case.5-2

 そんな引っかかりを何となく残しつつも月日は流れ、やがて音楽祭の時期がやってきた。これは学院行事の一つであり、毎年秋に行われる大きな規模のお祭りだ。この日は学院中がステージとなり、有志の生徒が好きな場所で思い思いに楽器の腕を披露する。学院の招待があれば一般参加も自由、屋台の出店も自由で、奏者も観客もとにかくたくさんの人間で賑わう一大イベントというわけだ。当然、生徒会も準備で大忙しである。


 しかし1年生にとっては初めての音楽祭。せっかくだから、アランとアリアには普通にイベントを楽しんでもらいたいとも思う。いろんな演奏が聴ける場でもあるので、いい勉強になるだろう。もしかするとつまらない演奏も多いかもしれないが、外部からは凄腕の奏者が来たりもする。それらを聴くのはそれだけでもきっといい経験になるはずだ。


 でも二人がいないと手が足りないのも事実。全くどうしてこんなに生徒会は手が足りないんだ。あ、生徒会長のせいか。









「あの、副会長。ご相談が」

「どうした?」




 結局はばりばり二人に働いてもらっているわけだが、意外にもそれは二人の方から提案された。




「実はアラン様と話していたのですが、私たちも音楽祭で演奏できないかと思いまして」

「二人でか?」

「いえ、できればリリーと三人で」

「なるほど」




 それはすごくいい考えだと思った。音楽祭は招待客の選別やら会場設営やら準備こそ大変だが、当日を迎えてしまえばあとはどうにでもなる。今はどうしても労働力が必要なので、十分な練習時間を取らせてやることはできないかもしれないが、それでも当日くらいは自由にさせてやることができるはずだ。ぜひともこの音楽祭で、いろんなことを吸収してほしい。


 本音を言えば、俺の方こそリリーと一緒に音楽祭で演奏をしたかったとも思う。多くの観客の前でリリーと演奏するのはさぞ楽しいことだろう。だが生徒会長がいない今、生徒会長代理として動かねばならない俺はさすがに当日のんびりするわけにもいかない。残念だが、今回は仕方がないな。




 生徒会の仕事が忙しくとも、二人は時間を見つけてはリリーと合流して音楽祭の練習をしているようだった。後輩たちが楽しそうにしている様子は見ていてとても和む。しかしたまに見かけるリリーはやっぱりどこか元気がなさそうで、俺はいよいよわけがわからない。一体何が彼女の心に影を落としているというのか。どうしても気になった俺は、ついに本人に直接聞いてみることにした。




「リリー」

「ラルフ先輩、お久しぶりです。最近はお忙しそうですね」

「音楽祭が近いからな。君たちも熱心に練習してるようじゃないか」

「そうなんです。とてもいい演奏ができると思うので、先輩も当日お時間があればぜひ見にきてくださいね」

「ああ、もちろん」




 アランとアリアとの演奏は本当に楽しいようで、その言葉に嘘は感じない。




「なあ、リリー。何か困っていることはないか」

「え?」

「ああ、いや。君は今すごく楽しそうだが、同時に何となく元気がないようにも見えてね。何かあったのかと」

「あ……」

「話しにくいことなら無理に話さなくていいんだが」

「いえ、その」




 リリーは話すかどうか迷ったようでしばらく考えていたが、やがて覚悟を決めたような顔になった。どうやら話してくれる気になったらしい。




「先輩は生徒会でよくアリアと一緒にいますよね」

「ああ、まあそうだな」

「それで、ですね。アリアのことを見ていて、何か思ったこととかありませんか」

「?」

「いい子だな、とか。可愛いな、とか」

「???」

「あ、間違えました。いつもと様子が違うな、とか。元気がないな、とか。そんな感じのことです」

「ああ。そういえば、前にちょっと元気がなさそうな感じがしたような。本人は大丈夫だと言っていたのでそれ以上は聞かなかったが」

「やっぱり」




 リリーの表情が暗くなる。リリーが落ち込んでいた原因は、やはりアリアにあったということだろうか。




「実は私もアリアの元気がないように見えるのが気になってて。本人は大丈夫って言うんですけど、でも」

「何かあったか?」

「どうにも様子がおかしいというか。何だか、一部の女生徒から嫌がらせを受けているようで……」

「何?」




 そんなこと考えたこともなかった、というのが正直な気持ちだった。アリアはいつでも明るく、いつも生徒会の仕事を真面目にこなしてくれる良い後輩だ。他人から恨みを買うような人間ではない。


 しかし確かに、貴族ばかりの学院の中で彼女は唯一の庶民の娘。異物を排除しようという心理が働くのはわからないでもない。もちろんそんな低俗なことをするやからがこの学院にいるなんて思いたくないが、リリーが嘘を言っているはずもない。俺はもしかすると、学院にはびこる悪意をずっと見逃し続けていたのかもしれない。




 リリーから話を聞いた俺はすぐにでもアリアを問い詰めたかったが、音楽祭準備も大詰めでアリアどころか生徒会役員が誰一人としてつかまらなかった。それぞれがそれぞれの仕事をこなしている。皆、とても優秀だ。まさかその優秀さを恨めしく思う日が来ようとは。結局何も聞けないまま音楽祭当日を迎えることになってしまった。まあ、当日ならば一般のお客も多いし、アリアはアランとリリーと共に行動するはずなので、おかしなことは起こらないとは思うが。


 大変な準備の甲斐もあって、音楽祭は滞りなく進む。途中で三人の演奏も見にいったが、とても評判が良いようでたくさんの観客が集まっていた。楽しそうでなによりである。自分も一緒に奏者として立てなかったのが残念でならない。いつかまた機会があればいいのだが。


 そうして平穏に時間は過ぎ、やがて楽しい時間は終わりを告げる。準備と比べれば後片付けはあっけないもので、こうして音楽祭は無事に幕を閉じたのだった。









 アランもアリアもよく頑張ってくれた。準備期間は仕事が多すぎて大変だっただろうし、しかしそれでも練習を怠ることなく本番では素晴らしい演奏を披露した。だから次に会ったときはまず労わなければと。なんなら食事でも奢ろうかと、そう思っていたのだが。


 音楽祭翌日の昼休み。学院内にあるカフェテリアのテラス席を通りかかったとき、深刻な様子で項垂れるアランとアリアを目撃してしまった。一体どうしたというのだ。リリーと三人で演奏していたときはあんなにキラキラしていたというのに。二人の側では困った顔をしたユリウス先生が佇んでいたので、俺は真っ直ぐそちらへ向かって声を掛けることにした。




「先生、何かあったのですか」

「ラルフか。それがちょっと厄介なことになってね」

「厄介なこと?」

「実は」

「あ、あの、先生。副会長にまでご迷惑をおかけするわけには」

「しかしな」

「アリア。リリーが君のことをとても心配していた」

「!」

「元気がないリリーをこれ以上見たくないし、君は生徒会の大事な仲間だ。だから、迷惑だなんて思わない。何かあるなら話してほしい」

「副会長……」




 俺の気持ちが伝わったのか、それともリリーが心配しているという言葉が効いたのか。アリアは伺うようにアランの方へと視線を向けたが、やがて二人は頷き合った。

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