case.2-3

 リリーがアリアに演奏会の招待券をプレゼントするのには理由がある。簡単に言えば、音楽に興味を持ってほしかったからだ。


 この世界には魔法が溢れているけれど、生まれつき炎や水といった属性が決まっている、みたいな設定はない。勉強をすれば誰だって、どんな魔法だって使うことができる。もちろん魔法によって難易度は違うし、本当にできるかどうかは魔力量や才能に左右されるけれど。


 そんな、数ある魔法の中でもトップクラスで難しいとされるのが音楽魔法である。魔法は通常、杖のような媒介に自分の魔力を流して発動させるが、媒介の代わりに、楽器で奏でる音楽に魔法を乗せるという技術があるのだ。音に乗せることによってより広範囲に魔法の効果は広がり、より思い通りに、自由自在に魔法を操ることが可能となる。音に水魔法を乗せれば国中に雨を降らせることは造作もないし、炎魔法を乗せれば一瞬で広大な森を焼き払うこともできる。


 ちなみに察しがいい人はもう気づいているかもしれないが、この音楽魔法の通称こそ"FAIRY NOTE"という。そう、この乙女ゲームのタイトルである。使いこなすには膨大な魔力が必須であり、さらには美しい音色を響かせなければ成功しないというなかなかの鬼畜仕様だ。魔力量をクリアしている貴族にとっては、そんな"FAIRY NOTE"は憧れの魔法であり、使えることが一種のステータスとなるので、幼少期から楽器を習うのは当然のこととなっている。


 しかし、魔力が少なく楽器に触れる機会もない庶民にとっては、"FAIRY NOTE"とはどこか遠い国のお伽噺みたいな存在だ。アリアもまさか自分がそんな魔法を使えるとは考えない。でも、リリーはアリアの可能性を広げてあげたいと思った。そしてその第一歩が、この演奏会の招待券なのだ。


 その演奏家も"FAIRY NOTE"の使い手であり、ヴァイオリンの音に癒しの魔法を乗せることを得意としている。文字通り癒しの音楽というわけだ。当然、演奏の腕も超一流なので、奏でられる音色はとにかく素晴らしいの一言に尽きる。アランとの出会いのシーンをリリーと出かける口実に使ってしまったけど、こんな演奏を聴かされたら確かに自分でも演奏してみたいと思わされた。これまでヴァイオリンなんて弾いたことがないどころか触ったことすらないけど、ゲームでもアリアはこの演奏会でヴァイオリンに興味を持つし、ここは原作に倣って私も頑張ってみようかな。リリーはフルートが得意だったはずだから、いつか一緒に演奏できるかもしれないし。




「リリー、演奏会に連れていってくれてありがとう。私もヴァイオリンを始めてみようかな」

「本当? ええ、いいと思うわ!」

「でも、楽器なんて全然弾いたことがないから、うまくできないかも」

「最初は難しいかもしれないけど、こつこつ練習すればきっと大丈夫」

「うん。そうだよね。ねえ、リリーはどんな楽器を弾くの?」

「私はねー。トランペット」

「そっかぁ。トランペットかぁ。……トランペット?」




 あれ? フルートじゃない。

 ここはゲーム通りじゃないの?




「?」

「あ、いや。リリーならこう、もっと、ほら。フルートみたいなイメージっていうか」

「よくわかったね。確かに初めて両親に貰った楽器はフルートだったよ」

「……じゃあ、なんで、トランペット?」

「フルートも好きなんだけどね。物心ついたときからずっと吹き続けていたから、10歳を過ぎた頃には別の楽器もやってみたくなって」

「そ、そうなんだ」


 


 それでどうしてトランペットなのか。そういえばあの子は中学高校と吹奏楽部で、ゲームのことがなくても普通に楽器の演奏はうまかったので、もしかするとそこら辺が関係しているのだろうか。気になる。もっと突っ込んで聞きたい。でもリリーの関心はすでに私のヴァイオリンに移ってしまったようで、学院で楽器を借りようか、それとも楽器店を覗いてみようかなんて楽しそうに話している。ここで話を戻すのも不自然だ。まあ、仕方ない。また機会があったら聞いてみよう。









 楽器の練習は大変だけど、思いのほか楽しめている。これもリリーが付き合ってくれるおかげだ。といっても、吹奏楽部であった彼女はヴァイオリンを弾けるわけではないし、この世界でもフルートとトランペット以外を演奏したことがあるわけではない。私がリリーに直接教わっているのは、あくまで音楽的な知識だ。でも、楽譜の読み方すら怪しい私からすれば、基礎的なことを教えてもらえるだけでも凄くありがたい。それに、さすがここは貴族が通う学院なだけあって、先生方も楽器の腕は一流だ。教えを請う相手にも困らない。この調子で頑張っていけば、簡単な曲くらいならすぐにでも弾けるようになりそうだ。




 しかし、問題を先送りにしているということも忘れてはならない。アランは相変わらずリリーと仲良くなりたそうにしているし、カトリーヌはいつもアランのことを気にかけている。生前の教訓を活かしてか、アランは今の所カトリーヌの目がリリーに向くようなヘマは犯していないけれど、それも時間の問題だ。だって結局中身はあいつらだし。


 さあ、どうする。どうするのが正解だ。このままゲームの時間軸が開始されるまで待つ? それとも何か、行動を起こすべき?


 下手なことをして悪い方へと進んでしまったら嫌だ。でも、このまま流れに身を任せていて良い方に進んでいくとも思えない。それならやっぱり、何かをしなければならない。じゃあ、何をするか。今確実にわかっていることは、アランは高橋であるということ。カトリーヌは倉田であるということ。リリーはあの子であるということ。アランはリリーとお近づきになりたいということ。カトリーヌは完璧な婚約者としてアランの側にいるということ。リリーは可愛いということ。アランにとってカトリーヌは邪魔な存在であるということ。私にとってはアランとカトリーヌが邪魔な存在であるということ。リリーは可愛いということ。


 うん。まあカトリーヌという共通の邪魔者をアランと一緒にどうにかするっていうのが妥当な線か。




 よし。まずは高橋と話そう。

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