたから声を掛けたんだ。そしたらアランについて相談したいことがあるって。人に聞かれたくないからって、備品室で話すことになって」



 偶然そのときはユリウス先生しかおらず、婚約者殿はアランやアリアに対して思っていることをいろいろと先生に話したらしい。それはだいぶ嫉妬が滲んだものだったようで、そんな話を聞かされたのなら、心配した先生がアランやアリアに親身になるのも頷ける。そしてそのときに備品室にはいろんなものが転がっていると知ってしまった婚約者殿は、使えるものがあるのではと魔法具について調べたというわけか。



「カトリーヌ嬢は魔法具を使って、心の内を友人たちに打ち明けた。彼女のことを純粋に慕っている友人たちは、カトリーヌ嬢が心を痛めている様子を見ていられず、その原因であるアリアへの怒り抑えられなくなってしまった。そうして、ついにはアリアに直接攻撃が向かうようになった。といったところかな」

「つまり全ての元凶は婚約者殿であり、友人たちの意思によるものではなかったということか」

「まさか彼女がそんなことを……」




 これはあくまで友人たちの暴走であり、婚約者殿からうまいこと話してもらえば解決する話だと俺たちは思っていた。しかしそもそも前提が違ったようだ。悪いのは婚約者殿であり、全ては婚約者殿の思惑通りだったという事実に、アランは頭を抱えてうなだれてしまう。学院の物を盗んで他人を操り誰かを傷つけるなんて、これは立派な犯罪だ。そしてそんな大それたことを次期国王の婚約者が行ったのだ。そんなことが国民に知れればと思うとうなだれるのも無理はない。




「処分はどうする。俺が生徒会長代理として魔法省に連絡して、すぐにでも婚約者殿の身柄を引き渡してもいいが」

「そう、ですね。こうなってしまった以上、しかるべき処置をしなければ」

「待ってください!」




 魔法省には会長もいることだしちょうどいいかと思ったのだが、意外にも被害者であるアリアが異を唱えるかのように声を上げた。




「確かにカトリーヌ様は許されないことをしてしまったのかもしれません。しかし、どうか穏便に済ませることはできないでしょうか」

「ふむ。俺は、罪は罪としてきちんと裁くべきだと思うが。嫌がらせの元凶を庇うなんて、アリアは優しすぎるのではないか?」

「いえ、優しいだなんて。私はただ、カトリーヌ様が裁かれることになれば、その理由が世間に公表されることになると思って。そうすれば私まで噂の中心になってしまうのではないかと心配になっただけで、決して綺麗な理由で庇おうとしているわけではないのです」

「なるほどそういうことか。言われてみれば、この件を公表することによって、アランとアリアの関係についてあらぬ噂が立たないとも言い切れないな」

「俺だけならともかく、アリアに負担を強いるようなことだけはしたくありませんね」

「では、魔法省には連絡せず、あくまで学院の問題として裁くのがいいかもしれない」

「法の下ではなく、校則の下で裁くということでしょうか」

「そう。校内の問題として片づければ、公表するのは『学院で保管している魔法具を盗み、悪意を持って使用した』というふわっとした情報だけで十分だし、教師の俺と副会長のラルフが彼女を悪だとはっきり断じれば、それ以上深く詮索されることもないだろう」




 俺と先生の発言力はこの学院ではそれなりに効力を持つはずなので、それなら確かに余計な詮索をされずに婚約者殿を裁くことができそうだ。もちろん当事者である友人たちには真実を話す必要があるだろうが、それによってアランとアリアの仲が疑われるような噂が広がるなんてことはないだろう。なんたって、彼女たちもまた被害者なのだから。









 それからのことはあっという間だった。人払いした教室に婚約者殿を呼び出し、彼女の悪事を淡々と告げる。魔法具の盗難。悪意を持った使用。アリアへの嫌がらせ。


 婚約者殿の顔は驚愕に染まり、そんなことはしていないと喚き出す。暴れられては困るので、ユリウス先生が拘束する。そしてアランが彼女の元へと歩み寄り、小さな声で何かを告げた。なんと言ったかは聞こえなかったが、アランのあんな冷たい目は初めて見る。婚約者殿のことを最後まで信じようとしていただけに、こんな裏切りを受けてさすがに怒りを抑えられなかったか。


 そんなアランの様子がよっぽど恐ろしかったのか、婚約者殿はついに気を失ってしまった。




 そうして学院はカトリーヌ・ガルシアに退学の処分を言い渡し、アラン・ルイスハーデンとの婚約も解消されることになったのだった。

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