case.2-2

 そうして迎えた14歳。ついに例の儀式の日がやってくる。大きな聖堂のような場所に集められたのは、同い年の子供たち。庶民も貴族も一堂に会した様子はなかなかに圧巻である。


 やがて順番が回ってきたので魔法具に手を翳せば、現れたのは大きな球体。うん。ゲーム通りだ。中身が私なせいで魔力量が少ないとかいう落ちだったらどうしようかと思った。そう。こうなることはわかっていた。わかっていたけれど。一斉に浴びせられた貴族からの鋭い視線は、わかっていてもそれはもう恐ろしく感じられた。そうか。アリアはこんな気持ちだったのか。ゲームをプレイしていて「このヒロイン、リリーのこと簡単に好きになりすぎじゃない?」って思ってたけど、こんな状況で優しく声をかけられたらそりゃあコロッといくわ。ごめんアリア。馬鹿にしてごめん。




「あの、大丈夫ですか?」

「!」




 貴族たちの視線に怯えるヒロインに、そっと差し伸べられる小さな手。それはまさに救いの手。視線を上げればそこにいたのは思った通りの相手で、でも、私がその瞬間に思い描いたのは全く別の相手で。


 気づけば私は、その子に思いっきり抱き着いていた。




「っ……」

「え!? えっと、あの……えっと」




 ああ、混乱している。ごめんね。突然抱き着いたりしたら当然驚くよね。でも仕方がないと思うの。だって。この子は確かにリリーだけど。ゲーム通りの展開だけど。私を見つめるその眼差しが。その優しい声が。どうしようもなくあの子の姿と重なってしまった。そっか。そうだったんだね。あの日、あの火事で、亡くなったのは私だけじゃないはずで。転生したのが私だけじゃない可能性だって十分にあるわけで。




「あの、お名前を伺っても?」

「え、あ、えっと。私はリリー・テイラーと申します……?」




 この子とまた学校生活を送れる。そう思うともう周りの視線なんてどうでもよくなって、ただただこれからの生活に期待が膨らんでいくのだった。









 魔法学院の入学式。リリーの姿を確認した私は、さっそく声をかけて再会を喜んだ。学院では寮暮らしになるから、たくさんの時間をリリーと一緒に過ごすことができる。あの子はこのゲームが大好きだからアリアの様子がおかしいことには気づいているだろうけど、特に突っ込まれることもなくあっという間に仲のいい友人になれた。だから私は今とても幸せである。


 しかし、そろそろ先のことを考えなければいけない。アリアはこれから攻略対象のアランと知り合い、そのせいでアランの婚約者であるカトリーヌに目を付けられることになるからだ。1年生で出会って、ゲームが始まる2年生の時点ではすでにそれなりに仲がいいという流れなので、どのルートにいってもカトリーヌの嫉妬から逃れることはできない。なんて迷惑な。


 一番いいのはアランと仲良くならないことなんだろうけど、そううまくもいかない気がする。なぜなら、私はまた気づいてしまったからだ。




「……」

「どうしたの? アリア」

「あ、なんでもないの。ごめんなさい、リリー」




 昼食中、何気なくこちらの様子を伺っている男。アラン・ルイスハーデン。アランの視線の先にいるのはヒロインである私……ではなく、その親友のリリーだ。もちろんゲームにこんなシーンはない。しかしこの感覚には覚えがある。生前、この子に片思いをしていた男子、高橋紘が、この子に話しかけたいと思いながらも結局話しかけられなかった高校時代の日常風景。あの時の状況と全く一緒だ。


 なるほどね。高橋はアランに転生したわけだ。そしてそのアランをさらに向こうから見つめているカトリーヌ。あれはもしかして、高橋のことが好きだった倉田麗奈か。高橋があの子のことを好きなものだから、倉田はあの子に嫉妬して嫌がらせをしていた。ただのクソ女だ。


 倉田の目があるせいでうかつにあの子に話しかけられなかった高橋。カトリーヌの目を気にしてリリーに話しかけられないアラン。え、こいつら死んでも同じことやってるの。馬鹿なの。まあ、ちゃっかりリリーの隣をキープしている私も、結局同じことをしているんだけど。




 さて、これはどうするべきか。カトリーヌの存在が一番やっかいだとは思っていたけど、少なくとも一年間は平和に過ごせると思っていた。あくまでもゲームが始まるのは2年生になってから、だからだ。でも、あの二人の中身が高橋と倉田だとすると、この一年間が平和だという保証はなくなってしまう。二人ともただのゲームのキャラクターではないということは、それぞれが思い思いに行動するということだから。


 それに確か二人ともこのゲームをプレイしているはずだ。あの子が好きなゲームなら自分もやってみたいとか言い出して乙女ゲームをやり始めた高橋には笑ったが、結局あの子とその話題で盛り上がることもできずになぜか倉田と語り合う羽目になっていたのは少しだけ可哀想だった。


 まあとにかく、カトリーヌはきっとゲームでの悪役令嬢っぷりを発揮していないんだろうし、アランは傍若無人じゃないカトリーヌにうんざりしないし、アリアに癒しも求めない。でもアランがリリーのことを見ているということは恐らく高橋もリリーがあの子だと確信しているわけで、そうするとアランはリリーに近づいてカトリーヌの嫉妬はリリーに向く。うん。やっぱり生前と同じ構図になるな。





 どう行動するのが最善かと考えながらも、結局答えは出ないままその日を迎えてしまった。アリアとアランが出会うきっかけとなるシーン。リリーがアリアに、演奏会の招待券をプレゼントするあのシーン。ちょっとずつイレギュラーが起こってはいるものの、あの子はどうやら基本的にゲーム通りに振舞うつもりのようだ。そんなリリーに、私はどう応えるべきか。流れに身を任せればアランと演奏会に行くことになるのだろうけど、どうせなら私はリリーと演奏会に行きたい。だって、あいつと演奏会に行ったってしょうがないし。それならむしろ一人で行くわ。


 なんてことを考えているとは表に出さず、学院の廊下を歩きながらリリーと笑顔で会話する。彼女がその手に持っているのは例の招待券。しばらくはその演奏がどんなに素晴らしいかについて話していたけれど、やがてリリーは何もない所で躓く。そして手から離れた招待券がひらひらと落ちていった先は、アランの足下だった。


 リリーがパタパタとアランの元へ駆け寄っていく。うん、可愛い。




「も、申し訳ありません、アラン様。躓いて、思わず手を放してしまい」

「あなたは確か、リリー嬢でしたね。お怪我はありませんか」

「は、はい」

「ああ、これはもしや、かの有名な演奏家の……」

「ええ。招待券が手に入ったので、」

「それはとても運がいいですね。噂では人気すぎてなかなかチケットが手に入らず、争奪戦になっているとか」

「え、ええ。そうなんです。それで彼女に」

「実はずっと気になっていたんです。もしよろしければ、俺も一緒に連れていってはいただけないでしょうか。ぜひあなたをエスコートさせてください」

「え、え、私、ですか」




 しまった。やられた。こいつ、強引に自分がリリーと演奏会に行こうとしてる。もう、思わぬ展開にリリーが困ってるじゃないの。そんなリリーも可愛いけど。でも私だって負けるわけにはいかない。そもそも、その招待券は私のものなんだから。正確に言えばまだ貰ってないけど、まあすでに貰ったようなものでしょ。だからアランには悪いけど、演奏会へは私がリリーと行かせてもらう。




「申し訳ございません、アラン様。実はそれ、リリーから私へのプレゼントなのです」

「え、っと。そう、なのですか」

「はい、それで……ねえ、リリー」

「え!? あ、な、なーに?」

「その招待券、2名まで有効なのよね。私、ぜひあなたと一緒に行きたいわ」

「え、え、私と? アラン様とじゃなくて?」

「ええ。ぜひ」

「まあ……あなたがそうしたいなら、もちろん……」




 リリーはやっぱり困った様な顔をしているけれど、私の希望を優先してくれた。勝った。まあ当然だよね。なんたって、親友である私のお願いなんだから。アランは平静を装っているつもりだろうけど、内心落ち込んでいるのが手に取るように伝わってくる。残念だったねアラン。この子は渡さない。




「ふふっ」

「……」




 おっと、思わずアランを見下すような態度をとってしまった。相手は仮にも王子様なんだから気を付けないと。でも、今のでどうやら向こうも気づいたようだ。私が一体、誰であるのか。その愕然とした表情にまた笑いが込み上げてくる。まあ、さすがに学院の廊下で変な態度を取るわけにもいかないので自重しよう。庶民の分際で貴族の学校に入学したという事実は変わらないし、目立たないに越したことはないもんね。

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