case.2-4

「こんにちは、アラン様。本日は私のためにお時間を作っていただきありがとうございます」

「いえ、お気になさらず」




 とりあえずアランを人気のない中庭に呼び出してみた。相手は一応王子様なので、二人きりで会うなんて恐れ多くて普通はしないし、アランも婚約者がいる身で女性の誘いに乗るなんてことはありえない。誰かに見られでもしたら面倒なことになるし。


 しかし、今私たちはお互いに、同じようなことを考えているはずだ。私たちは今、王子と庶民という立場ではない。私たちはただの、高校の、クラスメイトだ。ならば余計な前置きは不要。早急に本題に入るとしよう。




「腹の探り合いをするのも時間の無駄なので、単刀直入に申し上げますね。私はあなたと話がしたい。なんの話かはわかるよね、高橋紘?」

「……ああ、そうだな、篠原結衣花。俺もお前と話したかった」




 一瞬目を見開いたものの、すぐにアランとしての振る舞いを崩した高橋は、どこかほっとしたような様子でそう呟いた。




「正直どうしようってずっと思っててさ。でもどうすればいいか全然わかんなくて」

「あはは。麗しき王子様の風貌で中身がただの高橋なの超ウケる」

「ウケるな」




 アランが心底うんざりしたような顔をする。ゲームの立ち絵ではそんな表情なかった。つまりこれはただの高橋の顔だ。ウケる。


 まあ、つい茶化すような言い方をしてしまったが、アランは実際私から見ても完璧な王子様だ。高橋が王族として相当頑張っているのだろうということはわかっている。言わないけど。私はちゃんとわかってるからね。絶対言わないけど。




「ねえ、一応確認なんだけどさ。カトリーヌってやっぱり?」

「言わなくてもわかるだろ。あいつは倉田麗奈だ」

「やっぱそうか。だと思った」

「まあお前なら気づくよな。……俺も一応確認なんだけどさ。リリーってやっぱり?」

「言わなくてもわかるでしょ」

「やっぱそうか! だと思った!」




 私も高橋もあえて同じような言葉を使ったけど、テンションがまるで逆転した。カトリーヌが倉田だと改めてわかって私はうんざりした声を出してしまったが、高橋はさっきと打って変わって嬉しそうである。なんかイラッとした。リリーは私のだから。お前には渡さないから。あ、今はそういうこと考えてる場合じゃなかった。




「となるとやっぱり私たちにとってカトリーヌは共通の邪魔者か。でも高橋はどうすればいいか全然わかんないって?」

「そうなんだよ。あいつ、めっちゃ完璧にお淑やかで清楚な貴族令嬢演じててさ。非の打ち所がなくて、このままじゃなんの問題もなく結婚にこぎつけられちまう」

「そうなったら災難だね。まあそれならそれで私は何者にも邪魔されずリリーと仲良くできるから別にいいんだけど」

「頼む見捨てないでくれ」




 結婚までしてしまえばもうリリーに構うことはできなくなるだろうし、私としてはそれもありっちゃありだ。でもやっぱ、さすがにそれは可哀想か。今度は切実に助けを求めるような顔をしている。ただの高橋の顔だ。全く、高橋は表情豊かだな。この乙女ゲームのアラン推しの人にぜひ見せてやりたい。




「まあ倉田が喜ぶ展開になるのもムカつくし、仕方ないから結婚は阻止の方向でいいや」

「仕方ないってお前」

「そういえば、倉田はアランが高橋だって気づいてるの?」

「無視かよ。うーん、正直わからん。けど、気づいてないような気がする」

「そうなの?」

「ああ。だって別に女優でもないんだし、気づいてたらもうちょっとボロを出すような」

「でも、私たちだってお互い気づいたのに、あいつだけ気づいてないなんてことある?」

「まあそうだけど。俺たちってあの子繋がりである意味仲良しじゃん?」

「言葉選べよって感じだけどまあ言いたいことはわかる」

「で、あいつとは別に仲良しじゃないじゃん?」

「あーなるほどね。結局は上辺だけの関係だったと」

「言葉選べよって感じだけどまあそういうことだ」




 確かに倉田は高橋のことが好きっていうか、クラスで人気者の高橋くんが好きっていう感じがあった。いわゆるミーハーってやつ。このゲームをプレイしてアラン推しになったとか言ってた気がするし、メインヒーローの王子様を好きになるあたりやっぱりミーハーだ。


 そんな推しが目の前に現れて、絶対に結婚したいとか思っちゃったんだろう。悪役令嬢としてバッドエンドを迎えるのではなく、ゲームの知識を駆使して自分がハッピーエンドになってやろうとか思っちゃったんだろう。その推しの中身が、現実で大好きだったはずの高橋だということに気づきもせずに。なんていうか、滑稽な話だ。




「倉田のことがいよいよ馬鹿な女としか思えなくなってきたんだけど。でもそれってこちらからすると好都合では」

「というと?」

「転生者が他にもいるかもしれないという事実に気づいてないってことは、世界はゲーム通りに展開すると思ってるってことだよね」

「そういうことになるな」

「カトリーヌが悪役令嬢じゃなければ、アランがアリアに惹かれることなく、普通に自分が結婚できると思ってる」

「うむ」

「つまり、それを逆手に取ってあえて私たちが仲良くすることで、あいつにとてつもなく大きな揺さぶりをかけることができるのではないかと思うのだけど」

「お前……天才か」

「存分に褒め称えるがいい」




 倉田は自分が完璧な令嬢を演じているからアランはアリアに惹かれていないのだと思っているかもしれないが、実際は私たちがお互いの正体に気づいていたからお互い異性として興味を惹かれなかっただけだ。だからこそ私たちが仲良くするという発想もなかったわけだけど、ここで逆に仲が良い姿をあいつに見せつけてやればどうだろう。ゲームよりむしろ早い展開に、なぜどうしてと焦りを隠せなくなるのではないだろうか。




「だけど、そうすると倉田が嫉妬とかして暴走した場合、お前が危険じゃないか?」

「それをなんとかするのが王子様の役目でしょ」

「お、おう。いや、都合のいいときだけ王子様扱いするなよ」

「でも実際そうなってくれたほうが、ゲーム通りに断罪イベントみたいなの起こせていいんじゃない?」

「まあそれはそうかもしれないが」




 倉田の目がこっちに向いていればリリーに危険が及ぶこともないだろうし、いろいろとやりやすい。ただ、高橋の心配もわからないでもない。ゲームのバッドエンドによっては、最悪死亡もあるからだ。さすがにそれは勘弁願いたい。


 あーでもない、こーでもないと二人で意見を言い合う。久々の、気を張らなくていい相手との会話。心は完全に高校生だ。そう、私たちは油断していた。周囲には誰もいないと思っていた。誰もいないことを確認したはずだった。だが、その人は唐突にそこに現れた。




「面白そうな話をしているね。ぜひ俺も混ぜてほしいな」

「「!?」」




 突然かけられた声に、心臓が止まる思いで二人同時に振り向く。すらりと高い身長。柔和な微笑み。私たちの直ぐ側に立ってこちらを見つめるその人には物凄く見覚えがあった。それは攻略対象の一人。この魔法学院の教師であり、リリーの従兄妹でもある、ユリウス・テイラーその人だった。


 え、どうしよう。どうする。聞かれたよね。これはやばいよね。リリーの従兄妹だけあってキャラクターとしてはすごく優しい人のはずだけど、今の話はさすがにまずいよね。ねえどうしよう高橋。咄嗟にキリッとした表情作ったのはさすがだと思うけどお前も頭真っ白だよね。だって一言も発さないもんね。ねえどうしよう。まじでどうしよう。




 完全に時間が止まってしまったかのように微動だにしない私たちを眺めて、ユリウスはふっと息をついた。そして、全く予想だにしないことを言う。




「大丈夫。俺は君たちの味方だよ」

「え……」

「それは、どういう……」




 確かに攻略対象の中でも一番の大人だけあって包容力があり、理不尽に怒ったりするようなキャラでもないけれど、それでも私たちのさっきの会話を聞いていて不審に思わないなんておかしい。そう、何かがおかしい。この違和感はなんだろう。もう少しで何かに気づけそうな気がする。その細い違和感の糸をなんとかして手繰り寄せようとしたそのとき、ユリウスはあの天使のようなリリーの親戚とは思えないような意地悪そうな顔でニヤリと笑った。




「俺はいつだって可愛い生徒の味方だ。そして何より……可愛い可愛い妹の絶対的な味方だ!」

「おま、まさかシスコン教師か!?」




 王子の振る舞いをかなぐり捨てた高橋が叫んだ。


 可愛い可愛い妹。確かにユリウスは従兄妹のリリーを妹のように可愛がっている。しかし決してシスコンではない。伯爵家の子息らしく、リリーとは適切な距離で接しているはずだ。ではシスコン教師とは何なのか。




 つまり、この人は。私たちが通っていた高校の教師であり、あの子の実の兄であるということだ。

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