case.5-3
「庶民という身分でこの学院に入学した私は、あまり歓迎されていないような視線を周囲から受けることがよくありました。でも、リリーがいつも私と一緒にいてくれたので、直接何かをされるということもなく、私はむしろ楽しい学院生活を送れていると思っています」
「ふむ。君とリリーは仲がいいな」
「はい、とても。ただ、それが少しずつ、崩れてきてしまっていて。あ、リリーとの関係が、ではありませんよ。リリーと私は相思相愛です!」
「あ、ああ」
「実は、私がヴァイオリンを弾いてみたいと思えたのはリリーのおかげなんです。庶民の私からすると楽器の演奏はどこか遠い世界のお話のようだったので、リリーがいなければきっと演奏しようという発想すら浮かびませんでした。だからこそ、リリーと共に演奏できるように、隣に立っても恥ずかしくない自分になれるように、貴族の方たちに負けないくらい演奏が上手くなりたいと思うようになりました」
「確かに、リリーの演奏技術は入学当初から飛び抜けていたから、初心者ではついていくのが難しいだろうな」
「そうなんです。それで私、同じ楽器の奏者であるアラン様にお願いして、ヴァイオリンの指導をしていただくようになりまして。今回の音楽祭でリリーと一緒に演奏できるレベルまで上達したのも、アラン様に教えていただいたおかげなんです」
「そうか。本当にあれは良い演奏だったと思う。俺も一緒に演奏したかったくらいだ」
「ありがとうございます。ただ、アラン様に教えていただくという行為には、思わぬ副作用があったようで……」
「副作用?」
アリアはそこで言葉を区切り、暗い顔で俯いてしまった。それを見たアランは気遣うような視線をアリアに向け、やがて厳しい表情で言葉を引き継ぐ。
「俺には親が決めた婚約者がいます。名前はカトリーヌ・ガルシア。いつも俺のことを気にかけてくれる聡明な女性です。そう、彼女は決して悪い人間ではありません。しかし、俺がアリアと過ごす時間が増えるにつれて、どうも様子がおかしくなってきているようで」
「どういうことだ?」
「アリアが俺を好いているのでは。俺がアリアに心惹かれているのでは。そんな疑いを持つようになったというか。もちろんアリアは大切な友人ですが、それ以上でもそれ以下でもありません。ただ、生徒会に入ってからはさらにアリアと行動することが増えたのも事実で、それがより一層彼女の疑惑を深める原因となってしまったようでして」
「カトリーヌ・ガルシアがアリアに嫉妬している、ということだろうか」
「そういうことだと思います。そして彼女は、よく一緒にいる友人たちに胸中を打ち明けたのでしょう。彼女の思いを知った友人たちは、カトリーヌ嬢の心を痛める元凶であるアリアを敵と見なし、攻撃的な態度を取るようになってしまいました」
「まさか、最近アリアの元気がなかった理由は」
「カトリーヌ嬢の友人たちによる陰口。嫌がらせ。さすがに直接的な暴力を振るうようなことはこれまではなかったようですが……」
そこまで語ったアランは、難しい表情で口を閉ざす。そんなことになっていただなんて、俺は欠片も気付かなかった。正直なところ、アランとアリア、そしてユリウス先生の仲がやけにいいような気がすることに違和感は感じていた。三人はふと気付くと何かを話し合っているようだったし、お互い気の置けない関係であるように見えたから。
しかし今の話から察するに、もしかしたらカトリーヌ・ガルシアとその友人たちへの対応に困った二人が、先生に相談を持ちかけていたのかもしれない。これまで大事にならなかったのは、先生が裏からどうにかしてくれていたから、ということだろうか。
「『暴力はこれまではなかった』、か。意味深な言い方だな」
「音楽祭で大勢の前で一緒に演奏したのが気に障ったのでしょうか。演奏後、アリアが一人でいるところを見計らい、カトリーヌ嬢の友人たちがアリアに詰め寄ったようです。偶然俺が気付いたため騒ぎにはなりませんでしたが、今にも手が出そうな雰囲気でした。あのまま俺が来ていなければもしかすると、平手打ちくらいはされていたかもしれません」
「今回は本当にギリギリだったということか」
「ええ。俺はこれまで事態を収拾するため、彼女たちに言葉を尽くしてきたつもりでした。しかし足りなかった。なんとも情けない限りです」
これまで俺が気付かないような水面下で動いてきた事態が、音楽祭を機についに表に出てこようとしているわけか。アランはきっと、アリアがこれ以上傷つかないために、できる限りのことをやってきたのだろう。そんなアランに先生は協力し、アリアもアランを信じて、嫌なことがあっても笑顔で乗り切ってきたのかもしれない。
「これからどうする。俺に何かできることはあるか」
「そうですね……とりあえずもうすぐ冬休みなので、実家に帰ればアリアは安全です。その間に改めて、カトリーヌ嬢と腰を据えて話してみたいと思います。カトリーヌ嬢の友人たちの行動は、純粋にカトリーヌ嬢を慕ってのもの。誠心誠意、正直な気持ちを伝えればきっとわかってくれると思うのです」
「そうだな。平和的に解決できるならば、それが一番いい」
「はい。これでうまくいくと信じたいです。しかしもし、もしそれでも駄目だったら。そのときはまた、副会長に相談させていただいてもよろしいでしょうか。それからユリウス先生にも」
「ああ、もちろんだ」
「俺も教師として、このままというわけにはいかないからね。できる限り力になるよ」
あと一ヵ月もすれば冬休みがやってくる。確かに、じっくりと話し合うにはいい機会だろう。今すぐ二人のために俺が出来ることはなさそうだが、せめて学院にいる間はこれ以上何も起こらないよう、目を光らせておこうと思う。
2学期の期末試験を滞りなく終え、冬休みになると生徒たちはそれぞれの実家へと帰っていった。年末年始は皆、家族とのんびり過ごすはずだ。しかし俺は、どうにもアランのことが気になって仕方がない。婚約者殿との話し合いがうまくいっているといいのだが。
そんなことを考えながら冬休みを過ごしていると、なぜか突然我が家に生徒会長がやってきた。学院には来ないくせになんでわざわざ家には来るんだ。魔法省が忙しすぎて楽器が恋しくなったとか言われても知らん。それはここに来る理由にはならないだろう。
この人は優秀すぎるが故に何でも一人でこなしてしまうが、どうやら演奏は誰かと一緒にする方が好きらしい。全く、音楽のこととなるとやけにアクティブだ。その演奏相手に俺を選んでくれるというのはまあ嬉しくないといえば嘘になるが、それなら魔法省になんか行ってないで学院に来てくれればいいのに。会長ならば、現在アランとアリアが抱えている問題もうまい具合に解決してくれるかもしれない。
しかし、折角なのでその話題を降ってみると会長は「その話、どこかで聞いたことあるな」なんて言い出した。なんで聞いたことがあるんだ。こんなの、そうそうあるような話じゃないだろう。しかも何かに気づいたような顔をしたと思ったら、そのまま自己完結してしまった。会長が何を考えているのかさっぱりわからない。本当に何なんだ。そして何を思ったか俺に会長の座を譲りたいなんて言い出したので、俺はそれを丁重にお断りしたのだった。
いいから早く学院に来い。
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