case.3-2

 俺の従兄妹の名前はリリーというらしい。リリーに出会った俺は、流されるように生活していたときと打って変わって生き生きとするようになった。よく笑い、よく勉強し、美しいヴィオラの音を奏で、礼儀正しく、人当たりもいい。自分で言うのも何だが、天才だけど無愛想な子供から、非の打ち所のない完璧な伯爵家の子息にジョブチェンジだ。そう。俺は妹が絡むとポンコツになる自覚はあるが、普段はいたってまともな人間なのだ。


 それに、俺は大変なことに気づいてしまった。リリーは俺の可愛い可愛い妹である。が、この世界ではあくまで従兄妹。ということはだ。うまくやれば、俺は、あの子と、合法的に結婚ができるってことじゃないか! そうだよ。妹はどんなに可愛がってもいずれ兄から離れていくが、従兄妹なら新たに家族となって、一生側にいることができる。なんということだ。やっぱりここは天国だったのか。


 今の俺は誰が見ても貴族として恥ずかしくない立派な人間だし、リリーの両親の心証も悪くないはずだ。リリーと結婚したいと言えば、俺の父親なんて泣いて喜ぶんじゃないかとさえ思う。リリーが赤ちゃんである今のうちからリリーへの好意を表して、リリーが立派なレディになっても変わらず好意を示し続ければ、俺とリリーが結婚するのが自然であるかのような空気になるだろうし、大人たちはきっと俺の味方になってくれる。外堀を埋めるのは難しいことではない。


 しかし、そう簡単な話ではないだろうこともちゃんとわかっている。一番の障害となるのは他でもない、リリー自身なのだから。俺はあの子が妹だと気づいたから結婚したいと思った。しかし、俺が兄だと気づいたらあの子はどう思うだろうか。両親が兄との結婚を勧めてきたら? まず間違いなく嫌な顔をする。そして速攻断る。


 一応言っておくが、俺は決して嫌われているわけではない。俺たちは普通に仲の良い兄妹だ。ただ、俺はシスコンだが妹はブラコンではない。それだけのことだ。そう見せかけて内心実は……という展開があれば嬉しいが残念ながらそれもない。妹はいたってまともな思考の持ち主である。


 だから俺は、あの子と結婚したいなら、絶対に正体がバレるようなことがあってはならない。周囲が味方になる予定なのでバレた時点で即終了とまでは言わないが、果てしなくハードルが上がってしまうことは間違いない。俺はリリーを特別扱いしつつも適度な距離を保ち、中身が兄であるという事実を悟られないようにしながらそれでもあの子を可愛がらなければならないのだ。油断したら素の俺が出て一瞬でバレる。滲み出るシスコンを隠し通さなければ。頑張れ俺。やるんだ俺。理想の未来を手に入れるために……!


 ちなみに、バレたくないなら積極的に関わらなければいいのではという正論は却下だ。妹がそこにいるとわかっているのに会わないなんて選択肢はない。むしろ通い詰めるわ。









 リリーの成長を間近で見守るのはそれはそれは楽しかった。リリーが初めて喋った日。リリーが初めて歩いた日。通い詰めた甲斐もあっていろんな初めてをこの目で目撃することができたし、目撃できなかったものは即座に叔母さんが共有してくれた。どうやら俺がリリーを溺愛しているのが面白いらしい。


 しかし、そんな日はいつまでも続かない。リリーが生まれてから約8年。俺の年齢は14歳。この国では14歳の子供は魔力量を測る儀式に参加することになっており、その次の年には魔法を学ぶため学校へ入学しなくてはならないのだ。なんてこった。また学生やるのか。しかも学校は全寮制だから、これまでのように気軽にリリーに会えなくなる。正直なところ魔法には興味津々なのだが、やっぱりリリーとの時間が減るのはつらい。


 いや、でもまあ、もしかするとちょうどいいのかもしれない。俺は滲み出るシスコンを隠してリリーに接することを決意したわけだが、実際隠せているかというとあまり自信はない。今のところリリーから直接何かを言われたりはしてないけれど、リリーの俺を見る目がなんというか、俺を鬱陶しがる妹を思い起こさせるというか。表面上はユリウスを慕ってくれているように見えるが、内心どう思っているかはわからない。


 考えてみれば俺はひと目でリリーがあの子だと気づいたわけで、それならあの子も俺が兄だと気づいた可能性は否定できない。妹はブラコンではないが、それでも実の兄妹だからな。通じるものはあるだろう。今はまだ俺が兄だと確信まではしていないにしても、これからも多くの時間を一緒に過ごし続ければさすがに何か言われるかもしれない。ならばこのタイミングであの子と距離を取るというのはありだ。俺自ら距離を取るのは気持ち的に無理だが、学校への入学で距離を取らざるを得ない状況ならまだ受け入れられる気がする。




 そうしてやってきたとある冬の日。儀式のために大きな聖堂のような場所へと集められた。そこは初めて入った建物で、そこにある魔法具も初めて見るものばかり。そう、ここにある全てが初めてで、何もかもが新鮮。の、はずなんだが。なぜだか俺は、この儀式に既視感を覚えていた。なんだろう。まるで見たことがあるような。どこかで経験したことがあるような。記憶の隅で何かが引っかかっているような、そんな感じ。しかし、その引っかかっているものがなんなのかがわからない。なにがわからないのかわからない。


 ぐるぐる考えていたら周囲の人間たちがぞろぞろと移動しはじめた。やばい。なんか誰か大人が説明してたっぽいけど全然聞いてなかった。まあ、前のやつについていけばなんとかなるだろう。ふむふむ。どうやらあの丸い水晶に手を翳すと魔力量に応じたサイズの光の球体が現れるみたいだな。うん。やっぱりこの儀式、知ってる気がする。なんだっけ。どこで見たんだっけ。考えていたらあっという間に自分の番が来てしまった。


 なんとももやもやした気持ちで水晶に手を翳す。眩い光が溢れる。球体が現れる。




 ――そこに現れた球体はここにいる誰のものよりも大きく、誰のものよりも美しく澄んだものだった。




 目の前に現れた巨大な球体を見た瞬間そんなフレーズが頭を過ぎり、そしてそのとき俺はついにこの既視感の正体に気がついた。やっぱり俺はこの儀式を知っている。とある庶民の女の子がこの儀式に参加しているのを見たことがある。ゲーム画面の向こう側から。そう。これはゲームだ。妹が持っていた乙女ゲーム。確かタイトルは「ふぇありーのーと」だったか。あまりにも妹がハマっていたので、貸してもらって少しプレイしたのを覚えている。


 といっても、メインの王子様のルートをやっただけなので、そんなにこのゲームに詳しいわけではないが。それでもこのシーンは知っている。そうだよ。むしろなんで今まで気づかなかったんだ。妹のリリーも、俺ことユリウスも、ゲームに出てくるキャラクターじゃないか。どう考えてもここはあの子が好きな乙女ゲームの世界だ!




 ヒロインであるアリアはこの儀式でとんでもない魔力量を披露する。そしてリリーと出会い、唯一無二の親友となる。今から6年後の話だ。ん? 待てよ。ゲームのユリウスってどんなキャラだったっけ。えっと。リリーの従兄妹。攻略対象の一人。最年長。穏やかな性格。エリート。魔法学院の教師。


 ……俺、また教師やるのか。まあ確かに出てきた球体は超でかいし、俺もヒロインに負けず劣らず相当すごい魔力を秘めてるんだろう。ちょっと魔法使うのが楽しみになってきたな。でも重要なのはそこじゃなくて。そんなにゲームに詳しくない俺ですらこれだけユリウスのことを知っているんだ。なら妹はユリウスのことをユリウス(俺)以上に熟知しているだろう。ここが乙女ゲームの世界だってこともすぐに理解したに違いない。とすればだ。中身が俺であるユリウスをずっと見続けていたあの子は、とっくにユリウスに違和感を覚えていたのでは。


 いや、考えるのはよそう。希望がなくなる。俺はまだ妹との結婚を諦めてはいない。中身がどうあれ、周囲から見れば俺たちは仲睦まじい親戚同士なんだ。ユリウスは攻略対象だからヒロインとのルートも存在するんだろうけど、俺がプレイした王子様のルートではヒロインにとって普通によき先生だった。俺も学院ではそんな感じでいこう。まだ入学すらしてないけど。

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