第10話 右手に揺れた弁当箱
–––––唐突だが修羅場だ。
俺は今日の昼休みに弁当を食べようとした。しかし、弁当を家に忘れてしまっていたのだ。そして急遽、食堂に向かったのである。
そこで、偶然出くわした一年生のツンツン美人眼鏡女子の市川穂花と唯一空いていた対面の席でうどんを食していたのだ。そんな所にSNSで知り合ったS級美少女平井胡桃がやってきて––––
「へぇ〜、スバ君は後輩の可愛い一年生と昼ごはんを食べるんだ。へぇ〜」
「え、あ!いや、これは違うくて、空いてる席がここしかなくて、その本当に偶然だって!ね?市川ちゃん?そうだよね!?」
俺の体からはスプリンクラーの勢いで汗が噴き出ていた。しかし、こんなところで胡桃さんの好感度を下げていてはならないのだ。なぜなら、、、
「彼女さんがいたのに私の目の前に座って、私がうどんをすすれないのをからかって来てたんですね。」
市川ちゃんが絶望の発言をする。この時点で市川ちゃんは味方では無いことが確定した。すなわち個人戦である。ん?というか彼女?
俺はすかさず反論する。
「いやいや!まだ彼女じゃなくて!しかもからかってもないから本当に!」
「まだ?」
胡桃さんが僕の顔を覗き込む。
は!!まだ、とか言ったら今後胡桃さんが彼女になる前提で話をしている自意識過剰のキモイ奴じゃないか!!俺みたいな奴が調子に乗りやがって!!
「ねぇ、市川さん。私達付き合ってるように見えるってこと?」
胡桃さんが市川ちゃんに切り込む。
「はい。私からしたらあなた達は付き合っているように見えます。スバ君、と読んでいらっしゃるようですし。」
「、、、。」
胡桃さんが赤面になっている。すっごい可愛い。え、待って可愛い。待たずとも可愛い。
確かに胡桃さんがニックネームで読んでいるのは俺だけだよな。まぁ、SNSでたまたま知り合ったときについたニックネームなんだけど、でも確かに付き合ってるように見えるのかな、、。
「私は男の人と話すのがとても苦手で、教室でも全く話せないので、あなた達のように当たり前のようにお話が出来るのが羨ましいです。」
え、市川ちゃんってこのルックスで男の人と関わりがゼロなの!?小顔で、しかも眼鏡が似合う上に裸眼も抜群の可愛さ、しかもうどんがすすれない可愛さをもちつつもツンツンしている男心をくすぐって来るステータスだぞ!?
「でも、多分市川ちゃんと話したい人は沢山いると思うよ?だって凄い可愛いし雰囲気もすっごい魅力的だしね!だから、無理して変わる必要はないけれど、少しづつ話せると思った人と話していったらいいと思うよ?なんて、いま会ったばっかりの私の意見なんて聞き入れるのは難しいと思うけど、、」
胡桃さんが優しく語りかける。
「本当、、ですか。こんなに可愛い先輩が私のために、、。私、勇気が出た気がします!」
「本当!?良かったぁ〜!」
うん。なんかあっったかい雰囲気になってる。すっごい可愛いわ。可愛い子と可愛い子のあったかい雰囲気はもう可愛いやろがい!
「あの、お名前聞いてもいいですか?」
「平井胡桃。これから宜しくね!」
「胡桃、、先輩、、、か、。フフッ」
市川ちゃんが微かに笑った。滅多に感情を顔に出さない彼女の笑顔は時を奪うような感情を僕に与えた。
「ちなみに貴方は胡桃先輩のことをなんと呼んでいるんですか?」
「え、あ。俺は胡桃さんって呼んでるかな」
「え、胡桃先輩はスバ君って呼んでるのに貴方はさん付けで呼んでいるんですか?」
言われて見れば確かに、、。SNSで話し始めた時からほとんどずっと胡桃さんって読んでたな、、。
「呼び方変えたほうが良いんじゃないですか」
市川ちゃんがキラーパスを出す。
「え、、、じゃあ、胡桃、、で良い、かな?」
「うん、、いいよ。スバ君」
気づけば僕たちのうどんは伸び切っていた。
♦︎
放課後、いつもと同じように俺は胡桃さんと一緒に帰っていた。
「スバ君も食堂使うんだね!意外だった」
「いや、今日は本当に弁当を家に忘れちゃってて、初めて行ったし…てか、なんで食堂って分かったの?」
「一緒に食べたかったから探した。」
胡桃さんが聞き取れない声で呟いた。
「ごめん。何て言った?聞き取れなくて」
「ううん。私も食堂でうどん食べようと思ってたらスバ君がいただけだよ!」
「胡桃も食堂使うんだね。知らなかった」
「じゃあ、また明日ね!」
「うん、また明日!」
胡桃さんは分かれ道を抜けていった。
後ろ姿を見ていた僕には少し違和感が残った。
右手に持っていた弁当箱に。
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