幼馴染だらけの家族の話

月之影心

幼馴染だらけの家族の話

 私は霧島きりしま勝巳かつみ

 齢51を迎えてそろそろ子供にも手が掛からなくなる歳となるしがないサラリーマン。

 頭にも白いものが混じり、顔に刻まれた皺にも年期が入ってきた。


「勝巳くん、お茶が入りましたよ。」

「あぁ、ありがとう。」


 仕事を休みにした昼下がり、自室で本を読んでいると妻がお茶を持ってきてくれた。


 妻の名は光葉みつは

 同い年ではあるが、昔から童顔だった彼女は私より遥かに若く見える。

 一緒に買い物に行くと、店員からは親子くらいに思われる事が多々あり、その都度光葉はニコニコと笑顔を浮かべている。


 実は光葉とは幼馴染の関係で、幼い頃から仲良く過ごしてきて、自然な流れで付き合い始め、そのまま結婚という流れになって今に至っている。

 なので、未だに光葉は私の事を『勝巳くん』と呼び、私は妻を『光葉』と呼んでいて、歳は取れども幼馴染という関係はずっと続いているようだった。


勝利まさとしは出掛けてるのか?」


 『勝利』は私と光葉の間に生まれた一人息子。

 自分で言うのも親馬鹿だろうけど、明るく素直なイイ男に育ってくれたと思う。

 今は県外の大学に通っているが、夏休み後半に入って実家に帰省中だ。

 まぁ、世間一般の男の子にあるように、年頃になってからは会話らしい会話は殆ど無いので、今回帰省しても挨拶程度しか言葉を交わしていないのだけれど。


 光葉はくすくすと楽し気に笑って言った。


「2階に居るわよ。今日はお隣さんが晩御飯食べに来るから。」


 ソファに腰を下ろした妻が言った。


川辺かわべさん来るんだ。」

「ええ。花音かのんちゃんもね。」

「あぁ……そういう事か。」


 『花音ちゃん』とは隣の家に住んでいる娘さんで、勝利とは所謂幼馴染であり、私と光葉のようだなと常々思っていた。

 光葉の話によれば、川辺お隣さん夫妻も幼馴染同士だそうで、これで勝利と花音ちゃんが一緒になれば周りは幼馴染だらけになるな……などと面白く話した事もあった。

 だが、勝利も花音ちゃんもお互いを幼馴染としては見ているが、どうも私や光葉のように恋仲としているような素振りは見えない。

 尤も、私があまり二人一緒の場面に遭遇した事が無いだけなのかもしれないが。




 その晩は私と光葉、川辺さん夫婦、勝利と花音ちゃんの6人で賑やかな晩餐となった。

 私は川辺さんの旦那さんと酒を酌み交わし、光葉と奥さんは主婦同士らしい世間話に花を咲かせていた。

 一方で、勝利と花音ちゃんはお互いを見るでもなく、何か会話を交わすでもなく、ただ黙々と目の前の料理に箸を付けるだけだった。

 それに気付いた川辺さんの奥さんが花音ちゃんに声を掛けた。


「花音、折角勝利君帰って来てるんだからもっとお話すればいいのに。」


 ちらっと目線を上げて母親を見た花音ちゃんは、箸を置いてコップの水を飲むと、


「前会ってから時間経って無いのにそんなに話す事なんか無いよ。」


 と言って席を立ってキッチンから出て階段を昇って行ってしまった。

 恐らく勝利の部屋から出られるベランダに行ったのだろう。

 それを見た光葉が勝利に声を掛ける。


「ほら勝利、花音ちゃんのところに行ってあげなさい。」


 勝利は光葉の言葉を無視して食べ続けていた。

 光葉と奥さんは目を合わせて『仕方ない子たちだ』という顔をしていた。


「勝利君、こっち来て一緒に飲むか?」


 川辺さんの旦那さんが勝利を呼ぶが、勝利はあからさまな愛想笑いを見せて頭をぺこっと下げ、『飲めないんです』とだけ言って箸を置いた。


「まぁ飲まなくてもいいからこっち来てみなって。」


 旦那さんが勝利を手招きして呼び寄せた。

 勝利は渋々私と旦那さんの間に座ってきた。


「なぁ勝利君、うちの花音……いい娘になっただろぅ?」

「え……?」


 旦那さんは赤ら顔で勝利に訊いてきた。

 だいぶ……と言う程でも無いのだろうけど割と酔っているように見える。


「昔は『パパ!パパ!』って懐いて来たのによぉ……最近は近寄っても来ねぇんだぜ。」

「はぁ……」

「そらぁ仕方ねぇって分かってんだよ。年頃の娘っ子だもんな。普通の姿だと思うぜ。だからよ!」


 旦那さんが勝利の方にぐっと顔を寄せると、勝利は体を引いて距離を保った。


「花音が親離れするんなら、新たに宿る場所ってのが必要なわけよ。分かるか?」


 勝利は首を傾げて私の方を見たが、私は笑顔のまま小さく頷いて見せた。


「子は親から離れて当然だけどよ、離れたまんまじゃあ宿無しになっちまう。それじゃああまりにも花音が不憫だ。」

「そ、そうです……ね……」


 旦那さんは更に勝利に顔を寄せたが、勝利はそれ以上下がれないのか動かずに居た。


「じゃあ親から離れて新たに宿る場所は何処だ?って話だ。俺はよ……ちっちゃい頃から勝利君を見てて本当の息子みてぇに思っててよ……花音を任せられんのは勝利君しかいねぇって思ってるわけよ!」


 光葉と奥さんの方をちらっと見ると、二人とも笑顔で勝利と旦那さんのやり取り……と言うか旦那さんの独演会を見ていた。


「ぼ、僕ですか?」

「おぅよ!他に誰が居るってんだい?それとも勝利君はうちの花音では不満か?」

「い、いえ……そういう事じゃなくて……」

「だったら……」


 今にも旦那さんが勝利に掴み掛かるんじゃないかと思った瞬間、


「はいはい。アンタ飲み過ぎだよ。」


 と、奥さんが旦那さんに声を掛けて旦那さんを制した。


「勝利君、酔っ払いはお父さんに任せて花音の様子見て来てくれるかい?」


 勝利は引き攣った笑顔を奥さんに向け、私の顔をちらっと見てから立ち上がってキッチンを出て行った。




「川辺さんは演技派ですねぇ。」


 旦那さんは顔は赤いものの、さっきと違って穏やかな表情になって座り直した。


「ははっ。さすがにお見通しですか。若い子は少しお尻を叩いてやらないと動きませんからな。」

「何が『お見通しですか』よ。ただのひねくれ者じゃないの。」

「うるせぇな。」

「いえいえ奥さん、うちの愚息がのんびりしすぎなのでちょうど良かったんですよ。」

「そうそう。もうちょっと積極的に動かないと、花音ちゃん他の人に取られちゃうかもしれないのにね。」

「そんなこと俺は認めねぇから大丈夫だよ!」

「アンタが決める事じゃないでしょう。」


 2組の夫婦にして幼馴染たちは、我が子の相手について夜遅くまで語っていた。




**********




 僕は2階へ上がって自室に入り、電気の点いていない部屋を抜けてベランダへ出た。

 ベランダには、手摺に体を預けて外を眺める花音が居た。


「調子でも悪いの?」


 僕は花音の背中に声を掛けた。


「ううん。何でもない。」


 僕は花音の隣に行き、花音と同じように手摺にもたれた。


「久し振りの帰省なんだから下で話してきたら?おじさん勝利の父も勝利と話したがってるでしょ?」

「帰って来た時に色々話したからいいんだよ。それよりおっちゃん花音の父に掴まる方がキツい。」

「あはは。お父さん、勝利の事気に入ってるからね。」


 花音は遠くを眺めたままそう言って、風に靡く髪に手櫛を入れた。


「おっちゃんに気に入られてるのは嬉しいけど、僕としては花音に気に入られないと意味が無いんだよな。」


 花音の横顔にそう言うと、花音は僕の方に顔を向けて笑顔を見せた。


「気に入ってないわけがないでしょ?」


 そう言って花音が僕の手を取った。

 僕は花音の手を握り返して軽く手を引いた。

 花音の体が僕の胸の中にふわっと入りこんでくる。

 僕は空いた方の手を花音の頭に回して包み込んだ。


「だったら良かった。」


 花音は僕の胸に頭をぐりぐりと押し付けてきた。


「でも……」

「うん?」

「親に勝利と付き合ってる事黙ってるのが地味にしんどいね。」


 僕が花音に告白して付き合い始めたのは高校に入ってからだ。

 とにかく派手な事が好きな花音の両親と、いつまでもラブラブ路線から外れないうちの両親に僕と花音が付き合ってるなんて事が知れたら、それこそ三日三晩どころでは済みそうにないお祭り騒ぎが待っているに違いない。

 それが嫌で、お互いの両親には付き合っている事を内緒にしている。


「もし結婚なんて事になったらそれこそ大変な騒ぎが起こるんだ。どうせ騒ぎがあるなら1回で済ませるに越した事は無いだろ?」

「それはそうだけど……」

「だから僕が就職先が決まって大学を卒業してこっちに帰って来たら、その時改めておっちゃんとおばちゃんに挨拶に行くから。」

「うん……」


 胸元から上目遣いに僕を見ていた花音が顎を少し上げて瞼を閉じる。

 僕は花音の柔らかい唇に自分の唇を重ねた。


「あと1年……待ってて。」

「勿論よ……」


 僕と花音は空高くから照らす月明かりに包まれていた。




**********




「ふっふっふっ……親に隠し事が出来ると思ったら大間違いだぞ我が娘よ。」


 川辺さんの旦那さんがベランダへの大窓からこっそりと二人を覗きながら小声で呟いた。


「あらまぁ。そうなんじゃないかとは思ってたけど、やっぱり勝利君と付き合ってるんじゃないの。」


 旦那さんの上から覗いていた川辺さんの奥さんが嬉しそうに呟いた。


「ふふっ……勝利ったら若い頃の勝巳くんみたいだね。」


 奥さんの上から覗いていた光葉がにやりと笑いながら私の顔を見て呟く。


「ばっ!な、何言ってんだ……川辺さんも居るのに……」


 光葉の上から覗いていた私にニヤニヤとした川辺夫妻の視線が突き刺さる。


「いいじゃないの。勝巳くんのロマンチストの血は受け継いでるんだから。」

「それ今言う事か?」

「まぁまぁご主人、いいじゃないですか。今は我が子らですよ。」


 それぞれ目線を我が子らに移したが、大窓のカーテンから大の大人が4人、縦に頭を並べて2人の我が子を覗き見る姿は何ともシュールだろう。




 『幼馴染だらけの家族』になる日も近いかもしれない……なんて事を思いながら、我が子らの将来を楽しみに待つ親4人は、音を立てないようにそっとその場を離れ、キッチンに戻って小さく乾杯をした。

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