case.3-3

 魔法学院に入学した俺は、魔法でも勉学でも優秀な成績を叩き出し注目の的となった。自分で言うとただの自慢みたいになってしまうが、本当に俺と魔法の相性はよかったのだ。火や水、土や光。魔法には自然を扱うものが多く、具体的なイメージをするほど高い精度で発動できるのだが、理科教師であった俺は自然法則を理解し尽くしていると言っても過言ではない。そして、それに加えて膨大な魔力。これで魔法がうまくいかないわけがない。


 さらに、幼い頃から磨いてきたヴィオラの腕がここにきて大きな意味を持った。貴族なら誰もが憧れる魔法。超高難易度の音楽魔法。ゲームのタイトルにもなっている"ふぇありーのーと"。俺はそんなすごい魔法を、なんと学生のうちに習得して自由自在に操れるまでになったのだ。ついには学院側から、卒業後もこのまま残ってぜひとも教師として学生たちに魔法を教えてほしいと直々に頼まれた。なるほど。ユリウスはこうして教師となったわけか。ゲームでわかってたつもりではあったけど、やっぱりユリウスってめっちゃ優秀だったんだな。まあ俺なわけだが。


 魔法学院に通うのは4年間。大学みたいに4年生で就活をして卒業後に働き出すというのが普通の流れのようだが、俺は学院の要望通りに、つまりゲーム通りに、卒業後も教師として学院に残ることにした。就活せずに職を手に入れられてラッキーである。しかもこのまま待っていればいずれリリーが入学してくるしな。正直、長期休暇くらいしか会えてなかったからそろそろ限界だ。あの子と気軽に会える環境に早く戻りたい。




 教師生活1年目は研修を兼ねて主に他の教師たちのサポートを行い、2年目から本格的に独り立ちして教師としての生活が始まった。何度でも言うが、俺は妹が絡むとポンコツになる自覚はあるが、普段はいたってまともな人間である。教師として学生たちに慕われるのにそう時間はかからなかった。今ならまだ後輩たちも在学中だしな。


 ただ、独り立ちした2年目の春、一つだけ気になることがあった。その年の新入生の中に知ってる顔があったのだ。知り合いというわけではない。俺が一方的に見たことがあるだけだ。ゲーム画面の向こう側から。


 攻略対象の一人であり、一年生の冬には生徒会入りする男。ゲーム開始時には生徒会長となっているとても優秀な男。名前はラルフ・ブラウン。まあ優秀といっても俺ほどではないが。唯一の眼鏡キャラで、クールで真面目なのに天然なところがとてもよいと妹が言っていた。確かに、堅物そうでいて実は可愛げがあるところなんかはなかなか好感が持てる。


 しかし俺が気になっているのはそこではない。俺はこの世界に来て、ゲームのメインキャラと初めて絡むことになる。リリーもメインキャラではあるが、あくまでヒロインの友人。攻略対象とはやっぱり違う。攻略対象同士の関わりというのは重要な意味を持ってくるだろうし、俺の絡み方次第でこのゲームの未来が変わっていくのではと考えると、さすがにちょっと不安になってくる。


 俺はメインヒーローの王子様のルートしかプレイしてないから、知らないルートに入ってしまったら誰がヒロインとくっつくかわからない。リリーがつらい目に合うようなルートがもしあったとしても、俺にはそれがわからない。


 ならば無理に関わらないという選択肢もあるかもしれないが、残念ながらそれも難しい。ゲームによれば、俺は来年には生徒会の顧問に任命されるはずだから。いずれ生徒会長になる男と生徒会顧問だ。むしろ親密になる方が自然である。




 教師生活3年目。予想通り俺は生徒会の顧問となり、そしてついにリリーが魔法学院に入学してきた。それから重要なキャラクターがもう3人。ヒロインであるアリア・フローレス。この国の王子、アラン・ルイスハーデン。そしてその婚約者、カトリーヌ・ガルシア。話の大筋としては、我が儘で自分勝手な婚約者に辟易したアランが、素直で心優しいアリアに惹かれていくんだよな。それに嫉妬したカトリーヌはアリアを目の敵にして虐げて、最後には悪事を暴かれ断罪される。


 俺が見たエンディングでは、カトリーヌは打ち首だった。ファンタジーな世界観のくせに死刑だけはやけにリアルだなって若干引いたのを覚えている。まあ、それだけアランにとってカトリーヌは許せない存在だったんだろう。仕方ないといえば仕方ないか。


 さて、俺はそんな中でヒロインにとってのよき先生となりたいわけだが、そもそもその3人とはどんな風に関わればいいんだ。普通に考えれば授業を通して仲良くなっていくんだろうが、下手にヒロインに肩入れして俺ルートに入られても困る。ゲームキャラたちとの関わり方、けっこう難しいな。ここはやっぱり無理に考えず、流れに身を任せてしまうのが一番なんだろうか。


 ひとまずリリーのことは常に見守るとして、アリア、アラン、カトリーヌの動向にもなるべく気を配ることにした。日頃から観察していれば、彼らとのうまい関わり方も見えてくるかもしれない。しかし、観察すればするほどどうにもおかしい。アリアはリリーと仲がいいし、アランとカトリーヌは婚約者。言葉にすればゲーム通りだ。しかし、どうも俺が知ってるのとは感じが違う。


 なにが違うって、まずカトリーヌが思ってたのと全然違う。妹はあいつのことを悪役令嬢と呼んでいたが、悪役要素が微塵もないぞ。我が儘に振る舞うところは見たことないし、教師の俺に対して普通に礼儀正しいし、欠点という欠点が見当たらない。アランをうんざりさせてる様子もない。なんだこれ。誰だこれ。もしかして、ここが「ふぇありーのーと」の世界だというのは俺の勘違いだったんだろうか。そうだったらすごく恥ずかしいんだが。アランとアリアが一緒に行くはずの演奏会も、いつの間にやらアリアとリリーで行ってきたようだし。


 それともまさか、すでに俺が知らないルートにでも入ってしまったんだろうか。誰ルートだよ。アリアは常にリリーと一緒に居るぞ。まさかリリールートだなんて言わないよな。というかアランお前。なんだかリリーのことを目で追ってないか。なんでアリアじゃなくてリリーを見てるんだ。やめろよ本当に意味がわからない。どうなってるんだ。おいだからそんなに見るなって。穴があくだろ。おい高橋。




 ん? 高橋?




 アランのことを考えてたはずなのに、なんで高橋が出てくるんだ。


 確かに高橋は妹のことが好きだった。だからちょっとムカついたし牽制もしてたが、それでも可愛い生徒なのでまあそれなりに仲も良かった。でもだからってなんでここで出てくる。え、まさかそういうことなのか。アラン、それからアリアやカトリーヌも、転生者ってことなのか。だからゲームと全く違う展開になってるのか。確信はないが、そういうことならすごく納得がいく気がする。そして同時にこうも思う。


 高橋のやつ、死んでも俺の妹につきまとうとはいい度胸だな。




 地道にあいつらを観察するうち、ついに転機は訪れた。アランとアリアが二人きりで会っている現場を押さえることに成功したのだ。婚約者がいる王子が庶民と密会だなんて普通はしないだろうから、これは何かあるに違いない。こっそり聞いていれば思った通り、二人は素で会話をし始めた。やはりアランは高橋で、ヒロインのアリアは篠原か。篠原はもともと妹と仲がよかったので、彼女がアリアならばリリーも安心だ。


 それからカトリーヌは倉田、と。教師である俺の目に止まるようなことはなかったが、篠原から倉田のことについては何となく聞いていた。高橋のことが好きな倉田は、高橋の好きな相手である妹に対して反感を抱きちょっかいをかけていたらしい。陰湿ないじめとまではいかずとも、それなりに言葉の暴力はぶつけていたようだ。まあ、妹は興味が無いことには無関心なところがあるので、右から左に受け流していたようではあるが。


 本人が気にしていないようだったから俺から倉田に何かを言うことはなかったが、そうか。この世界でもなにやらあの頃と似たような人間関係になっているのか。これは放っておくと昼ドラみたいなドロドロ愛憎劇でも起こりそうだな。妹が面倒ごとに巻き込まれても困るし、ここは俺も二人に協力してやるか。カトリーヌをどうにかするっていう方針にも異論はないしな。そうと決まればこそこそするのはやめて、あいつらの前に姿を現してやろう。




「面白そうな話をしているね。ぜひ俺も混ぜてほしいな」

「「!?」」




 ユリウスを装って(?)声をかけると、二人は勢いよくこちらを振り向いた。目を見開いて完全に固まってしまっている。ちょっと驚かせすぎたか。でもさ、こんなところでそんな話をしてるこいつらも悪いだろ。




「大丈夫。俺は君たちの味方だよ」

「え……」

「それは、どういう……」




 二人は緊張したように息を呑む。俺は少し勿体つけて、それからユリウスならばきっと言わないであろう言葉を口にした。




「俺はいつだって可愛い生徒の味方だ。そして何より……可愛い可愛い妹の絶対的な味方だ!」

「おま、まさかシスコン教師か!?」




 シスコン教師って言うな。俺がそうであることは変えようのない事実だが、ユリウスは違うからな。変な噂が立ったらどうする。まあこのままここで騒いでいて誰かに見つかっても困るし、ひとまず場所を移動するか。どこがいいか……よし。




「お前ら、とりあえず俺の部屋に来い。職員寮なら何話しても大丈夫だろ」




 二人はまだ驚きで感情が追いつかない様子だったが、やがて顔を見合わせるとしっかりと頷いた。

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