case.4-2

 やがて考えがまとまったのか、先生はまたゆっくりと話し出す。




「確かに悪人でもない人間を排除するのは無理がある。だが、俺たちは一応、すでに答えを知っている」

「答え?」

「この『ふぇありーのーと』という物語のストーリー。エンディング。まあ、俺はアランルートしかやってないけど」

「というか、一つのルートだけにしても先生が『FAIRY NOTE』をプレイしていたことにびっくりです。あの子にゲーム借りたんですか」

「さすがシスコン教師」

「おい。とにかく、俺たちはカトリーヌがどのように悪事を働いて、どのように断罪されるかを知っている。ならやっぱり、それをなぞっていくのがいいんじゃないか」

「でもさっきも言いましたけど、カトリーヌはゲームのような悪役令嬢じゃないですよ?」

「そうだな。そこでお前たちに提案だ。生徒会に入らないか」

「生徒会?」

「生徒会なら、アランもアリアも2年生で入りますよね?」




 この学院の生徒会は現役役員による指名制で、アランもアリアも2年生の春に生徒会長からスカウトされる。アランは王族としてリーダーシップを取ることを期待されているし、アリアは膨大な魔力に加えて努力も怠らない優等生。常に優秀な人間を求めている生徒会としては、喉から手が出るほど欲しい人材というわけだ。



「確かに待っていれば二人とも勝手に生徒会入りする。だが、来年じゃ遅いだろ。俺としてはゲームが始まる前、できれば年度内には決着をつけたい」

「まあ、時間が経てば経つほどカトリーヌに有利だよな。信頼を積み重ねる余裕を与えるようなもんだし」

「うーん。でも、どうして生徒会なんです? カトリーヌ排除のために必要なことですか?」

「必須ではない。が、入っといたほうがいいと思う。王族のアランはともかく、庶民のアリアには大きな後ろ盾があった方がいいだろ。説得力に関わる」

「なるほど確かに」




 貴族は庶民を見下しがちだけど、生徒会という勢力を味方につければ立場は逆転する。何をするにも動きやすくなることは間違いない。




「例えば、お前らが1学期末試験で優秀な成績を収めて、そこに目をつけた俺、ユリウスが二人を生徒会に推薦するってのはどうだ」

「先生さらっとそういうこと言うけど、優秀な成績を収めるって簡単じゃないぞ」

「いや、実はそんなに難しいことじゃない」

「「?」」

「この学院では魔法を学ぶことに重きを置いているからか、座学があまり難しくない。1年生の最初のテストならほとんど中学生レベルだ。二人は高校の成績もそんなに悪くなかったし、おそらく余裕なはず」

「マジか」

「そして肝心の魔法だが、アランは家系的に魔力が膨大だし、アリアは庶民でありながら貴族の学校に入学を果たした化け物だ。魔法を使うには想像力だとか魔力コントロールだとか細かいことを言えばいろいろあるが、結局は魔力量がものを言う。正直、それこそ余裕だろ」

「化け物って。完全に魔法(物理)ですね。でもそう言われると、なんだかいけるような気がしてきました」




 技術的なことを言われたらまだまだ難しいけど、大量の魔力でぶん殴れってことなら話は簡単だ。最初の試験でしか通じないにしても、とにかく今回だけ凄いインパクトを残せればそれでいい。生徒会にスカウトされるのが不自然に思われないほどのインパクトを残すのだ。




「それと、本格的に動き出すのは二人が生徒会に入ってからとして、アランとアリアが仲良くしているところをカトリーヌに見せつけるって件は下準備としてすぐにでも始めた方がいいかもな」

「確かに、カトリーヌに嫉妬してもらわないとこっちは何もできないですもんね」

「でもあいつもここまで頑張ってきたんだし、ちょっとやそっとじゃヘマをするようなことはないんじゃないか。内心はともかく、完璧な外面は簡単には崩さなそうだ」

「そこは俺に考えがある。まあ細かい計画はおいおい詰めていくとして、お前らはとりあえず人目に付くところで適当に仲良くしててくれ」

「急に投げたな」

「アランがアリアにヴァイオリンを教えてやるとかでいいんじゃないか。ゲームでもそんなシーンあったし、男女が親密そうに二重奏なんてしてれば嫌でも目を引くだろ」

「そっか。アランもアリアも楽器が一緒ですもんね。庶民の私としては、幼い頃から楽器に親しんできた王族様に教えてもらえるなら単純にありがたいけど」




 ちらっと視線を向けると、その王族様は仕方がなさそうにため息をついた。




「わかったよ。それで仲よさそうに見えるならお手軽でいいや」









 それからというもの私と高橋は、時間さえ合えば練習室に集まってヴァイオリンを弾くようになった。学院にはこんなにいらないでしょってくらい練習室が完備してあり、事前に予約をしておけば好きに使うことができるのだ。とはいえ周囲に気づかれなければ意味がないので、1階の部屋で窓を開け放って窓際で練習するようにしている。通りがかりの生徒の視線をちょいちょい感じるから、きっとカトリーヌも私たちのことに気づいてくれるだろう。


 ちなみに、放課後はいつもリリーと一緒だったので最近あまり一緒に帰れないことを謝ったら、キラキラした瞳で「私は私でトランペットの練習をするから気にしないで。アラン様によろしくね」と言われた。絶対何か勘違いしている。訂正できないのがつらい。









 アランとアリアでのヴァイオリン練習に加え、図書室での試験勉強とかも行ったりして、私たちは順調に親密な関係をアピールした。まあ、先生が言っていた通り座学は簡単そうなので、正直あまり真面目に勉強していない。魔法基礎とか魔法史みたいな、この世界特有のものだけをそれなりに頑張っている。


 そんな勉強会の帰り道。寮までアランと一緒に帰ろうと歩いていたところ、どこからかトランペットの音が聞こえてくるのに気がついた。




「あれ、この音」

「ん?」

「あの子の音かも」

「え、マジで」




 急にそわそわし出した様子が完全に高橋だったので一発殴った。ここ外だからね。自重しろ。すると瞬時に王子様の顔に戻ったからちょっと感心したのに、何か言いたげな顔でこっちを伺う様子はやっぱりただの高橋だった。




「はあ。ちょっと行ってみる?」

「お、おう!」





 音をたどって歩いていくと、花壇のある中庭に到着した。前に高橋と密会したのとは別の場所だ。花に囲まれて軽快に楽器を鳴らすリリーはなんとも愛らしい。いつまでも眺めていたくなる。でも本当にそのまま眺めているわけにもいかないので、声をかけようとそちらに足を向けた。が、すぐに思いとどまった。




「どうした、篠原」

「ねえ、リリーの側に誰かいない?」

「あ、本当だな。あれは……え、あれって、ラルフ・ブラウンか?」




 リリーの側に立っているのは、攻略対象の一人であり生徒会長のラルフ・ブラウンだった。いや、現時点では副会長だっけ。どうやらリリーの演奏を聴いているようだけど、一体何がどうしてそうなったというのか。アリアが生徒会に入ってからならともかく、今このタイミングでリリーとラルフが仲良くなるなんて、そんなのゲームではなかったはずだけど。


 やがてリリーの演奏は終わり、二人はなにやら言葉を交わす。そうしてそのまま二人でどこかへと歩き去ってしまった。そろそろ暗くなるし、リリーのことを寮まで送っていくのかもしれない。私たちは結局リリーに声を掛けることもできず、その場で呆然と立ち尽くしていた。




「なんでリリーとラルフが仲よさそうなんだ」

「わからないけど、でも。そういえば」

「そういえば?」

「あの子、ラルフ推しって言ってたような」

「なん、だと……」




 クールな眼鏡キャラでかっこいい。でも天然なところは可愛い。とか言ってた気がする。生徒会長として堂々としてて、トランペットが上手で、頼りになって。厳しいところもあるけど年下や動物には優しくて、実は甘い物好きで。とかすごい絶賛してたような。あの子、すっかりゲーム通りに振る舞うものだと思ってたけど、案外ちゃっかり推しとは交流しているのかもしれない。




「ま、まあ、アリアがアランにヴァイオリンを見てもらってたように、リリーもラルフにトランペットを見てもらってたのかもね。この学院に入学してからずっと側にいた私が最近アランとばっかりいるものだから、寂しい思いをさせたのかも」

「そうだな。親友のアリアと一緒にいられる時間が減ったんだもんな。代わりに別の人間との時間が増えるのは仕方ないよな」




 幼い頃からフルートを練習してきたはずのリリーがトランペットに乗り換えた理由が、今この瞬間にわかってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る