case.5-1

 最初から何となく違和感は感じていた。


 生徒会顧問のユリウス・テイラー先生。王族のアラン・ルイスハーデン。庶民のアリア・フローレス。この学院で初めて出会った、生い立ちも肩書も何もかも違うはずの三人は、しかしまるで10年来の友人でもあるかのように妙に結束感が強かった。そもそも1年生の1学期で生徒会入りする生徒なんて、これまで1人でもいただろうか。学院一の天才と名高い現生徒会長、リオン・バウムだって、生徒会に入ったのは1年生の秋だったと聞いている。


 もちろん、アランもアリアも優秀な生徒であることは承知しているし、生徒会に入れることに反対だったわけでもない。むしろ、いずれ入ってくることはわかっていた。なぜなら、その二人にはすでに生徒会長が目を付けていたのだから。正確に言えば、ユリウス先生の親戚であるリリーも含めて三人に目をつけていた、だが。


 あの人はとても優秀であるくせに、あるいは優秀すぎるからか、なかなか他人に仕事を任せようとしない。俺は幸か不幸か御眼鏡に適ったようでそれなりに頼ってもらえているが、あの人が気軽に頼るような人間が果たしてこの学院に何人いるのか。生徒会長が気に入った人間でなければ生徒会に入れられない。つまり、迂闊に生徒会の勧誘活動ができない。おかげで生徒会役員は減っていく一方だ。


 それなのに1年生が入学してきた途端、生徒会長は三人もお気に入りを見つけてきたのだ。来年、いや、秋か冬くらいにはスカウトするつもりでいたと思う。残念ながらその後すぐに魔法省へと引っ張られてしまったので、会長自らその三人に声をかけることは叶わなかったわけだが、時々よこしてくる手紙ではやっぱりやたらと三人を気にかけている。どうやらよっぽど気に入っているらしい。まだ会話すらしたことがないはずなのに、何がきっかけでそんなに気に入ったのか大いに謎である。




 学院に入学して間もない頃、俺は中庭で偶然、当時副会長だった会長がサックスを吹いているところに出くわした。それは鋭く、何者もを寄せ付けないような華々しいサウンドで、かと思えば丸く柔らかい、飛び跳ねるような音色に変化したりする。その多彩な演奏に一気に引き込まれてしまい、気づけば俺は会長の演奏に夢中になっていた。


 やがて演奏を終えて俺に気づいた会長は、俺が持っているトランペットに目を留めて「一緒に吹くか?」と聞いてきた。俺はそんな彼の言葉に一も二もなく頷き、慌ててケースからトランペットを取り出したのだった。


 会長は音楽の知識がとても豊富で、俺の演奏にも的確なアドバイスをくれた。このときすでにこの人は、音楽魔法"FAIRY NOTE"を使いこなして学院中の噂となっていたから、一体どのような人なのだろうと実は気になっていたのだが、話してみればただ純粋に音楽が好きなだけの人だった。"FAIRY NOTE"を発動することを意識していたわけではなく、普通に演奏を追求していたら勝手にできるようになったらしい。恐るべし、音楽への執念である。しかしそれを聞いて、俺の会長への好感度は急上昇した。


 この国の貴族には幼い子供に楽器を与える習慣があるが、その目的は音楽性を養うことではない。最初の頃は演奏を楽しんでいたはずの子供でも、環境が作用してやがてそれは"FAIRY NOTE"の手段へと成り果てる。"FAIRY NOTE"が使えることは本人にとって、そしてその家にとっての、一種のステータスとなるからだ。


 ただの手段となってしまった演奏は、例えそこにどんな技術があったとしても、奏者の心が見えなくて味気ない。しかし会長は違った。会長は純粋に演奏を楽しみ、純粋に音楽を愛していた。本当に心がこもった演奏というものを、俺はこのとき初めて聴いた気がした。俺が失いかけていた大切な何かを、会長が取り戻させてくれたような気がした。








 会長を魔法省に取られてしばらくした頃。会長に出会ったあの中庭で、俺はリリー・テイラーと出会った。彼女は会長が演奏していたのと同じ場所で、同じように、多彩な音色でトランペットを奏でていたのだ。それは全く違う楽器であるはずなのに、なぜか会長とリリーの演奏は似ているような気がして目が離せなくなる。そしてそれに気づいたリリーがこちらを見て恥ずかしそうにする様子は、なんだかとても可愛らしかった。


 会長が俺の世話を焼いてくれたように、俺もリリーの世話を焼くようになったのは自然なことだったように思う。彼女も会長と同じようにただ純粋に音楽が好きで、その演奏には心が見えた。もしかしたら会長はこれを見抜いていたから、リリーを生徒会にと目を付けていたのかもしれない。アランとアリアのことはまだよく知らないが、おそらくはそういうことなのだろうと思う。


 会長は優秀な人間が好きだ。音楽を愛し、音楽の才能がある人間が大好きだ。少なくともこのリリー・テイラーという女の子は、会長が大好きなタイプの人間に分類されるに違いない。









 1学期が終わる頃。ユリウス先生がアランとアリアを生徒会に入れてはどうかと提案してきた。学年末試験で二人が叩き出した成績は、他の追随を許さない圧倒的なものであり、学院中の噂となっていた。正直こんなに早く生徒会役員にしてしまうのは可哀想な気がしたが、俺以外のメンバーは泣いて喜んだ。今や三人となってしまった生徒会は人数的に心許なく、明らかに手が足りていないのだ。結局俺も増員の誘惑には勝てず、アランとアリアを受け入れることにした。


 そして、それならついでにリリーもスカウトしてしまおうかとも思ったが、生徒会長がすでに目を付けていたという話はおそらく俺しか知らないし、せめてリリーだけは会長本人が声を掛けたいかとも思ったので、今回は見送ることにする。リリーを生徒会に入れるのは、来年になってからでも遅くはないだろう。




 アランとアリアが生徒会活動に慣れてきた頃。てきぱきと仕事をこなす二人のおかげで、俺はリリーの演奏をたまに見るだけでなく、一緒に演奏するくらいの余裕が持てるようになった。いや、まあ。むしろこれまでがおかしかったのだ。授業に出る以外はほとんど生徒会室で仕事をしなければならない毎日なんて、全くどうかしている。




「リリー、二重奏しないか?」

「よ、喜んで!」




 リリーと演奏していると、まるで会長と一緒に演奏しているときのような心地になる。実力がある人間と吹くと音が濁らず気持ちいいし、相手の音に自分の音も引っ張られて音楽は更なる高みへと上っていく。曲の表現方法について意見を交わし合うのもまた楽しい。彼女と過ごす時間はとても有意義だ。


 彼女も同じように、俺との時間を有意義だと感じてくれていれば嬉しいと思う。俺はリリーが奏でる音色が好きだが、リリーは俺の音の方が好きだと言ってくれて、それもまあ悪い気はしない。しかし、実は少し気になっていることがある。どうにも最近、彼女の元気がないように見えるのだ。演奏に影響するほどではないが、ふとした瞬間に笑顔が曇るようで、ついつい彼女の様子を観察してしまう。


 これは聞いてもいいやつだろうか。それとも彼女から話してくれるまで待っているべきだろうか。より良い対応はどちらだろうかと考えていると、俺の様子を見た彼女に逆に心配されてしまった。おかしいな。




 同じ頃、どうやらアリアも何だか元気がなさそうに見えることに気がついた。アリアとリリーは仲がいいようだし、もしかすると何か関係しているのだろうか。しかし、生徒会が忙しすぎて単に疲れているだけという可能性もあるので、とりあえず「仕事は大変ではないか」と尋ねてみた。すると本人には笑顔で「大丈夫です」と返された。


 もしかすると全ては俺の気のせいなのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る